ドイツ通の松田学氏と『英仏独三国志』を語る(前編)

『日本人のための英仏独三国志 ―世界史の「複雑怪奇なり」が氷解!』(さくら舎)の刊行を機会に、財務官僚で元衆議院議員の松田学さんにお招き頂いた。このところ、政治経済について、本格的な専門家との対談で内容のある番組を提供していると話題の、「松田政策研究所チャンネル」で対談し、YouTubeで配信している。

今回は、その概要を、ジャーナリストの清原勇記さんの協力で筆おこししたものに私が手を加えたものをお届けする。なお、松田氏の発言部分については、本人の了解をいただいて私が手をいれたもので、本人の校閲はいただいてないことをお断りしておく。

松田氏はドイツ留学経験ありで財務省、私はフランス留学組で経済産業省なので、少し面白い組み合わせの対談である。

松田:皆さんからちょっと縁遠いように思われるかもしれませんが、『英仏独三国志』という、八幡先生が書かれて出版された本を題材にしてヨーロッパについて考えたいですね。 実は私は財務省(旧大蔵省)在籍時代にヨーロッパ派と言われていまして、ドイツに住んだことありますし、よく家族がウィーンに行ったりしているということで馴染みのあるヨーロッパのがなんです。

考えてみると外交や安全保障を中国とアメリカないし、アメリカと中国の間で日本はどうするかというパラダイムの枠組みで見ているが、日本の近代国家を作った原点は英国、フランス、ドイツです。しかも、ヨーロッパはいまも、世界の最先端を行っていることがいろいろあります。

そう言う意味で、今の問題を考える上でも、英仏独の歴史を遡って、日本との関係を考える素材にしたいので今回も八幡先生にお話を伺いたいわけです。

まず『日本人のための英仏独の三国志』というのですが、この日本人のためのと言いますのはどういうことでしょうか。

八幡:これは出版社の社長さんが付けたのですけども、「世界史の複雑怪奇なりの氷塊」、この言葉は平沼騏一郎首相、平沼赳夫さんの曾おじいさんにあたる人の言葉で、ドイツとソヴィエトが手を結んだ時に驚いて、『ヨーロッパはなんのこっちゃ分からん』ということでおっしゃったんですね。

そもそも、第一次世界大戦も第二次世界大戦も結局はフランスとドイツの戦争なんですよね。

松田:なるほど

八幡:そして、日本は第一次世界大戦では日本は英国、フランス組についた。ところが第二次世界大戦では、独と手を組んで英国・フランス組と戦った。要するに、読み間違ったわけです。英仏独の関係、そこにアメリカがどう絡むのかといったヨーロッパの図式がどう動くか、理解していないと本当に危ないことになる。魑魅魍魎ではすまないのです。

それからもう一つは、中国や韓国との関係を考えるうえで英仏独の関係ないし日中韓の関係は、非常に学ぶことが多いことです

松田:なるほど

八幡:小和田恆さん。雅子皇后のお父さんですが。この方は日韓の友好に尽力されてきた。保守系の人から批判はあるでしょうが、彼は過去の仏独の憎み合っている関係からの改善を果たしたやり方を、日韓に持ち込みたいと考えていたわけです。

もっとも、私はそれは違うと言ってきました。仏独の関係は、アジアでは、日中の関係に相当するのであって韓国はそんな関係ではない。フランスとベルギーや、チェコとドイツなどの関係に似たものだと思うのです。

このように、どう応用するかはいろいろ考えないといけないのですが、日中や日韓の関係を考える上で、ヨーロッパの国々の経験からヒントを得られるものは多いと思います。

松田:なるほど、わかります

八幡:それから、日本文化や我々が生きている社会は、どこから来たのか?というと。それは勿論、縄文時代があって、そこに弥生人が入ってきた。次に奈良時代には遣唐使を通じての交流もあったわけですが、仏教を輸入するということが大陸文明を受け入れるにあってたいへん重要だったと私は考えています。

