山場が近づいている ~日本モデルvs.西浦モデル2.0 正念場③

2020年07月26日 06:00

Johnson/flickr

7月に入ってからの新規陽性者数の増大の中で、4月頃には見られなかった幾つかの注目点が明らかになってきた。一つは、新規陽性者数の増大と死者(重症者)数との関係が、明らかに4月と7月で異なっていることである。

これについてはウイルスの弱毒化や、抗体保持者の増加などの大胆な仮説が見られる。いずれもまだ仮説の域を出ておらず、私にはよくわからない。確かなのは、大幅な検査数の増大に伴って、新規陽性者数の増加が見られていることだ。

重要なのは、高齢者と慢性疾患保持者の死亡率が非常に高いことが広く知られているため、これらの脆弱者層が保護される政策的配慮と努力がなされていることだ。実際に、新規陽性者数における高齢者の割合は、非常に低い。

私はこうした政策的努力の価値を強調したい立場だ。死者(重症者)数は、緩慢には増大はしてきている。少なくともウイルスが弱毒化して重症化しなくなったとまでは言えない。むしろ政策的・個人的努力の結果として、重症化しやすい層の人々の感染を抑制していることによって、死者(重症者)数が抑制されていると考えていいのではないか。

私は「日本モデル」に関心を持ち、旧「専門家会議」・現「分科会」の政策姿勢を高く評価してきている。上記の新型コロナの特性をよく見据えたうえで、社会経済活動を不必要に停止させることなく、医療崩壊を防ぐということを指針にして、合理的な政策助言をしていると考えている。

その「日本モデル」の視点に立つと、4月の時点の陽性者数より多いかどうかは、問題ではない。医療崩壊を起こす前に重症者の増加が止まるかが、ポイントである。

こうした観点から、私は、7月に入って、「『日本モデル』vs.『西浦モデル2.0』の正念場」という題名の文章を書いてきている。最近の新規陽性者増加の中で、私が書いていることの意味が、よりはっきり見えてきたのではないかと思う。

西浦氏(FCCJ公式YouTubeより)

つまり、「日本モデル」と「西浦モデル」は、大きく異なっていることがはっきりしてきたはずだ。誤解していた人があまりに多かった。「西浦モデル」批判者の方々の中にも、「西浦モデル」擁護者の中にも、「西浦モデル」=旧「専門家会議」と取り違えている方がいた。おかげで数多くの不要な錯綜した議論が噴出した。

4月から5月にかけて、本来は専門家会議のメンバーではない西浦教授が、専門家会議の記者会見で断定的な発言を乱発した。マスコミもそれを見て西浦教授をあたかも専門家会議を影で代表している人物であるかのように扱い、もてはやした。だが実際には、西浦教授は、専門家会議のメンバーですらなかったし、日本政府の政策を代弁してもいなかった。

押谷仁教授(東北大HPより)

本当の「日本モデル」のキーパーソンである押谷仁・東北大学教授が、西浦教授の「42万人死ぬ」に批判的であったことも、すでに証言が出ている。「42万人死ぬ」は、西浦教授の「日本モデル」に対する「クーデター」だった(参照:【デイリー新潮 7/9】“新会議に山中教授”への懸念 コロナ対策の政治利用が加速も)。

現在はどうなっているか。尾身茂会長や押谷教授ら旧「専門家会議」メンバーが構成する「分科会」は、医療崩壊を起こすかどうか、が政策的分水嶺だという立場を崩さず、新規陽性者数の増大に際しても、冷静さを保っている。

これに対して、「西浦モデル」は、本シリーズで取り上げているように、新規陽性者の増大は底なしに続き、6割未満の「人と人の接触の削減」では状況は大幅には変わらないと予言している。

