5月25日に緊急事態宣言が解除されるまで、私は「検証」シリーズと題した文章を何度か書いていた。その後、小康を保っている情勢の間、私もこの件については文章を書く機会を持たなかった。
しかし、最近になって、新規陽性者の拡大傾向が顕著になり、にわかに新型コロナ問題をめぐる議論も騒がしくなってきた。そこで久しぶりにあらためて日本における新型コロナの現状について書いてみたい。
現在、東京の新規陽性者数の拡大が顕著である。この傾向はいつから始まったと言えるだろうか。底を打ったのは、2人の新規陽性者まで減った5月23日であった(7日移動平均値で見ると5月19日を中央値とする5.8人が最小)。その後は、増加傾向に復活している。
潜伏期間をだいたい2週間でとるのが通常なので、その考え方を適用すると、5月8日頃が最も感染が発生していなかった時期だったことになる。
結果的に言うと、4月7日緊急事態宣言は、最初の1カ月で最大の効果を示した。私自身も5月4日に決定された緊急事態宣言の「延長」は、「移行期間」を意味すると書いたことがある。
すでに4月半ばから新規陽性者数の減少傾向は顕著だったので、最初に設定した1カ月を「延長」しても、実質的にはそれは解除後の体制を見据えた「移行」としての意味合いを持つことになるだろう、と私は考えたのである。
1カ月と言われて自粛に応じた人々が、ようやくその1カ月たったところで「やっぱり延長します」、と言われて、「ああ、そうですか」と全く同じ努力を続けることができると想定するのは、人間社会の常識に反する。その意味でも、「延長」は「段階的な移行」のことになる、と考えるのが妥当と思われた。
7月の時点から見て、実際に、「移行期間」突入後の5月初旬から、新規陽性者数の増加傾向の回復は始まっていた。「延長」期間の間に、自粛は緩和されていたのである。
なお7月になった現在の拡大傾向を見て、緊急事態宣言の解除が早かった、という評価を導き出す人もいる。だが私はそうは思わない。「延長」を繰り返しても、やはり増加率は戻ってきただろう。そう推察するのが、5月の動きを見れば、合理的であるように思える。確かに増加率の回復を遅延することはできたかもしれないが、遅延の程度の問題である。
医療崩壊を防ぐことが最大の眼目
「検証」シリーズの際に繰り返し繰り返し述べたが、緊急事態宣言の目的は「医療崩壊を防ぐ」であった。「新型コロナを完全駆逐する」のは、目的ではなかった。そんなことは達成するのが不可能なので、最初から目的化されていなかった。あくまでも「医療崩壊を防ぐ」を基準にして、5月の「延長」が決められた。
したがって7月になった現時点においても、拡大された医療能力を前提にして、緊急事態宣言の再発出時期を決めるのが、一貫性のある政策判断である。今、4月7日と同じ新規感染者数になったら緊急事態宣言を発するべきだと政府が考えていないのは、「医療崩壊を防ぐ」を基準にしているという点で、一貫性のある政策判断である。医療体制の充実によって、医療崩壊の決壊点は変わる。
ただし、このように言うことは、近い将来に「医療崩壊を防ぐ」ために、緊急事態宣言を再発出しなくていいことを保証しない。そういう事態は近い将来に到来するかもしれない。まだわからないので、今は様子を見ている段階だということだろう。
全体傾向を見るために、底を打ってからの1,5カ月の様子を、7日移動平均の推移でみてみよう。カッコ内は、その前の7日間と比べたときの増加率である。
5月17日~23日: 5.8人 (0.3倍)
5月24日~30日: 13.2人 (2.2倍)
5月31日~6月6日: 19.7人 (1.4倍)
6月7日~13日: 18.2人 (0.9倍)
6月14日~20日: 35.6人 (1.9倍)
6月21日~27日: 44.0人 (1.2倍)
6月28日~7月4日: 85.8人 (2.0倍)
現在の新規感染者の増加は自然ななりゆき
緊急事態宣言が終了した後しばらくは、増加に転じたと言っても、緩やかな増加であったこと、そして6月末以降に増加率が顕著に高まっていると言わざるを得ない傾向があることが、見て取れる。
東京では「東京アラート」が「ステップ3」に移行して飲食店営業が0時まで可能とされたのが6月11日、ライブハウスと接待を伴うバー・スナックなどの飲食店などに対する休業要請が解除されたのが6月19日だった。
潜伏期間は2週間といっても、5日間程度で発症する人が大多数だと言われる。現在の新規陽性者数の拡大は、「東京アラート」の解除に伴って発生してきた現象ではないかと推察することもできる。
感染を抑えるためにとっていた措置を解除すれば、抑制効果が減って、増加の傾向が強くなる。自然ななりゆきである。したがって、現在の新規陽性者数の拡大は、ある程度は予測されたことだと言える。
直近の一週間の東京の陽性者数の増加を、3月下旬の劇的な増加を比べてみると、まだ増加率は低い。しかもPCR検査数も陽性率も全然異なっており、「夜の街」の無症状若年者に対する積極的な検査措置が数字を引き上げていることは確かであるようだ。
問題は、今後の新規陽性者数の拡大が、解除の効果が出たと言える一定の範囲の規模で止まるのか、無限の拡大を引き起こす傾向に入るのか、である。
ゼロリスクを求めるのではなく、流行の先送りのための策を取り続ける「日本モデル」の展望も、その点にかかっている。
西浦教授の予測が当たったのか?
