2022年サッカーW杯「日本開催」説が浮上した法的背景

山下 丈

ブラッターFIFA前会長の上機嫌

ブラッター氏(Wikipedia)

国際サッカー連盟(FIFA)ゼップ・ブラッター前会長が、2022年の大会は「カタールでなく日本で開催か」と発言したとのニュースが流れた。「2026年の米国(カナダ・メキシコも加え)の前倒しも」、「日本も2022年大会に手を上げていたのであり、2021年にはオリンピックも開催され、組織や会場も準備できている」と報じる。

ブラッターの上機嫌は、スイス検察によるCONCACAF(カリブ海・中南米サッカー連盟)への放映権売却捜査取下げ、2006年ドイツ大会「夏のおとぎ話」事件(コロナ禍で)時間切れと、その消極姿勢が明らかになったためである。

当時のミシェル・プラティニ副会長への不審なボーナス払い裁判が残るのみ(FIFAが被害者、前会長が加害者とされ、金を受け取ったプラティニは民事共同被告だが刑事では検察側証人にすぎない)。検察の不手際で証拠の多くが「汚染」されたと、裁判所も指摘している。

スイス検察トップの迷走

2015年5月、チューリッヒの五つ星ホテル「ボー・オー・ラック」でのFIFA役員一斉拘束と米国引渡は、新任のスイス検事総長としてのミヒャエル・ラウバーの名声を一気に高めた。「銀行秘密」をめぐる長いもやもや状態から脱し、ついにスイス司法も汚職に厳しく国際協力するようになったと評価された。

ラウバーの前任者は、「タミルの虎」事件ほか一連の失敗で再選されず、後任に期待されての登用だったが、早くもそれを証明。米国のロレッタ・リンチ司法長官(当時)は、ラウバーとの共同記者会見で協力に感謝した。

だが、これより前、ラウバーはFIFA新会長に選出されたばかりのジャンニ・インファンティーノから、UEFA(欧州サッカー連盟)法務時代、プラティニ会長下で決済したオフショア企業への放映権売却をめぐる捜査につき相談を受けていた。

インティファノ会長(ベナン共和国公式flickrより)

ここにも究極の「無罪請負人」

これ以降、ラウバーは捜査の傍らインファンティーノと会合を重ねる。その事実が明らかになり、ラウバーは減俸処分、FIFA捜査から排除された。彼はこれを不服として、行政訴訟を提起。連邦議会で免職の是非審議が始まる。

ここに至って彼は、有名なロレンツ・エルニ弁護士を代理人とした。ポランスキー監督の米国移送を阻止し、仏企業アルストムの「黒い金庫」事件でスイスの銀行家を無罪に導き、ラウバーの前任者が再選されない一因を作った「無罪請負人」である。だが同時にエルニ弁護士はブラッター前会長の代理人でもあり、世間は当惑するものの、「利益相反」とはされていない。

米検察の追起訴

ブラッターの上機嫌にはもう1つ、米側のFIFA追加起訴が公表されたことがある。そこには、「当時のFIFA会長もしくは上級役員」が、CONCACAF元会長ジャック・ワーナーに「投票とりまとめ」依頼メール、投票後「送金」という、彼にとって不吉な記載がある。だが彼は起訴対象でなく、ここまでは法の網を逃れた。

復帰待望論

ブラッターが見せる顔は、常に「上機嫌」。FIFA退任後もスイス・サッカー界でのカリスマ人気は不動である。コロナ禍の「ステイホーム」では、チューリッヒの名門「グラスホッパー」の累代ファンクラブ”GC-Stamm”名誉会長として、チームカラーの白と青のウェアで室内バイクを漕いで見せ、健在ぶりを示した

復帰待望論も根強く、ファンにとって彼は「これでチョコレートを買いなさいと、ウィンクしながらそっと20フラン紙幣を手に押し込んでくれる祖父のよう」な存在。テーラーメイドのスーツ姿でインファンティーノが駆使するマーケティング用語は、心に響かない。