両者は、鋭く対立しているのである。

感染者数中心主義 vs. 死者・重症者着目の視点

なぜそうなのか。新規陽性者を見て政策を作るのか、死者(重症者)を見て政策を作るのか、の鋭い対立を見てみよう。

「西浦モデル」の原型である「SIRモデル」は、「感受性保持者(Susceptible)」、「感染者(Infected)」、「免疫保持者(Recovered))の三つの概念を中心に構成される。「SIRモデル」が前提としている世界観は、致死率は常に一定であるということ、そして「人と人との接触」を大幅に減らすか、「集団免疫」が成立するかのいずれかがないと、感染拡大は止まらない、ということだ。

この「SIRモデル」を全面的に受け入れると「人と人との接触の8割削減」がなされないと「42万人死ぬ」ことになる。この考え方の背景にあるのは、「感染者数中心主義」とでも呼ぶべき視点である。徹底して、感染者数に着目する。死者数は、感染者数から、一定の割合で算出されるものでしかない。

新型コロナに関して感染者総数に着目する視点が強調されてきているのは、「SIRモデル」に親しんだ科学者を多数擁する欧米諸国の主要メディアが、この「感染者数中心主義」の視点で報道を続けて、日本のメディアもその影響を受けているからだろう。

これに対して、感染者数ではなく、死者(重症者)数に着目する政策視点は、年齢層別の致死率の違いに注目する視点だとも言える。つまりそれは、高齢者層と基礎疾患保持者を新型コロナに脆弱な層として区分けしていく政策視点である。年齢層別に区分けされた政策は、一律的な「人と人との8割削減」とは異なるが、成功すれば、新規陽性者が増えても、死者(重症者)はそれほど増えない、という現象が起こってくることを期待する。

死者(重症者)数の推移を最も重要な指標とし、「医療崩壊を防ぐ」ことを指針にしながら、社会経済活動は自発的努力の範囲で律するアプローチが、日本政府が採用してきているものだ。それを旧「専門家会議」や現「分科会」が支えている。

何に着目するか、という世界観においても、「日本モデル」と「西浦モデル」は、鋭く対立しているのである。

したがって、ここまで書いてきたことからの必然的な帰結だが、追求する政策の内容が、「日本モデル」と「西浦モデル」では、大きく異なる。「西浦モデル」では、集団免疫が成立するまでは、ただひたすら「人と人との接触削減」を行い続けるしか、とりうる政策がない。

実は、西浦教授は、4月半ばにメディアを呼んで「42万人死亡」を発表した際、一応は年齢別の重症化率や致死率の違いを加味したというが、実際には2月の武漢の断片的なデータを採用していたと告白している。4月半ばでまだ、日本だけでなく世界各地の実態と大きく異なる概算方法を使用していたのである。

参照:【ニューズウィーク日本版 6/1】【特別寄稿】「8割おじさん」の数理モデルとその根拠──西浦博・北大教授

また、西浦教授は、4月半ばでまだ、基礎疾患保持者の重症化率の高さの要素などは、全く考慮していなかったようである。

これに対して「日本モデル」であると、最も脆弱な層の隔離を行った後は、社会経済活動を続行する層の自己努力を通じた最大限の感染抑制が求められる。医療崩壊を防ぎながら死者数を抑制することだけが目的であれば、それで十分に合理的だからだ。そのうえで、社会経済を続行する層にも、「三密の回避」などの可能な限りの配慮を求めることによって、大規模感染拡大は抑制しようとする。

実際に追求される政策において、「日本モデル」と「西浦モデル」は、やはり鋭く対立するのである。

5月半ば以降に修正された「西浦モデル2.0」では、7月に、4月の感染拡大ペースが再現され、緊急事態宣言がないと、感染者数は指数関数的に拡大していくしかない。

ピークを過ぎている新規感染者数

毎日、毎日、「〇日連続で東京の感染者が〇〇〇人以上!」といった煽り報道を見ていると、7月の感染拡大は4月を上回る「指数関数的拡大」ペースで進んでいるように感じている人も多いかもしれない。

