西浦モデルの検証⑧ 西浦教授は専門家会議から撤退せよ

2020年05月02日 06:02

違和感の残る1日の記者会見

5月1日、緊急事態宣言の延長前の会合と思われる専門家会議が開かれ、記者会見も行われた。

前回の4月22日の際には、専門家会議のメンバーは、現状分析を拒んだ。今回は「減少はしているが期待したほどではない」という見解で統一されていたようだった。1週間ほどの間で「減少」は所与の事実とされたうえで、「期待したほどではない」という評価をあっという間にくだされた。

記者会見する西浦氏(NHKニュースより)

違和感が残る。いったい誰が、いつ、どういう「期待」をしていたのか? 国民にその「期待」に関する説明は事前に与えられていたのか? わずか一週間という時間は、「まだわからない」を「期待したほどではない」という評価に変更するのに、適切かつ十分だったか?

こうした疑問に答える手掛かりは何もなく、ただ「期待していたほどではない」という発言だけが繰り返され、あとは国民の一層の努力を求める、という要請が繰り返された。

1億2千万国民を左右するのに「文脈無視」

専門家会議のあり方をめぐる混乱は、記者会見におけるやりとりで観察できた。「期待するほどの減少ではない」と評価する理由について、西浦博教授が座長や副座長に代わって答えたときだ。西浦教授は、「十分な現象を果たすためには、実効再生産数0.5にすることを目標にしているので、それには達していないということだ」と答えた。

いったい西浦教授は、このような1億2千5百万人の人生を左右する目標を、いつ、どのような権限で、設定したのだろうか? そしてそのことをいつ、どのように、国民に知らせていたのか?

安倍首相も、専門家会議も、そんな目標を設定した、と述べたことがない。つまり、西浦教授が現状分析の判断基準としている目標は、西浦教授の個人的な目標にすぎないのである。

尾見氏と記者会見に臨んだ安倍首相(4/7  官邸HP)

安倍首相が4月7日の緊急事態宣言発出の際に述べた目標は、「医療崩壊を防ぐ」であった。したがって本来は、減少率の評価は、「医療崩壊を防げるようになったか」で判断するのが、当然だ。

ところが西浦教授は、そうした文脈を無視し、実効再生産数0.5が、日本国民に与えられた課題だ、ということだけを平然と言ってのけた。そして、その数値に到達していないので、期待外れだ、と言ってのけた(実は日本の実効再生産率は0.5に近づいてきているにもかかわらず!)。

そのように言いながら、西浦教授は、自分が個人的に設定した「私の目標」に、専門家会議が付き従うのが当然であり、政府が付き従うのが当然であり、1億2千5百万人の国民が付き従うのが当然である、といわんばかりの強い態度をとった。

専門家会議の正式メンバーでない“専門家”の無責任

確かに、西浦教授は、個人名で、新聞等のマスメディアを通じて、様々な見解を発信してきている。…ということはつまり、専門家会議も、政府も、国民も、西浦教授の新聞における発信を見て、国家目標が告知されたことを知らなければいけなかったのだ。

国立科学技術振興機構「POLICY DOOR」より

これだけの巨大な権限がある1人の個人に委ねられているのであれば、よほどの政治的責任が、その人物に存していることが明確化されなければならないし、民主的コントロールをかけるのであれば、民主的手続きで政策決定者の正統性が確保されなければならない。

しかし西浦教授は何も責任を負わない。

それどころかデータの開示はないのか、という記者の質問に対して、驚くべきことに、西浦教授は、忙しいのでできない、と答えた。あれだけマスコミ対応をしてSNSの発信にも余念がない西浦教授が、核心的な情報を国民に示す時間だけは、忙しくてとることはできない、というのである。

そもそも西浦教授は正式な専門家会議のメンバーですらないはずだ。たまたま日本では数理感染症モデルの専門家が西浦教授しかいないために、呼ばれているにすぎないはずだ。

この状況を問題性を明らかにする場面が、他にもあった。別の質問に答えながら、脇田隆字・専門家会議座長は、「十分な減少」を数字で示すのは難しい、と発言したのである。脇田座長のほうは、実効再生産数0.5が「十分な減少」の定義であるという認識は、持っていないのである。

政府の意思決定プロセスを無視

日本の新型コロナ対策の当初からの方針を思い出すために、政府の「新型コロナウイルス感染症対策本部」が2月25日に決定した「新型コロナウイルス感染症対策の基本方針」を見てみよう。この「基本方針」は、次のように目的を定めていた。

