安倍政権が迷走している。きのう記者会見で発表された「全国民に一人10万円」という給付金は、その前に決まった「所得制限つきで一人30万円」という閣議決定を撤回し、予算を組み直すものだ。一度決まった閣議決定が撤回されるのは、民主党政権でもなかった異常な出来事である。
この原因は、財務省主導で自民党の岸田政調会長が決めた30万円案に対して公明党が強硬に反対したためと報道されている。公明党はこの案をいったん了承したが、創価学会に猛烈に反対され、山口委員長が安倍首相にねじ込んだという。内閣の決定が創価学会にひっくり返されるようでは、もはや政権の体をなしていない。
さらに危険なのは、肝心の感染症対策が脳死状態になっていることだ。緊急事態宣言も、どういう根拠で全国に拡大したのかわからない。アメリカの感染者は累計70万人、死者は3万6000人(動画では数字を間違えた)を超えたが、日本の新規感染者数は図のように800人で頭打ち。4月7日の緊急事態宣言から危機が深化したとは考えられない。
これは誰が決めたのだろうか。NHKニュースによれば「政府が「緊急事態宣言」を全国に拡大する方針を固めたことを受けて、専門家に意見を聴く「諮問委員会」が開かれた」とのことだ。専門知識をもとにして意思決定を行うために設置された専門家会議は、政府の諮問さえ受けていない。
官邸の中では、今井尚哉補佐官を中心とする官邸官僚が全国緊急事態宣言を推進し、加藤厚労相は反対したという。菅官房長官は直前まで「全国に広げるという話は聞いていない」と記者会見で答えていた。もう安倍内閣はバラバラである。
政権の実権を握る「官邸官僚」
この状況は1930年代に似ている。強硬派の軍部が大陸進出を主張し、それに反対する政友会が対立して政権が空中分解し、すべての政党が大政翼賛会に合流した。近衛文麿首相は国民に人気があったが、政権はバラバラだった。
日本の特徴は、このとき実質的な意思決定を行なったのが政権トップではなく、課長級の革新官僚と佐官級の軍人だったことである。官僚機構の本流は必ずしもこういう意見には賛成ではなかったが、現場を仕切る強硬派は「満蒙が日本の生命線だ」と新聞に訴え、軍備を拡大した。近衛首相はそれに流され、1938年に「国民政府を対手とせず」と宣言した。その行き着く先がどうなったかは、誰もが知っている歴史である。
今回は経産省から官邸に出向した官邸官僚が統制経済を主導し、緊急事態宣言や「アベノマスク」などの奇策を打ち出している。こういうときは一次情報を握っている官僚や軍人の国民の命を守らないと経済も守れないという主張が通りやすい。
彼らは自分に都合のいい情報をマスコミに流し、国民はそれを圧倒的に支持する。今回も世論調査では、「緊急事態宣言は遅すぎた」という回答が80%を超えた。
1930年代の教訓は、危機管理において指揮系統を確立して指揮官が客観情勢を把握することが決定的に重要だということである。近衛首相や安倍首相のように政権基盤の危うくなった指導者は、国民の人気にすがって求心力を取り戻そうとする。
専門家会議は形骸化して、官邸官僚の決定を追認する「御前会議」のようなものになり、本来の指揮系統を飛び越えて「何もしないと42万人死ぬ」などと主張する西浦氏のような過激派が主導権を握ってマスコミを動かす。それを誰も止めようとしない。
このままでは緊急事態宣言は全国に拡大したまま5月6日以降も延長され、日本経済は壊滅するだろう。倒産・失業が激増して自殺者は1万人ぐらい増え、コロナの死者をはるかに上回るだろう。安倍政権は、この7年で得たものをすべて失おうとしている。日本経済が「焼け跡」になってから気づいても遅いのだ。