だが報道されている東京都の新規陽性者数を見るだけでも、増加率の減少を確認することができる。7日移動平均で週単位の大きなトレンドを見てみよう。

新規陽性者数

(7日移動平均)

増加率

(7日前との比較)

6月27日 44.0人 1.22倍
7月4日 85.8人 1.93倍
7月11日 152.4人 1.77倍
7月18日 214.5人 1.40倍
7月25日 250.2人 1.16倍

 

このように増加率を見れば、やはり7月上旬をピークにして、鈍化が続いているように見える。

また、国立感染症研究所が示している「発症日別」の届け出数の推移をみると、7月の発症者拡大は、4月のレベルに到達していない。しかも7月上旬をピークにして減少傾向に入った可能性すらある。4月の時点では、発症者を中心にPCR検査を施していたことを想起すると、この「発症日別」のデータは、重要である。

また、ボランティアの方々が行っていただいている実効再生産数の推定値の推移を見ても、東京では7月上旬をピークにして低下の傾向が見られる。そもそも7月の実効再生産数は、3月下旬の水準に達していない。

「SIRモデル」を原型とした「西浦モデル2.0」の予言では、7月下旬には本格的に「指数関数的拡大」が起こっていることが顕著になっていなければならない。ところが、上述に示したデータは、全てそれとは違う状況を示している。

私は、4月にも「西浦モデル」を批判する文章を書いたことがあるが、それは4月10日の段階で国際政治学者の私が「増加率は鈍化している」と書いていたのに、専門家の西浦教授がマスコミを集めて4月15日に「42万人死ぬ」をやったからだ。

緊急事態宣言・西浦モデルの検証(4月10日)

私は、西浦教授を「間違えた」と批判したことはない。ただ、大衆操作を図るために、意図的に嘘をマスコミに流した、と書いたことがあるだけだ。

ただし4月の時点では、「西浦モデル」が現実でどのような検証を受けたのかは、結局は曖昧にされた。そこであらためて「日本モデル」と「西浦モデル2.0」が対決をしているのが、7月の状況だろう。

「日本モデル」の試金石は、厳しいロックダウンを避けながら、「三密の回避」などの社会経済政策を続けながら導入できる政策によって、陽性者数を一定の範囲内に押さえ込んでおけるか、である。永遠に陽性者数が増え続ければ、もちろん、やがて持ちこたえられなくなる。重要なのは、果たして新規陽性者数の増大は医療崩壊を起こす前で止まるか、である。

逆に言えば、際限のない拡大を抑制できれば、「ハンマーとダンス」の「ダンス」を演出するのは、かつて西村大臣が説明したことのある日本の政策そのものとなる。

東京では7月になって100人以上の感染者が出て、感染予防努力の徹底が一層浸透した可能性が高い。その効果が出るとしたら、7月中旬以降である。陽性者数で見えてくるのは7月末以降だろう。いずれにせよ、指数関数的拡大を防ぎ、「ダンスの踊り方」の範囲にもってこれれば、「日本モデル」の構図である。

私は予言屋ではない。国際政治学者の私が予言などするはずもない。しかし現状は見る。現状を見てわかることと、どなたかの予言が異なっていれば、やむをえずそれは指摘せざるを得ない。それだけだ。

少なくとも、現状では、指数関数的拡大が起こっているとは言えない。それがとりあえずの観察である。

これまで何度か、3月~4月の欧州と米州の致死率が異常であって世界平均を示していなかったこと、世界全体で感染者に対する死者数の割合を示す致死率が下がる傾向にあることを示すために、データを見せてきた。付録として、あらためて下記に示す(参照:worldometers)。

時間的流れで見ていただきたいのは、致死率が世界全体で低下していることだ。これについては弱毒化したのではないかといった仮説があるようだが、冒頭で触れたように、その妥当性は私にはわからない。ただ、私は、世界各国で致死率を下げる努力が払われていることが大きく影響していると思っている。つまり「感染者数中心主義」から、よりいっそう日本モデル的な「死者(重症者)数中心主義」へと政策的視点がシフトしているのが世界的な潮流となっていることが重要になっているのではないかと思っている。