感染拡大防止策で、まずは流行の早期終息を目指しつつ、患者の増加のスピードを可能な限り抑制し、流行の規模を抑える。

ここでは、できる限りの早期の終息が望ましいのは当然としつつ、まずは増加スピードを抑制することを当面の目的とすることが謳われていた。この「基本方針」からは、実効再生産数が0.5でないと期待外れだ、といった西浦教授の「私の目標」が採択されていることは読み取れない。

西浦教授は、公然と、専門家会議や政府の意思決定プロセスを無視し、「新型コロナウイルス感染症対策本部」の「新型コロナウイルス感染症対策の基本方針」を拒絶し、「私の目標」に国民が付き従うことを、マスメディアやSNSや記者会見を通じて、強く求め続け、社会運動を主導し続けている。

この状態は、どういう正当化根拠で、発生している事態なのだろうか? 西浦教授は、国民にデータを開示する時間は全くとれないと言う。しかし自らSNSを通じて「私の目標」にしたがって国民が動くようにする社会運動には余念がない。そして、頻繁にマスコミ対応をして、「感染者数を大幅に減少させて、最後の一人をクラスター班で撲滅したい」という個人的な願望を、繰り返して吐露している。

“8割おじさん” こと西浦博教授がPCR検査について語ったこと。実際の感染者数、現在の10倍いる可能性にも言及(バズフィードジャパン)

西浦教授のクラスター対策班に、最後の一人の感染者を見つけて、撲滅宣言の記者会見を開かせてあげることは、本当に、国民全員が、自分の仕事や収入を犠牲にしてでも達成したいと合意した目標なのだろうか?

この状況が続くなら、国民の間に不信感が広がる。西浦教授の「私の目標」は、国民的コンセンサスがあるとは言えない西浦教授が目指している「私の目標」に過ぎない。むしろ反対している人も多い。

珍説への固執が呼ぶ国民の疑心暗鬼

そうなると、西浦教授が「私の目標」を実現することを絶対正義とすればするほど、データ開示を渋る西浦教授が、意図的に数字を操作したり政治的な効果を意識して発言して行動し、不当に専門家会議や政府に影響を与えようとしているのではないか、という疑心暗鬼が広がる。

緊急事態宣言で休業中のパン屋(東京・港区、編集部撮影)

百歩譲って、クラスター対策班の従事者が、撲滅を目指して全力で働くのを良しとしよう。しかしその部分的な職能しか持っていない西浦教授が、より大局的な見地から専門的な見解をまとめるべき専門家会議の頭越しに記者会見で「私の目標」を確立された国家の大目標であるかのように語ったり、政府が「私の目標」を採択することが当然である、というふうに語ったりするのは、大問題ではないだろうか?

撲滅を目指してクラスター対策班の活動をするのであれば、クラスター対策班を通じて得た洞察や意見を、専門家会議にあげるのは妥当だとしよう。しかし、そうだとしても、その部分的な意見を、専門家会議や政府の頭越しに表明し、記者会見で「私の目標」を全国民の目標と同一視し、国民がそれに付き従うのは当然だ、といわんばかりの態度をとるのはやりすぎだ。

専門家会合で西浦教授は、「人と人との接触の8割削減」の様子を探るという文脈で、渋谷駅と難波駅の状況を克明に説明したが、渋谷駅と難波駅で8割減少が認めれると、全国的に「人と人との接触の8割削減」が図られたことの証明になる、などということを、いったいいつ誰が議論したのか?

なぜ渋谷駅で、新宿駅ではなく、広島駅や博多駅でもないのか? そもそも「接触率」を「接触頻度」と同等視して計算する根拠は何なのか?

なぜ西浦教授は、クラスターを起こしているコールセンターや病院や施設には何の関心も示さず、「渋谷駅と難波駅の様子を見れば、1億2千5百万人の国民の1か月の間の人と人との接触の全てがわかります」といった珍説に拘泥するのか?

国家目標を決定できるような振る舞い

極小的なサンプル提示でも一つのサンプルとして全く意味がない、とは言わないが、記者会見で長々と時間をとって説明し、自分の「私の目標」が達成されていないことの根拠にするにしては、あまりに貧弱すぎるサンプルだ。そんなプレゼンは、専門家会議の内輪の会議で済ませておいてくれれば、それで十分だ。いちいち専門家会議の記者会見の時間を大幅に割いて披露するようなものではない。

以前、私は「西浦教授に研究者に戻ってほしい」と書いた。

そうは言ってもクラスター対策班の活動に専心し、それにそった主張を社会運動を通じて強く推進したい、ということであれば、せめて西浦教授は、専門家会議の記者会見で自分が国家目標を決定する権限がある人物であるかのように振る舞うのはやめたほうがいいと思う。

