日本はハンマーなしでダンスできる

池田 信夫

山中伸弥氏によると、日本政府の新型コロナ対策の基本方針は「ハンマーとダンス」に書かれているという。この原文は3月20日に発表され、ロックダウン支持派のテキストとして広く読まれているが、西村経済再生担当相がその翻訳を記者会見で紹介した。

この記事は専門家の論文ではないが、よく調べてやさしく書かれており、コロナを理解する上では役に立つ。中身は基本的にインペリアルカレッジの報告書を噛み砕いたもので、感染爆発が起こったときは、患者を隔離するなどの緩和(mitigation)だけではだめで、もっと強力な「ハンマー」で抑制しなければならないというものだ。

この結論はインペリアルカレッジの提案したロックダウン(外出禁止)と似ているが、それより過激な方針を提案している。韓国政府は国民のプライバシーをすべて追跡し、接触先を追跡して政府のデータベースに入れ、感染者を強制的に隔離した。

数週間、韓国は中国以外で最悪の流行を経験しました。現在、それは主にコントロール下にあります。韓国では外出禁止をすることなくそれを達成しました。彼らはほとんどの場合、非常に積極的な検査、接触先の追跡、強制的な隔離によってそれを達成しました。

韓国のように政府が国民を徹底的に監視して隔離すれば、ロックダウンしなくても3~7週間ですむというのだ。そして強力なハンマーでコロナウイルスを押さえ込んだあとは日常生活に戻り、ゆるやかに社会的距離を置いてウイルスと「ダンス」する時期が続く。

日本の「超過死亡」は平年より少なかった

このプランは魅力的にみえるが、致命的な誤りがある。上の図で”Do nothing”と書かれたベースラインの感染速度が、基本再生産数R0=2.5という前提になっていることだ。

インペリアルカレッジの報告ではR0=2.4で、何もしないとイギリス人が51万人、アメリカ人が220万人死ぬと予測した。西浦モデルの「42万人死ぬ」はそのまねである。

しかしどこの国でも、そんな感染爆発は起こっていない。最初は指数関数的に感染が増えるが、1ヶ月ぐらいで鈍化し、2ヶ月ぐらいでピークアウトする。現実の実効再生産数Rはヨーロッパ各国で大きく下がり、今は1以下である。

日本の場合はRがヨーロッパよりはるかに小さく、3月から1を下回っていた。これは「ダンス」の局面である。つまり日本はハンマーなしでダンスできるのだ

次の図でもわかるように、国立感染症研究所の21大都市インフルエンザ・肺炎報告によると、今シーズンの超過死亡はベースラインより少なかった。コロナを含む今年の感染症の死者は、平年より少なかったのだ。

日本の超過死亡(国立感染症研究所)

新型コロナは、世界的には本物の脅威である。世界の主要都市の超過死亡は毎週数千人で、一時的にはロックダウンなどの強硬措置をとるのもやむをえないが、日本は違うのだ。その原因が何かは不明だが、日本のコロナ死亡率はヨーロッパの1/100以下である。

その原因を追求しないで無意味な緊急事態宣言を続け、「新しい生活様式」などと説教をしても、感染症の被害は減らない。日本経済がボロボロになるだけである。「ハンマーとダンス」は、日本政府の方針にはなりえないのだ。

今月から始まったアゴラサロンでは、こうした問題を議論している(今月中は無料)。