世界全体の一日あたり陽性者数の推移

世界全体の一日あたり死者数の推移

(7月25日)

地域 準地域 感染者数(/mil) 死者数(/mil) 致死率(%)
アフリカ   610.91 12.87 2.11
北アフリカ 614.90 27.55 4.48
東アフリカ 153.45 2.48 1.62
中部アフリカ 255.84 5.15 2.01
南部アフリカ 6,326.84 94.67 1.50
西アフリカ 309.77 4.99 1.61
米州   8,447.47 330.76 3.92
北米 11,836.23 426.92 3.61
カリビアン 1,763.35 33.86 1.92
中米 3,055.04 262.96 8.61
南米 8,423.43 304.63 3.62
アジア   819.97 19.04 2.32
中央アジア 2,039.98 29.32 1.44
東アジア 78.07 3.60 4.61
東南アジア 357.53 10.22 2.86
南アジア 1,135.25 29.45 2.59
西アジア 3,678.39 54.87 1.49
ヨーロッパ   3,517.17 256.10 7.28
東欧 3,679.29 72.33 1.97
北欧 3,057.60 378.64 12.38
南欧 4,458.55 441.67 9.91
西欧 2,882.08 296.54 10.29
オセアニア   382.74 4.09 1.07

 

(7月13日)

地域 準地域 感染者数(/mil) 死者数(/mil) 致死率(%)
アフリカ   449.29 9.98 2.22
北アフリカ 528.92 23.84 4.51
東アフリカ 105.79 1.66 1.57
中部アフリカ 227.06 4.80 2.12
南部アフリカ 4,137.98 60.83 1.47
西アフリカ 258.19 4.39 1.70
米州   6,764.70 285.78 4.22
北米 9,550.96 397.51 4.16
カリビアン 1,380.66 30.01 2.17
中米 2,357.63 213.31 9.05
南米 6,723.29 244.40 3.64
アジア   647.46 15.31 2.36
中央アジア 1,332.47 9.36 0.70
東アジア 73.13 3.41 4.66
東南アジア 289.22 8.19 2.83
南アジア 847.86 23.26 2.74
西アジア 3,209.06 47.29 1.47
ヨーロッパ   3,284.84 250.44 7.62
東欧 3,310.19 63.70 1.92
北欧 2,964.91 371.34 12.52
南欧 4,212.91 438.02 10.40
西欧 2,761.78 294.99 10.68
オセアニア   284.83 3.18 1.12

 

(6月15日)

地域 準地域 感染者数(/mil) 死者数(/mil) 致死率(%)
アフリカ   184.89 4.93 2.66
北アフリカ 297.43 12.5 4.2
東アフリカ 57.36 0.95 1.65
中部アフリカ 134.31 3.04 2.26
南部アフリカ 1,047.09 22.02 2.1
西アフリカ 134.31 2.64 1.96
米州   3,837.07 201.55 5.25
北米 6,150.57 341.97 5.56
カリビアン 783.18 21.09 2.69
中米 1,076.38 102.58 9.53
南米 3,294.55 139.56 4.24
アジア   355.73 8.82 2.48
中央アジア 401.99 2.59 0.65
東アジア 69.32 3.54 5.11
東南アジア 178.19 5.25 2.95
南アジア 410.99 11.86 2.89
西アジア 1,993.77 28.03 1.41
ヨーロッパ   2,824.89 233.14 8.25
東欧 2,410.86 42.63 1.77
北欧 2,845.24 345.06 12.13
南欧 3,913.74 421.49 10.77
西欧 2,583.41 289.33 11.2
オセアニア   218.83 3.03 1.39

 

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篠田 英朗
東京外国語大学総合国際学研究院教授

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