松田:その通りだと思います

八幡:仏教が入ってきたので日本人は文字を読もうという意欲をもったんです。仏教が伝来するまでは文字があっても興味がなかった。仏教が入ってきて読んでみたいと思うようになった。それはヨーロッパで言うとキリスト教は広まると建築、美術、音楽が広まってのと同じです。

それから、次に南蛮文化が少し入るが直ぐに鎖国してしまい影響は限定的なものでした。そして、鎖国をしたものだから約200年以上も知識に空白ができてしまった。一番、分かり易く言うと幕府軍と長州軍が戦ったときに幕府軍は火縄銃と鎧兜で戦ってゲベール銃を持った長州軍に敗れた。まるまる200年分遅れをとったわけです。

旧制高校では英仏独語のどれかを専門的に学んだ

八幡:そして、文明開化でヨーロッパの模倣をしました。旧制高校という制度があり、どういう制度だったかというと。今の大学の教養学部にあたるのですが、英語、フランス語、ドイツ語のどれかを完全にマスターしなさいと。それを学んで大学で学問をしましょうと。こういう仕組みでした。

例えば、お医者さんであればドイツ語で医学を修めた。カルテをドイツ語で書くなどその例です。

日本文化は奈良時代に中国から勉強した文化が、ベースになっているのですが、中国は仏教をかなり捨てたなど、日本の方で唐の文化がよく残っているわけで、ご本家はこっちだと思っていればいいと私は考えています。

そして、明治になると、ドイツ、フランス、イギリスや英国の子どもみたいなアメリカの文化をいれて学んだ。片仮名(カタカナ)言葉をけしからんという人もいるが、それならば漢字も捨てて大和言葉ですればいい。

むしろ明治時代の人は今以上に、明治の人はいまより西洋の言葉を原語のまま理解しようとしていたくらいです。

そうした意味でいうと、英仏独の歴史を知っておくというのは、我々が中国の歴史を知ることに意味があるとするのであれば、英仏独の歴史ももっと知らないといけない。

それからもう一つは、英仏独の歴史を知っているというだけでなく、それの違いと関係も知っていないといけない。

第二次世界大戦こと太平洋戦争の時に、東条英機さんはスイスとドイツの駐在武官だった。それで様々なことをドイツから学んだ。ドイツが敗れたのは軍隊ではなく労働運動だったと教えられて帰ってきた。それでともかくドイツと組みたいと。もし仮に東条さんがもっと英国やフランスも勉強しておれば、ドイツと組むとはならなかったと思うわけです。

松田:日本は明治時代に近代国家を作る際に、いろんな面で英国、フランス、ドイツを取り入れてきた。ただ、ほかの植民地から独立した後発の国々と日本とのヨーロッパ文明の取り入れ方はどこが違うのでしょうか?

八幡:普通は植民地はその宗主国しか学ぶ選択肢がない。例えばインドであれば英国一択だった。しかし、日本は英仏独にアメリカなどから、分野別にどこが一番モデルとして良いか考えることができた。

例えば、医学はドイツが良いのではないか、陸軍でいえば最初はフランスを徳川幕府が模倣していて、明治の途中でドイツの軍隊の方が新しい考え方だというのでドイツに変えた。もっとも、ドイツの陸軍はフランスのナポレオンの影響を強く受けているわけですけど。

また、騎馬戦隊はフランスの方が良いので、そのままにした。これは秋山好古さんがフランス留学して、そのまま維持して日露戦争に勝利した。海軍は英国ですしね。

松田:つまり、いいとこ取りができたということですね。

八幡:そうです。農業はクラーク博士のアメリカですね。

松田:これは唯一日本がほかのアジアなどの国と違うところですね。やはり独立自尊ができたわけですね。

深い森のなかから生まれたヨーロッパ

松田:私は本書を読んで引き込まれていったのが、深い森の中から産まれたヨーロッパという考え方ですね。ワーグナーの楽劇などの世界は実際に自分でドイツの森の中を往来しないと、あの世界分からないなと思いました。

