「8割おじさん」は本当は「1%おじさん」だった

池田 信夫

アメリカの新型コロナ感染者は累計250万人を超え、毎日3万6000人以上増えている。東京では感染者が毎日50人になったと騒いでいるが、これは桁違いだ。陽性が増えた最大の原因はPCR検査を増やしたことで、検査を増やせば感染者はいくらでも増える。国際比較できる数字は死者である。

各国の累計死者数(FT.com)

累計でみると日本のコロナ死者は971人で、アメリカ(11万8000人)の1/120。線形目盛でみると、図のように日本は横軸に埋もれて見えない。日本のコロナ騒動で盲点になっていたのは、このように感染者の絶対数が圧倒的に少ないことだ。

このように分母が小さいとき、感染率を比較しても意味がない。実効再生産数Rtは3月後半に上がったが、そのときでさえ日本の死亡率はヨーロッパの1/100だった。EU各国の感染者数は3~4万人に収束しているが、この基本再生産数Roが2.5程度だとすると、日本はそれよりはるかに低い。

これは「8割削減」の根拠もないことを示している。専門家会議がこれを提言した根拠は、pを接触削減率としたときRo=2.5だとすると

Rt=(1-p)Ro

で、p>0.6のときRt<1になるという西浦博氏の計算である。これに2割の幅をもたせて8割にした、と彼はBuzzfeedのインタビューで説明しているが、他方では「6割ではだめで8割が必要だ」と断定している。

この計算の根拠は、3月19日の専門家会議資料で彼の出したシミュレーションだろう。ここではRo=2.5のとき「最終的に人口の 79.9%が感染する」と予測している。これは集団免疫の閾値が約80%ということだから、Ro=2.5ならp>0.8のときに限って感染は収束する。

「8割削減」の根拠は否定された

これは上の式とは違うSIRモデルによる計算で、これによると最終的に約1億人が感染し、致死率1%とすると100万人が死亡する。「42万人死ぬ」というのはそれを控えめに表現した数字だが、ここで重要なのは

集団免疫率=p=接触削減率

がつねに成り立つことである。つまり8割削減の必要十分条件は国民の8割が免疫をもつまで感染が収束しないということなのだ。ここで集団免疫の代わりに接触削減でRtを1にしようというのが、西浦氏の発想だった。

その前提はRo=2.5だが、彼も認めたように東京のRtはたかだか1.7だった。上の式でRo=1.7とすると、p>0.41で集団免疫が成立するので「4割削減」で十分だ。

それでも絶対数でみると過剰である。p=0.41だと5200万人が感染するまで流行は収束しないはずだが、抗体陽性率は0.5%(60万人)程度でほぼ収束した。今後まだ感染が増えるとしても、陽性率1%程度で流行は終わるだろう。

これを集団免疫率pと考えると接触削減率に等しいが、1%は誤差の範囲なので、接触削減で感染が減るという科学的根拠はない。日本人の免疫力はきわめて強いので、接触削減なんて意味がないのだ。

この免疫力の大きな差の原因(ファクターX)が何かというのは専門家が今後、研究する重要なテーマだが、いずれにしても集団免疫率80%という前提が否定された以上、それと同値の8割削減も否定された。「8割おじさん」は本当は「1%おじさん」でよかったのだ。

もちろん毎年インフルエンザの季節に風邪を引かないように気をつけ、人混みを避けて手を洗うぐらいの注意は必要だが、「新しい生活様式」なんてナンセンスだ。最大の景気対策は給付金の追加ではなく、政府が「収束宣言」を出して無意味な接触削減をやめることである。