ポストコロナには「被選挙権年齢引き下げ」が必須 --- 栗本 拓幸

2020年06月21日 06:00

新型コロナウイルス感染症は、様々な形で私たちが住む社会に大きな影響を与え続けている。その中で「若者」は常に厳しい立場に置かれてきたことには、なかなか焦点が当たらない。

写真AC:編集部

新型コロナウイルス感染症と若年層

2月下旬には安倍首相が対策本部の座上で突如、全国の小中学校と高校、特別支援学校に臨時休校を要請することを表明し、大多数の学校が一斉休校となった。緊急事態宣言発令後は、新学期にも関わらず、大多数の小中学校や高校の休校が継続。大学・大学院も休校やオンライン化が迫られた。

これらに伴う奨学金・学費の問題は、今日も解決していない。そして現在は、年齢によって重症化リスクが大きく異なるにも関わらず、過度に安心を求めるAll or Nothingの世論が根強く残っている。結果、経済活動の完全な再起動がなされずに、経済的に困難な状態に留め置かれる若年層が多く存在する。

政策形成における多様な視点の欠如

この社会には多元的な価値観が存在し、多様な背景を持った人々が生きている。そうした多元的な価値観や多様な背景に由来する、様々な資源の配分を巡る紛争の合理的解決を目指して、政治という営みが存在し、我が国においては、議会制民主主義に基づいた政治が行われている。

しかし、日本で政治に携わる人々の年齢には、余りにも歪な偏りが存在する。例えば2017年・衆議院総選挙に注目すると、当選者の平均年齢は54.7歳(当時)である一方、当選者に占める年代別の割合は30代が7.1%、40代が26.9%、50代が33.1%、60代が24.5%、70代が8.4%であった。当時、衆議院の議員の約3人に1人が50代であり、被選挙権年齢は25歳であるにも関わらず、20代の国会議員は1人も存在しないという状態だった。

国会議員にせよ、地方議会議員にせよ、彼ら/彼女らは、単にその世代や支援者のみの代表ではなく、全国民あるいは全住民の代表であることは言うまでもない。しかし、様々な社会情勢の変化などによって、世代ごとに感性に何かしらの特徴があり、ロスジェネに代表される、制度施策によって不利益を被った世代もある。したがって、可能な限りあらゆる世代から議員が誕生することが、ひいては「議会の感覚」と「国民の感覚」を近づけることに繋がる。

課題解決に求められている「若者の感性」

コロナ禍を通して、様々な課題が浮き彫りになった。特に公務員制度、政治のDX(デジタル・トランスフォーメーション)は、重要な課題になると考えている。

課題1:公務員制度について

今回のコロナ禍を通しても、霞ヶ関の疲弊が顕著に見られた。特に厚生労働省など、公衆衛生行政を直接所管する省庁が逼迫する様は、メディア等でも報じられた。従前からの課題である国会対応については、感染症対策として、Web会議システムが導入されるなどしたものの、抜本的に見直されることはなかった。

そもそも、今国会には国会公務員制度の在り方そのものを議論する契機になり得た「国家公務員法改正案」に係る議論があった。しかし、検察官の定年延長問題のみに焦点が当たった結果、年功序列型人事から能力評価人事への移行、官庁の人材公募などを含めた「公務そのものの在り方」についての議論は殆どなされなかった。いずれ、地方公務員の定年延長についても議論されることを踏まえれば、明らかに物足りない国会審議であった。

報道によれば、国家公務員総合職の応募は4年連続で減少している。加えて、20代〜30代で官庁から民間企業へと転職する事例も決して少なくない。霞ヶ関を支える人材が見るからに不足し始めている背景には、「公務そのものの在り方」を議論しない、政治の不作為があることは明白だろう。

課題2:政治のDX(デジタル・トランスフォーメーション)について

あるいは、コロナ禍を通して、国会審議のオンライン化も話題となった。結果的には、オンライン出席などに踏み切らず、議員の退席による3密の回避などによる小手先の対応に終始していた様に見える。数年前に『「平成のうちに」衆議院改革実現会議』が発出した提言では、衆議院のIT化が、重点項目の1つとして取り上げられていたことが思い出される。

そもそもDX(デジタル・トランスフォーメーション)とは、単に既存の制度・仕組みのデジタル化を指す用語ではない。現下、政府や経団連は、サイバー空間と物理的な空間が高度に融合するSociety5.0という新しい社会像を打ち出している。こうしたサイバー空間やテクノロジー利活用を前提に、社会の中にある既存の枠組みをCreative Destruction(創造的破壊)し、より良いものを再構築する営みがDXである。

民間企業はDX(デジタル・トランスフォーメーション)への対応を進め、諸外国では、例えばシンガポールやフィンランド、エストニアなどでGovTech(ガバメント×テクノロジー)の実践・実装が進む中、日本においては未だファックスの撤廃やペーパーレスといった段階の議論に終始している。政治のDXは議論されて然るべき時期ではないか。

これらの課題について、より多くの若者が当事者として議論に参画し、その視点や感性を積極的に活かすことができる環境を創りあげることで、よりその解決が容易になるのではないか。

今こそ若者の視点が欠かせない

2015年の公職選挙法改正により、選挙権年齢が20歳から18歳へと引き下げられた。2018年の民放改正によって、2022年度から成人年齢が20歳から18歳へと引き下げられる。被選挙権年齢と密接に関係する選挙権年齢や成人年齢が引き下げられたにも関わらず、被選挙権年齢の引き下げに関する議論が見られない。これも政治の不作為の1つであると指摘したい。

本稿の冒頭で述べたように、若者は社会的に弱い立場に置かれることが多い。故に『若者の声に耳を傾ける』という言辞を耳にする機会は少なくない。ただ、若者はいつまで経っても耳を傾ける対象、言い換えれば、政治的に客体であり続ける限り、若者が弱い立場であることには変わりがない。そして、前述の2つのテーマのように、若者の視点・感性が求められる課題は、非常に多く存在する。コロナ禍を経験した今こそ、政治の側から、若者が政治的な主体になり得るというメッセージを積極的に出すことが必要である。

写真AC:編集部

そこで、『被選挙権年齢の引き下げ』が肝要になる。現在、衆議院・市町村長・地方議会議員について25歳、参議院・都道府県知事について30歳に設定されている被選挙権年齢を引き下げることは、若者に対して有効なメッセージになる。選挙の結果、例えば大学生の地方議会議員や大学院生の国会議員が誕生すればどうなるだろうか。政治的に無気力・無関心とされる若年層と同じ視線で語り、行動する政治家が誕生すれば、確実に若者の政治的関心が喚起されると考えている。

確かに、大学生の地方議会議員や大学院生の国会議員に抵抗感を覚える有権者の方々も一定数いるだろう。しかし、我が国では選挙で有権者一人ひとりが票を投じることで、地方議会議員や国会議員が選出される。つまり、年齢が不適格であると考えるのであれば、有権者が票を投じなければ良い話に過ぎない。門戸を最初から閉じておくことに、何ら合理性はないだろう。比例代表の定年制の前に、まずは被選挙権年齢の引き下げについて議論が行われることを強く期待する。

栗本 拓幸(くりもと ひろゆき)慶應義塾大学総合政策学部 / 合同会社Liquitous
1999年生まれ。慶應義塾大学総合政策学部在学、合同会社Liquitous代表社員/CEOほか。「知性ある日本」をテーマに、若者の政治参画、GovTech/PoliTechなどの分野で研究・実践。ラジオパーソナリティ、ファシリテーター、ブログYouTube配信など

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