不機嫌な応答

一方で、上記CONCACAFへの放映権売却疑惑では、スイス警察の捜査報告書に「当時のブラッター会長による不当廉売」と明記されていると報じられた。打ち切りに再考を促す記事だが、ブラッターは「容疑は晴れた」、「カタール開催はFIFAしか動かせない」と不機嫌に答えた

不祥事で揺れ続けた近年のFIFA(Thomas Couto/flickr)

インファンティーノ会長も不機嫌

2022年カタール大会について、新生FIFAは、同大会責任者である「パリ・サンジェルマン」オーナーでカタールの放送局も持つナセル・アル・ケライフィを刑事告訴、同時に賠償請求していた。だが、インファンティーノとアル・ケライフィは秘密和解し、告訴取り下げ。カタール開催に固執する新会長の不審な動きとされる。

FIFAは、あくまでもブラッター訴追を求めると声明。ブラッターは、「インファンティーノは自分の足を撃つ」と揶揄。「ラウバーが喋れば、会長辞任だろう」。ブラッターは当初、ロシア、米国、中国と3大国連続開催でノーベル平和賞を狙っていた。「だが、そこへプラティニ率いるUEFAが介入、カタールを割り込ませた」という。

ソフトバンク登場

FIFA現体制は、傘下各国へ補助金を積極的に配布。コロナ禍での苦境の慈雨となっているが、インファンティーノはこれで名を上げると同時に、その資金獲得に頭を悩ませてきた。別リーグ構想「トロフィー計画」もその1つで、これには「デジタル基金」計画による財源確保がくっついていた。

ソフトバンクがサウジの後ろ盾で2兆6千億円を出資、FIFAが持つ試合映像等のデジタルコンテンツをその「基金」に独占させるという。あの「マラドーナの神の手」のシーンすらソフトバンクのものになるのかと、内部の賛同は得られなかった。この件でも、最終段階までソフトバンクの名を明かさないインファンティーノの独断専行が目立った。

ジャック・ワーナーの抵抗

ワーナーも、トリニダード・トバゴで米国引渡に抵抗。米検察の追加起訴状では、賄賂と引き換えにカタールに投票した3名の南米役員が明らかになった。当時のブラッター会長の「読み」では、米国とカタールで11対11になり、会長決裁で米国となるはずだった。結果は8対14だったが、3名の投票に彼も関与していたと、米国裁判で明らかになるかもしれない。

日本で祭典再び?(写真は2002年大会、日本–ベルギー戦、Wikipedia)

米国よりも日本で

ワーナーが米国に引渡され「司法取引」すれば、ロシア・カタールの開催地決定や放送権売買の詳細を語り、ブラッターの所行暴露の可能性がある。インファンティーノも、ラウバーとの癒着解明が進めば、米国でも訴追されかねない。インファンティーノはトランプ大統領に、「ジャンニなら『ジョニー』だ」と呼ばれたほどだが、免責の保証はない。

一連のFIFA汚職スキームは米「犯罪組織(RICO)」法上の「エンタープライズ(Enterprise)」認定を受けているため、カタール大会までこれに含められたら、スポンサーばかりか参加チームまでEnterprise構成員となる。米裁判の進展次第で、カタール開催は事実上無理に。2022年に日米いずれかとなると、2人とも日本にしたいに違いない。渡米し拘束されるより日本なら、日米犯罪人引渡条約があっても「プライベートジェットで脱出可能」だ。

「手を洗おう」

コロナ禍で2021年のオリンピック・パラリンピック東京大会も危惧され、翌年続けてのサッカー・ワールドカップ開催など夢物語にすぎないとも。だが、自粛で閉じ込められているからには、楽しい夢を見たい。2006年ドイツ大会は「ゾマー・メルヘン(夏のおとぎ話)」と呼ばれ、ドイツ国民は興奮と一体感で仕合わせだった。その後の「買われた大会」の醜聞でも、感動の思い出は傷つかない。

今、日本の目の前に「ゾマー・メルヘン」(夏季五輪)と「ヴィンター・メルヘン」(冬開催WM)が待受ける。コロナ禍の終息を願って、インファンティーノの動画にならい、「手を洗おう」。