せめてクラスター対策班を通じた活動に専念し、自分の立場をわきまえたうえで、しっかりとデータと説明を付し、自分の意見を説明する学者らしい努力を払うべきだと思う。データ開示を拒みながら、しかしマスコミやSNSを通じて国民を誘導することには労力を払う、という態度をとるのではなく、むしろきっちりと国民にデータ開示する作業のほうこそを優先していくべきだと思う。

西浦教授は、研究者としての活動だけに専念できないのであれば、せめてクラスター対策班としての仕事に専念すべきだ。そして専門家会議を仕切り、政府の政策や国民の行動を、断定的な口調で誘導しようとするのは、控えるべきだ。

日本人の努力の成果を“吐き捨てる”西浦氏

これまでの「検証」シリーズでは、曜日の偏差を考えて、週ごとに整理した数字で、大枠の動向を見てきた。すでに減少が始まっていることは確実と思われるが、各国との比較において注目すべき動きになっているので、付しておく。

東京都の累積感染者数(括弧内は新規感染者数)と前の週と比べた時とのそれぞれの増加率は以下の通りである(参照:東京都新型コロナウイルス感染症対策サイト)。

東京都新型コロナウイルス感染症対策サイトより

4月25~5月1日: 4,317 人( 584人): 1.15倍( 0.62倍)

4月18~24日: 3,733人( 940人): 1.33倍( 0.86倍)

4月11日~17日: 2,794人( 1,090人): 1.63倍( 1.17倍)

4月4日~4月10日: 1,704人( 931人): 2.20倍( 1.96倍)

3月28日~4月3日: 773人( 474人): 2.58倍( 2.78倍)

全国的な傾向も見てみよう(参照:東洋経済オンライン「新型コロナウイルス  国内感染の状況」)。

東洋経済オンラインより

4月25~5月1日:  14,120人( 1,880人): 1.15倍( 0.58倍)

4月18~24日: 12,240人( 3,213人): 1.35倍( 0.84倍)

4月11日~17日: 9,027人( 3,781人): 1.72倍( 1.39倍)

4月4日~4月10日: 5,246人( 2,705人): 2.06倍( 2.26倍)

3月28日~4月3日: 2,541人( 1,192人): 1.88倍( 2.83倍)

いささか踏み込んだ表現を使わせてほしい。ものすごい減少である。

「専門家」の西浦教授は、この数字を見て、「期待外れだ」と吐き捨てる。「専門家」の西浦教授は、この減少率を見ながら、何か非現実的な自分自身が作ったモデルと、あるいは最後の1人をクラスター対策班で仕留めて記者会見をしたいという願望を基準にするのでなければ、日本人の努力を評価することはできないのだという。

社会科学者の私は、欧米諸国の死に物狂いのロックダウンを通じてようやく得たもっと微妙な減少率と、日本の劇的な減少率を比較する。そして、日本人の努力を称賛したい気持ちにかられる。

なぜ日本の専門家は、どうしても絶対に「日本モデル」を認めることを拒絶するのか? 社会科学者の私には、感染症数理モデル「専門家」のように、日本人の努力の成果を、「期待外れだ」と一刀両断に評価する気持ちにはどうしてもなれない。

「ピークはこれから」渋谷氏は説明を

渋谷氏(FCCJ公式YouTubeより)

ところで何週間も前から「日本は感染爆発の初期段階」「日本は手遅れ」「喫緊の感染爆発」と主張し続けていた産婦人科医の渋谷健司氏が、意見を変えた。なんと「日本の感染被害のピークはこれからやってくる」というのである。

日本の感染被害のピークはこれからやってくる(FNNプライムオンライン)

産婦人科の専門家が、新型コロナの感染拡大見込みについて、意見を変えてはいけない、とは言わない。しかし公の場で繰り返し主張していた意見を変えるなら、それなりの説明を施すべきではないか?

それとも専門家というのは、いつでも思いついたときに説明なく自由自在に意見を変えることができる特権を持つ者のことなのか? そして渋谷氏に「感染爆発の根拠を示してほしい」とお願いしていた一市民の私は、単なる阿呆でしかない、ということなのか?

そもそも時期を示さず「ピークはこれから」などと言うことには、何の意味もない。「ピークはこれからだ、ただしそれが1年後か、10年後か、100年後か、1000年後かは、知らない」というのでは、全く何も言っていないに等しい。

(なおFNNに渋谷健司氏の肩書の確認をどのように行ったのか照会したところ、証明にならないウェブページを示して返答してきた。この情報だけでは、むしろ渋谷氏がWHO事務局長シニアアドバイザーではなく、無給の形式的職務しか持っていない人物であることの証明になってしまう。しかも渋谷氏には感染症に関する業務経歴が全然ないことの証明になってしまう。FNNに、再返答を要請した。だが、返事は、まだない。)

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篠田 英朗
東京外国語大学総合国際学研究院教授

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