先日亡くなりました朝日新聞社前社主、村山美知子の親族であります村山恭平です。ご弔問いただいた方、ご記帳や弔電を頂い方には、この場を借りて御礼申し上げます。
さて、伯母の死去に伴い、私の友人であります樋田毅氏が講談社より、 伯母の評伝「最後の社主 朝日新聞社が秘封した「御影の令嬢」へのレクイエム」を出版されました。伯母誕生以来の歴史的資料も豊富で、良い本を書いてくれたと伯母も喜んでいるはずです。
著書後半の新聞社と村山家の関係に関する記述などは、立場によって見解の相違や違和感もあるかと思いますが、故人の評伝とは本来そういうものであると思います。どうしても許せない記述があるのでしたら、具体的に反論するなり、別の評伝を発表すれば良い…言論の自由とはそういうものであると、私は考えています。
しかしながら、朝日新聞社の広報部は違うお考えのようで、私の考える意味での言論の自由には全く反する形で、私に言わせればかなりみっともない抗議行動をしているように見えます。
同社広報部が何をしようが、私たちの知ったことではありません。お好きなだけ、こういう恥ずかしい事をやって下さい。けれども、伯母や私たちまでもが馬鹿の仲間に入れられてはたまりませんので、今回は村山家としての、この件に関するコメントをいたします。
以下、興味のある方は、次のリンクをたどって下さい。入口は、朝日新聞社は自社のサイトasahi.comの中の「お知らせ」というコーナーです(2020年4月17日現在のもの:今後、記載ページが動くかもしれませんが、「お知らせ」の中を探せばすぐ出てくるはずです)。
典型的な企業の広報ページで、イベント関係などで特に興味がある人以外は、asahi.comの熱心な読者でも滅多に来ないところでしょう。
ちなみに、問題記事の一つ前の記事は、”eスポーツが好きになるメディア「GAMEクロス」オープン!「鉄拳」人気プロゲーマーゆうゆう選手がアンバサダーに就任”で、一つ後の記事は”朝日新聞と北海道新聞、統合編集システムを共同
開発富士通がシステム構築 DXに向けた業界汎用システムを目指す”です。
こんな所で抗議をしてもどれだけの意味があるのか疑問で、まるでサハラ砂漠を走る街宣車です。社内かOBのどなたかが「抗議文を載せろ」と強くおっしゃり、仕方なく広報部がわざと目立たない場所に載せたように、私には見えるのですが邪推でしょうか。
実際、私自身も、当事者の樋田氏でさえも、こんな記事がこんなところにあることは、半月以上も全く気がつきませんでした。
先ほどのリンクをさらにたどると数行の記事に到達します。存在感の薄いレイアウトで、下段のサイトマップの方が大きく目立っていて、「お願いです!これ以上、読まないで!」感が、ただよっていると思うのは私だけでしょうか。
文末の「(詳細はこちら)」から入ると、やっと記事本文に到達します。お疲れ様。でも内容を読むと、もっと疲れます。
最初のパラグラフ。「朝日新聞社(代表取締役社長;渡辺雅隆、本社;東京都中央区)」とか「(以下、「本件書籍」といいます)」とか、弁護士の告発文を丸写ししたようような表記は御愛敬として、最後の「相応の対応を求める書面を送付しましたので発表いたします。」とは、一体どういうつもりなのでしょう。「対応を求め」たのなら、対応があるまで黙って待てばいいのではないでしょうか。
そもそも、秘密やプライバシーを暴かれたことへの抗議で、わざわざ拡散するような記事を公開してどうするつもりなのかと思います。社主のプライバシーが「本件書籍」によって侵害されたとWEBで主張するのなら、結果的に、その記事自体も一種のセカンドレイプになる可能性は考えないのでしょうか。実際、記事を見て本屋に走った人を何人か知っています。
株式会社朝日新聞社(代表取締役社長;渡辺雅隆、本社;東京都中央区:以下、「貴社」といいます)は、伯母のプライバシーなど、本当はどうでもいいのではないのですか。
次に、第2パラグラフ以下です。
最初に、とても気になる点をひとつ。確認取材がないと憤慨しておられるようですが、貴社がお好きな「取材源の秘匿」が完璧に行われていたら、そちらからはそう見えることもあるはずです。
次に、社主のプライバシーについてです。村山家の立場から言わせて貰えば、たいへん大きなお世話です。放っておいてください。
一方、公の立場で言えば、あえて質問したいのですが、貴社自身は過去において、他社や公共団体の守秘義務事項や、他人のプライバシーを、公共性の名の下に暴いたことはありませんか。あるいは、そうした記事について「悔い改めて、今後は絶対に書きません」と誓うのでしょうか。
この手の議論は貴社の御商売に差し障りがあると思うのですが…この場を借りて、「大きなお世話」を、お返しします。
さて「本件書籍」の後半部分には、「朝日新聞社幹部たちの悪事を暴く」という要素が多分にあります。もしこれらが(少なくとも大筋で)真実ならば、守秘義務やプライバシーを越えた公共性や公益性が、「本件書籍」には十分にあると思うのですが、いかがでしょうか。
また逆に、もし貴社が、「事実の誤りや憶測、偏見で書かれている不適切な記述」の数々を、「本件書籍」の公共性を十分に否定できるほどに証明できるのなら、私は、貴社と共闘して樋田氏に対して法的手段をとることも、やぶさかではありません。守秘義務違反やプライバシーの侵害、それに名誉毀損を思う存分に追求しましょう。
たとえば299ページの、伯母の主治医にして任意後見人で、朝日新聞社の産業医でもあるY先生が、伯母の病状を貴社の幹部に繰り返し報告していた件など、もし事実ならば、医師の守秘義務違反であり、これは立派な刑法犯罪になり得ると思うのですが、なぜ今回の記事で具体的に反論しないのですか。
こうした多くの重大な指摘を無視し、「本件書籍」に貴社が十分な反論をできないのであれば、「極めて不正確な形で、虚実ない交ぜに」などとまで公の場に書くのは、さすがに樋田氏に対する名誉毀損ではないのでしょうか。
いやしくもジャーナリストを名乗るなら、気に入らない言論には、事実と言論をもって対抗すべきです。それを怠ったままに、過激な言葉と表現で強圧的に相手を黙らせようとするのは、事実上の言論人廃業宣言ではありませんか。
村山家としては、こうした愚行に同調することはできません。とても恥ずかしいことだからです。
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村山 恭平