ここで重要なのは、「西浦モデル2.0」である。最近、「7月になって新規陽性者数が100人を超えた」ことをもって、「西浦教授の予測が当たった」云々といった言説が出回った。だがこれは必ずしも正確ではない。
5月15日に東京都広報ビデオに登場した際に西浦教授が示したモデルを思い出してみよう。
緊急事態宣言が解除されて元の生活に戻ると、7月10日くらいの段階で、1日200人くらいの水準に達し、しかもそのままの勢いで拡大し続けることになっていた。
これは5月末日まで緊急事態宣言が続いた場合の試算だったので、1週間程度の前倒しをしてみると、7月4日の段階で1日あたりの新規陽性者数が200人になっていないと、計算があわない。西浦教授によれば、「夜の街」への対応等が2~3割程度では、ほとんど差が出ないはずであった。厳密に言えば、すでに「西浦モデル2.0」は、現実と食い違っている。
しかし、「東京アラート」の6月半ばまでの継続で、東京では感染拡大に遅延が起こったのだ、と仮定することもできるのかもしれない。したがって遅延した形で今後「西浦モデル2.0」に近い現象が起こる可能性は残っているとは言えるのかもしれない。
「西浦モデル2.0」は、「42万人死ぬ」で有名なオリジナル「西浦モデル1.0」を修正したものであった。「西浦モデル1.0」では、3月の欧州と同じスピードで感染拡大が起こると仮定した基本再生産数が用いられていた。これに対して「西浦モデル2.0」は、日本の3月下旬の感染拡大スピードを参考にしたものだ。したがって「2.0」の感染拡大のスピードは、「1.0」よりも緩和されたものになっている。
しかしそれでも両者に共通した「西浦モデル」の特徴は、「人と人との接触」の6割程度以上の削減がないと、感染拡大が止まらず、どこまでも果てしなく感染拡大が続いていく推定になっている点である。より現実的な言い方をすると、緊急事態宣言が再発出されるまで、感染拡大の勢いが衰えることはない。
現実は「西浦モデル2.0」に今後近づくのか?
「三密の回避」などの平時の国民行動を通じた予防策や、クラスター対策などを通じて、流行の先送りを模索し続ける「日本モデル」は、依然として「人と人との接触の6割以上削減」を求める「西浦モデル」によって否定される。
「42万人死ぬ」の「西浦モデル1.0」については、私はかなり批判的な文章を何度か書かせていただいた。間違っているというよりも、過剰な自粛を引き出すために4月15日の時点で判明していた現実とは合致しない計算結果を意図的にマスコミに流した、と指摘した。「西浦モデル2.0」についても、同様に懐疑的なトーンの文章を書いたことがある。
西浦モデルの検証⑫ いつまで当たらない予言を出し続けるのか?
ただし「2.0」については、否定まではしなかった。なぜなら「西浦モデル2.0」は、「西浦モデル1.0」と比べれば、だいぶ穏健な内容だからだ。現時点においても、「2.0」は、「1.0」よりも現実に近いとは言える。
果たして現実は「西浦モデル2.0」に今後どんどんと近づいていくのだろうか。もしそうだとすれば、緊急事態宣言解除後の「日本モデル」の取り組みが、早期に挫折を余儀なくされるということだ。今後あらためて事態の推移を注視していきたい。