レジ袋から見えてきた小学校の環境教育の問題点

2020年07月31日 06:00

レジ袋が有料化されて1ヶ月が経った。筆者がほぼ毎日通うスーパーでは、一枚5円でレジ袋が販売されている。金額については、さほど気にならない。レジでのやり取りを省略するため、事前に客が必要枚数を自分で取って精算するスタイルのため、コロナのリスクや店員さんの手間についてもクリアされていると思う。

それでも、「脱プラスチック社会への第一歩」としてのレジ袋有料化、レジ袋をなくそうという風潮に、どうしても違和感が拭えない。

筆者は最近、8年間の海外生活を終え、東京に戻ってきた。転入の際、区の清掃事務所の職員から、ごみの分類、出し方について事細やかに説明を受けた。

ペットボトル、びん、缶、古紙は当たり前として、レジ袋を含む「プレスチック性容器包装」も、資源ごみとして分類回収される。「ではスーパーでもらうレジ袋は、燃やすごみに入れてはいけないってことですね?」と尋ねると、「いや、レジ袋は入れてもらって大丈夫です。その方がよく燃えるんですよ」などとおっしゃる。

そんなやり取りをした直後のレジ袋有料化だっただけに、国を挙げてのプラスチックごみの一括回収、リサイクル推進の方針よりも、「プラスチックごみはリサイクルしないで燃やせばいいや「ゴミ減量のためのレジ袋有料化は2周遅れの取り組みの方が腹に落ちた感があり、買い物のたびにレジ袋を購入して、家庭内でのごみ袋として再活用することにした。

ところが、そこに思わぬ反対勢力が現れた。小学4年生の娘である。ちょうど今月、学校の社会の授業で「ごみの処理と利用」という単元を学習したらしい。自分の家庭でごみがきちんと分別されているか、マイバッグやマイボトルを積極的に利用しているかをまとめる宿題が出されたため、大変だ。

「小学社会3・4下」(教育出版)、「わたしたちの東京都」(明治図書)

教科書には、家庭や学校から出たごみがどのように集められ処分されるかや、ごみを減らすための「3R」についての説明とともに、レジ袋を減らすためにマイバッグを使うことが大切だと載っている。さらに、副教材として配られた某新聞社発行の子ども向け新聞環境特集号には、海洋プラごみ問題や地球温暖化問題が写真付きで掲載されている。ウミガメの死骸からレジ袋が出てきたなど、子どもの危機感を煽る内容で、なるほど、これを読んだら、マイバッグを持たずに買い物に出かけるのは恥ずかしいことだと思うだろう。

「まさかプラスチック捨ててないよね?」と言いながら毎日ゴミ箱をチェックする娘の手前、これまで以上にごみの分別を徹底し、マイバッグ、マイボトルの持ち歩きを余儀なくされている。学校で教えられた内容から、娘はプラスチック製品はなるべく使わず、使ったら必ずリサイクルしなければいけないと思い込んでしまった。

なんだか釈然としない思いで、現役の小学校教師である友人にこの話をしてみた。すると、中高の理科専任の免許も持っている彼女は、プラスチックがリサイクルに向かない素材であること、最近の高性能の焼却炉はプラスチックを燃やしてもダイオキシンが出ないことは当然知った上で、それでも、子どもたちにはプラスチックごみリサイクルの重要性を説いているという。「子どもを通じて、親の意識と行動を変えるというのが国の狙いだから」だと。

筆者も二児の母として、地球市民として、これまでも環境保護に気を遣いながら生活してきたし、未来を託す子どもたちへの環境教育の重要性については異論はない。しかし、学校で教えられる環境教育の内容があまりに一面的でないかと、今回のレジ袋問題で気付かされた。

歴史教育のありよう、内容については、あれだけの議論が有りながら、環境教育のそれについての議論がないのはどういうことか。

調べてみると、プラスチックごみリサイクルのデメリットに言及した子ども向けの教材もあるようだ。

学びのひろば:プラスチックごみは、燃やす?燃やさない?

いたずらに環境問題について、動揺や危機感を煽るのではなく、多面的なアプローチで子どもたちに考える機会を与える環境教育が広がることを願っている。

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恩田 和
ライター、元全国紙記者

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