そこでは、登場民族としてラテン・ゲルマン・スラブ・ケルトと四民族ある。結局はその民族が、非常に入交りながらヨーロッパ史は作られてきたといのが面白いと思ったんですよね。そのあたりからヨーロッパをどのように読み解いていくのか。

八幡:日本とどこが違うかというと、日本と日本人はどのように作られたのかよく分かっていない。というのは、例えば言語では、文法はモンゴルやトルコに近いようだ。他方で生活様式で言えば中国南部に近い。

なんでそうなったのかよく分からない。ところが、ヨーロッパの場合では、今の四民族がどのように交錯したのか割とわかっています。ただ、その前にラスコーの洞窟を描いたクロマニョン人あんどがいたわけです。

けれども今のヨーロッパ人の先祖ということなら、一番古いのは、ケルト人で森の民です。いまそのまま残っているのがアイルランド人とかですね。ウェールズもちょっとそうですね。

その次がラテン人で所謂ローマ人ですね。このローマ人が与えた国家というかたち、それから、キリスト教もローマから来ていますね。

その次に社会をどうつくるかという意味の影響でいえばゲルマン人が大事ですね。例えば、選挙で物事を決めるなどはゲルマンの習慣ですね。」

松田:なるほど、選挙で王様を決めていたんですね」

八幡:そうです。元々ゲルマン人は王様を選挙で選んでいた。その王様が決まると大きな盾の上に乗せて神輿のように担いで上げる儀式を執り行っていた。スラブ人がこの後にでるが、ヨーロッパの場合は、おおよそ各国民の起源がどうなってるか判明している。

松田:そうですね。なるほど、そのような人々が織りなしながらヨーロッパとは沢山の国々があるように思えるが、実は歴史的な繋がりがあって、歴史が展開されてきたことが本書を読むと理解できますね。

八幡:私は留学がフランスで、フランスのマクロン大統領も学校の後輩なわけですが、国立行政学院(ENA)に外国人クラスがあり、そこは30数人なのですが、ドイツ人15人、英国人5人、日本人4人でその他は一人か二人ずつでした。

そのような関係で勉強して来たことを踏まえていますから、英仏独の関係性について描いたのは、日本人の為ではあるけれども単純に日本人の目でみたものではなくそうした経験を踏まえたものです。テイストとしては、外国人で日本のことをよく知っている人が、日本人に分かり易いように説明したようなものにしてあります。

アンドレ・モロワの英仏独史のテイスト

八幡:そしてもう一つは私が子どもの頃の愛読書にアンドレ・モロワという作家がいて。当時、非常に人気があった。人間社会への洞察が鋭く中庸を得ていました。

現在では余り読まれなくなって、意外なことに、その言葉が、創価学会の池田大作名誉会長の著作のなかに出てきたり聖教新聞に載るので、学会の会員の人には知られている人なのですが、新潮文庫なんからたくさん出てたので、読まれていたのでしょう。

それから、近年では、『フランス敗れたり』という本をJR東海の葛城敬之さんが絶賛して翻訳がウェッジからでている。

この人が、英国史、フランス史、ドイツ史、アメリカ史をそれぞれ書いているんですね。このうちドイツ史は後になって書かれて、翻訳も遅いのですが、英仏米は新潮文庫にあって当時はよく読まれたので、私が中学生のころに読んだ初めての本格的な西洋史の本がこれでした。

そして、これを読むと、同じ人が書いているので、それぞれの国同士の関係がよくわかるんですね。いまも、古本屋での値段が高い本です。そこで、ひとつのオマージュとしてアンドレ・モロアの使った表現などを引用したり、あるいは使うことを通じてテイストを継承しています。

(下に続く:16日朝掲載します)