社主を廃止しながら創業家を顕彰する恐怖の“朝日脳” --- 村山 恭平

2020年05月17日 06:01

朝日新聞東京本社(編集部撮影)

朝日脳”という言葉をご存じでしょうか。「よく知ってる」とおっしゃる方は……
嘘つきです。私が今思いついた言葉ですから。

定義は「自分達のやることはどんなに非常識でも、正義であり公共性があり万人が支持し絶対にうまくいくと、根拠も無くいつも思っている思考状態。朝日新聞社の幹部に発病しやすい」ぐらいでいいでしょうか。

ちなみに、ニコニコ大百科にある「アサヒ脳」とは似て非なるものです。

私がはじめて“朝日脳”に出合ったのは小学校低学年のときです。詳しい経緯は思い出せませんが、ある日、当時社長のH氏と二人で街の書店を訪れたときの話です。H氏は「おじさんはお金たくさん持っているから、欲しい本があったら何でも言いなさい」と上機嫌でおっしゃいました。子供心にも、物凄いことを恥ずかしげもなく口にする大人がいるものだと思い、怖くなり両親のもとに逃げ帰ったを覚えています。

また、数年後にH氏は「朝日新聞社の社長は社員の選挙で決めるべきだ」ともおっしゃいました。そんな会社は日本中探してもないのではないかと、高校生の私は思いました。恐怖を感じるほどの非常識や無神経は、有力な“朝日脳”の診断基準です。

私の知る最悪の“朝日脳”の持主は数代前の社長A氏です。先日、入院中の伯母の病室に現れ、枕元で「社主、残念です。百才まで生きていてほしかった。」と大声で叫ばれました。亡くなる数時間前のことで、伯母には、まだかすかに意識があったと思われます。

このA氏、御子息が薬物犯で実刑判決を受けても責任をとろうとせず、社長任期を全うされました。親子は別人格だとしても、本人だけでは止められないのが薬物です。何回も警察のお世話になっているのに、何もしなかった父親には大きな責任があるはずです。

この事件で、朝日のブランドイメージを大幅に損ねても社長は辞めなくてよいという前例を作ってしったことは重大でした。その昔、一柳東一郎社長が、たった一人の記者が海底のサンゴを傷つけ自作自演記事を作った事件で、引責辞職したのとは大違いです。歴代社長が引き継いできた矜持が、よりにもよって薬物でリセットされてしまったわけです。

このA氏は例の脱法ガバナンス?などで、いまだに新聞社に大きな影響力をもっておられます。

A氏の居座りを最悪の形で再現してしまったのが、従軍慰安婦問題で名をはせたK元社長です。冷静に考えれば、この話は単なる大昔の誤報です。どんなメディアでも間違えはあるのですから、まじめに謝罪して、きちんと訂正すれば、会社の屋台骨を揺るがすほどのことにはならなかったと思います。

けれども、「本気で反省していない謝罪の典型」のような、言い訳だらけの記事を出したのは致命的でした。「自分たちは天下の公器様なんだから、これぐらい大目に見ろ」という“朝日脳”意識が垣間見えて大炎上になりました。こんなことをするぐらいなら、正確で必要最小限の謝罪訂正記事を出して、さっさと社長がやめた方が、よほどマシだったと思います。

朝日新聞創業者の村山龍平(Wikipedia、編集部作成)

さて、先日、久しぶりに重傷の“朝日脳”を目撃いたしました。相手は大阪勤務の取締役F氏です。

今年3月、叔母の美知子が死去し朝日新聞社に社主はいなくなりました。これを受けて、先日F氏は、この6月下旬の株主総会で、社主家制度を廃止する定款変更をするであろうが、それに代わる創業家を顕彰する制度を作る。いずれ顕彰式をするから恭平さんには出席してほしいと言い出しました。

村山家の人間は、新聞事業の将来と朝日脳にさっさと見切りを付けた、普通の日本人ばかりです。いまさら社主家制度にとやかく言う理由は、わたしたちだけなら全くありません。

しかしながら、朝日新聞社にはもうひとつの創業社主家があります。定款では上野・村山の両創業家にそれぞれ一名の社主をおく、となっています。

上野家は、私たち村山家とは考え方が全く違い、昔から新聞社の経営陣に服従してきました。ところが、5年前に尚一氏が亡くなって以来、上野家の社主は空席になっています。新卒採用以来、朝日新聞社に20年以上も勤務しているS君という方がおられるのですが、なぜか彼は社主にしてもらえていません。立派な定款無視です。

以前この点をF氏にたずねると、理由は本人の意思とのことでした。しかし、これは理由になりません。定款でははっきり「社主をおく」となっているのです。S君が固辞されたのなら、上野家の他の方に社主就任を打診すべきだったのに、そうした形跡は私の知る限り全くありません。

また、W現社長はS君に「社主を希望されるのであれば、なっていただけます。ただし、社員の身分とは両立しないので、退社していただくことになります。村山美知子社主が亡くなられると、社主制度を廃止する可能性があり、その場合、あなたは社主でもない、社員でもない、ただの株主ということになります。それでもよろしければ、社主になっていただけます」と言い放ったそうです。

まるでピストル強盗が、「被害者は自分の意思でお金を出した」と言うようなもので、これが創業以来代々、奉職してきた上野家に対する“朝日脳”の仕打ちなのです。

しかも、定款では「社主をおく」とはなっていても、その待遇・報酬については何の規定もありません。だから運用次第では社主制度が会社の経営上の負担になるとは思えないわけです。また、社主と社員の「身分(笑)」が両立しない根拠もわかりません。

おまけに5年以上、経営陣はこの規定を無視し社主を空席にしていたわけです。そんなザル定款を改定するために、大議論が予想される総会を、コロナ警戒中の大阪でわざわざ今年開くのは、上野家に対する嫌がらせかマウンティングの類なのでしょうか。

こういうことをやっておきながら、創業家を顕彰する制度を作るというのは、さらに理解不能です。村山龍平の顕彰式に是非御出席をとF氏に満面の笑顔で言われた時、不気味さと強烈な嫌悪感を感じ、昼食会の途中でしたが嘔吐を押さえながら退席しました。私たちは、“朝日脳”のマスターベーションにつきあうほど変態ではありません。

編集部撮影さて、今後の村山家です。個人的にはこれ以上関わり合いになるのは嫌なのですが、創業家の義務として、自分たちに無理なくできる範囲で、“朝日脳”の駆除をすすめて行くつもりです。

とはいえ“朝日脳クラスターとしての新聞社自体は、世間および市場によってあと数年であっけなく処理されてしまうでしょう。わざわざ相手にすることもありません。

しかしながら、感染済みの残党は残ります。先日出版された伯母村山美知子の評伝である「最後の社主 朝日新聞社が秘封した「御影の令嬢」へのレクイエム」には、新旧さまざまな重傷朝日脳が登場します(参照:アゴラ拙稿)。当事者からまともな反論が全くないところを見ると、大筋では真実なのでしょう。

彼等の何人かはいまだに社会的影響力のあるポジションにおられるようです。これから時間をかけて、そうしたひとつひとつの“朝日脳”患者に道義的責任を自覚していただくことで、真人間になっていただくことを目指したいと思います。つきましては、アゴラの執筆者ならびに読者諸兄のお力添えを、是非、よろしくお願いします。

村山 恭平

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