新型コロナ:「第2波」の発生と収束の謎を推理する

大澤 省次

NHKニュースによると、8月20日の日本感染症学会で、政府の新型コロナウイルス対策分科会の会長である尾身茂氏は、現在の「第2波」*1について「全国的にはだいたいピークに達したとみられる」とする見解を示しました。

また、分科会のメンバーで、クラスター対策の中心的役割を担っている東北大学教授の押谷仁氏は「全国的に7月下旬から8月はじめごろにかけて山があったように見えるが、死亡者数が徐々に増えていることもあり、慎重に見極めが必要だ。第1波に比べて、現在の流行ではある程度リスクを制御することはできている」と述べました。

これを裏付けるデータを示しておきます。ただ、PCR検査については、5月11日から「37.5度以上の発熱が4日以上続く」という条件が撤廃されたため、第1波より大幅に検査人数と陽性者が増えたことに注意する必要があります。*2

さて、多くの人が不思議に思っているのは、5月25日に緊急事態宣言が解除されたのに、なぜ6月になってから「第2波」が発生したかということでしょう。

「第1波」については、以前の記事に書いたように、海外からウイルスが輸入されたことが、多くの人のコンセンサスとなっています。*3 このため、入国制限が強化され、海外からのウイルス輸入が止まった3月末から収束に向かったわけです。

これに対して、現在の第2波がなぜ発生したかという理由ははっきりしません。もちろん、いくつか説はあります。有力なのは、「ウイルスが変異して感染力が強まり、同時に弱毒化した」という説です。*4

6月頃にウイルスの変異が見られたことは、国立感染症研究所が8月5日に調査結果を発表しています。

しかし、この説にも大きな弱点があります。重症者や死者の少なさは説明できるのですが、なぜ現在は感染が収束に向かっているのかが説明できないのです。

仮にウイルスの感染力が大幅に強まったとするなら、たった1か月や2か月で全国レベルで収束するはずがありません。それは、アメリカやイギリスなどの例を見れば明らかです。それなら、尾身氏や押谷氏が、感染は「7月下旬から8月初めにピークに達した」と言えるはずがないのです。

…と思って悶々としていたところ、アゴラで藤原かずえ氏の論考が目に留まりました。

彼女の分析には、今回の「第2波」がなぜ発生してどう収束するのか、実データからシンプルに導ける可能性があるからです。

私の推理では、新宿区の「夜の街」が新たに変異したウイルスの感染源となり、現在は集団免疫に達したので緩やかに収束しつつあるということになります。

もう少し詳しく説明しましょう。

「第2波」の感染源は何か

藤原かずえ氏によると、新宿区が第2波の「感染源=エピセンター」になっている可能性が高いとのことです。

新宿区が[第2波の]明瞭なエピセンターになっているということです。第一波の感染がある程度終息しても感染率が周囲よりも高い値を示した新宿区が、その後の感染のエピセンターとなることは必然であったと言えますが、6月中旬までは高感染率の区域が殆ど拡大することはありませんでした。

ところが6月下旬になると感染範囲が微妙に拡大し、7月に入ると新宿区自体の感染率が上昇するとともに周辺の豊島区・中野区・渋谷区へ感染が拡がりました。これはこの時期に変異したとされる「新型コロナウイルス」の流行に起因する可能性があります。

この結果はまさに「目から鱗が落ちる」と言うべきものでしょう。現在までに得られた知見を組み合わせると、「第2波」はなぜ発生してどう収束するのか、実に見事に説明できる可能性があるからです。

「第2波」はなぜ発生してどう収束するのか

いままでの経緯を時系列順にまとめると、

1. 6月頃…新宿区でウイルスの変異が発生し感染力が強くなる
2. 6月〜7月…3密状態である新宿区の「夜の街」で、このタイプの感染が急増
3. 7月…新宿区から周辺へ感染が拡がる
4. 8月…新宿区が集団免疫に達したので緩やかに収束に向かう

まずは、1番目から行きます。

6月頃に、新宿区で感染力が強い新型コロナウイルスが大流行したのは、前述の藤原かずえ氏の論考を読む限り、ほぼ間違いないでしょう。ただ、この感染力が強まる変異が新宿区で発生したのか、他の場所で変異したものが持ち込まれたのかは不明です。

なお、前出の国立感染症研究所の調査によると、この変異が東京で発生したのはほぼ間違いないようです。

次に、2番目です。

では、なぜ新宿区の「夜の街」だけで感染が急増したのでしょう。

新型コロナウイルスは、飛沫感染が多いと考えられるので、夜の街のような「3密」かつ「マスクなし」のような場合には、非常に感染が起きやすくなります。これは、2009年のSARSで「カラオケ」で多くのクラスターが発生した事実からも裏付けられます。*5

もっとも、新宿区以外ならその店舗だけの単発で終わったかもしれません。しかし、「日本最大」の歓楽街なら、地区一帯をカバーするメガクラスターが発生しても不思議ではないでしょう。

続いて3番目です。

藤原かずえ氏の分析によると、ウイルスの供給源は新宿区で、これが周辺の豊島区・中野区・渋谷区へ拡散し、その後に東京以外にも拡がっていきます。この様子は、記事の動画を見れば一目瞭然です。

最後に4番目です。

では、なぜ現在は感染が収束に向かっているのでしょうか。それは、新宿区が集団免疫に達したのと強力な対策が取られたからでしょう。新宿区の夜の街以外では、再生産数Rtは辛うじて1を下回っていると思います。だから、新宿区以外では感染は増大しないことになります。

以上の私の推理は、現実のデータとぴったり一致します。

仮にこれが本当だとすると、少々面倒なことになります。「3密」の環境はどこにでもあるので、新型コロナを完全に封じ込めることは不可能でしょう。だから、ウイルスを封じ込めるのではなく、共存に方針を転換すべきです。

幸いなことに、今回の変異では、「第1波」よりウイルスが弱毒化したらしく、死者と重症者はかなり減っています。また、重症者と死者は高齢者に集中しているので、子供や現役世代にとっては決して怖い感染症ではありません。

そうだとするなら、多くの人が指摘しているとおり、新型コロナはインフルエンザと同じレベルなのですから、早急に「指定感染症」から外すべきでしょう。

今後とも、専門家による粘り強い調査が望まれます。あわせて、国民へのわかりやすい説明「リスクコミュニケーション」を強く希望したいと思います。*6

*1 ここでは、一般的に言われている5月25日の緊急事態宣言解除以後の流行のことを指します。

*2 「第1波」に比べると、検査の陽性者には院内感染や施設内感染が少ないことも特徴です。これは、後述する新宿区の若年層が感染の中心である事実と合致します。

*3 たとえば、政府の新型コロナウイルス対策分科会のメンバーである押谷仁氏は、「入国した感染者の実数は1000〜2000人くらいと推測されます」(感染症対策「森を見る」思考を 外交Vol.61 2020年)と述べています。

*4 たとえば、ウイルスの感染力と毒性は反比例する 新型肺炎で刻々と状況が変化しても冷静な対応を(ドクター備忘録 松本浩彦 2020.01.28(Tue))を参照。

*5 白木公康氏執筆の記事によると、「2009年の新型インフルエンザ流行の際に医学部生の感染機会を調べた研究によると,多くが「カラオケ」であった」とあります。

*6 専門家の努力には頭が下がります。ただ、残念なことに、情報をオープンにしたくない雰囲気も感じました。たとえば、PCR検査の「Ct値」の公開や第1波と第2波の傾向や違いについて、地方衛生研究所や保健所に取り合わせたところ、いずれも「忙しい」などの理由で断られました。