2020年8月19日に日本感染症学会の舘田一博理事長が「今、日本は第二波のまっただ中」と新型コロナウイルスの感染症について宣言しましたが[記事]、時間軸と空間軸に沿って変動する物理現象である感染の時空間変動メカニズムを把握することなしにこのような発言をするのは合理的ではなく、何の説得力もありません。
少なくとも時間軸に沿って全国および感染の中心地である東京のエピカーヴは典型的なベル型カーヴを描いてピークアウトしており、今後仮に悪化に進むことがあったとしても、それは別のメカニズムによる新たな感染現象であることは自明です。「今、日本は第二波のまっただ中」とするのは的を射た表現ではありません。
さて、新型コロナ感染の時空間変動メカニズムを科学的に議論するにあたっては、何かしらの方法でその時空間分布を再現する必要があります。このため筆者は、第一波の流行において、各時間断面で【逐次正規シミュレーション Sequential Gaussian simulation】と呼ばれる洗練された空間統計学の推定手法を用いることで、関西地方及び関東地方(東京23区含む)における感染の時空間挙動を再現しました[関西][関東]。今夏の感染についても同様の方法によって、感染の中心地となった東京23区における感染の時空間挙動をより詳しく再現してみたいと思います。
感染の時空間分布の推定方法
コロナ感染の時空間挙動を再現するにあたっては、感染率の空間分布を時間軸に沿って順次推定するというストラテジーを取ります。
感染率の空間分布の推定手法の手順は次の通りです。
(1) データの取得
東京23区および東京23区に隣接する各行政区(市)に居住する新規陽性者数の時系列データ(日間隔)を該当する各地方公共団体のwebsiteから入手する。
(2) 7日移動平均
曜日によるバイアスを除去するため、行政区ごとに入手した時系列データから中央7日移動平均(対象日とその前3日間および後3日間のデータを平均する)を算出し、これを各行政区の人口で除した値、すなわち感染率の中央7日移動平均をもって、各行政区を代表する時系列データとする。
(3) データの空間位置
各行政区の空間位置を役所(区役所/市役所)の緯度・経度で代表させる(下図参照:白地図はCraftMAPを利用)。なお、東京湾でデータが疎らになり精度が低くなることから、中央防波堤に常に感染率がゼロとなる点を設定する(居住者がゼロなのでこの仮定は合理的です)。
(4) 空間分布の推定
以上のデータから逐次正規シミュレーションによって、6月1日~8月16日の各日における感染率の空間分布を推定する。
推定方法の留意点
新型コロナウイルスの感染は、感染者の職場や訪問先といったすべての行動範囲で発生するものであり、必ずしもその居住区で発生したと決めつけることはできません。今回の推定は、あくまでも感染者の居住区における感染率がある程度感染プロセスを反映しているという仮定の下で、その傾向を分析しようとするものです。
勿論、感染者の行動範囲が居住区の位置に依存することは自明であり、感染の伝播のパスを考える上では、一つの有力な参考情報になるものと考えられます。
なお、今夏の場合、7月初旬からPCR検査が急増しており、感染率はPCR検査の数量に強い影響を受けたものと考えられます。今回の推定はこの影響を考慮していないことに留意する必要があります。例えば、7月の4連休では、PCR検査数の一時的鈍化に伴う新規陽性者数の一時的鈍化が認められます。
ただし、この分析自体がまったく意味がないということも言えません。東京都においてもエピカーヴに遅れて重症者数・死者数がやや増加していることを考えると、必ずしもPCR検査の急増には政策的意図だけでなく、医学的需要もそれなりに含まれているものと推察されます。いずれにしても個人がデータを収集できない現状において今回のような時空間統計分析には一定の限界が存在するということです。
感染の時空間挙動の考察
それでは、感染率率の時空間分布の推定結果について紹介したいと思います。
次の動画は感染率の空間分布の推定結果を時系列順に並べて示したものです。
この推定結果からまずわかることは、新宿区が明瞭なエピセンターになっているということです。第一波の感染がある程度終息しても感染率が周囲よりも高い値を示した新宿区[過去記事参照]が、その後の感染のエピセンターとなることは必然であったと言えますが、6月中旬までは高感染率の区域が殆ど拡大することはありませんでした。
ところが6月下旬になると感染範囲が微妙に拡大し、7月に入ると新宿区自体の感染率が上昇するとともに周辺の豊島区・中野区・渋谷区へ感染が拡がりました。これはこの時期に変異したとされる「新型新型コロナウイルス」の流行に起因する可能性があります。7月中旬になるとこの傾向はさらに強まり、東京23区全体に弱い感染エリアが拡がりました。感染の伝播様式は特定方向のパスを形成する【移流 advection】ではなく、周辺に等次元状かつ均質に伝播していく【拡散 diffusion】です。
7月下旬になると新宿区の感染率はやや低下しましたが、8月初旬にかけて再上昇、この間に周辺の感染率は高くなっていきました。この時をピークに、8月中旬までに新宿区の感染率が低下すると、周辺地域の外縁部から感染率が低下してきました。
この一連の挙動を概して言えば、感染はエピセンターの感染率が大きくなると周辺に進行し、エピセンターの感染率が低下すると外側への進行が抑制され、逆に外縁から収束していくということになります。これは、自然免疫が作用する感染場において、エピセンターのポテンシャルが高くなると高感染エリアが拡大し、エピエンターのポテンシャルが低くなると高感染エリアが縮小するという拡散方程式に従う挙動であると考えられます。
このことからわかることは、エピセンターにおける感染率を低下させることで周辺への感染を抑制できる可能性があるということです。
また、エピセンターとなりうる地区は、新宿区・渋谷区・港区といった特定の地域に限定され、周辺地域は明らかにその拡散の影響を受けているだけです。この場合、新宿区・渋谷区・港区において感染対策を強化することは効果的ですが、例えば周辺の世田谷区で感染対策を強化しても、立ち入り禁止措置などの厳重な封鎖でもしない限り、その効果は限定的であると考えられます。
テレビ界「バカのエピセンター」を一掃せよ
今夏の東京のコロナ流行は、感染のエピセンターになりうる一部地区の流行により単純に感染が拡散したものでした。このようなローカルな現象を増幅して「バカのエピセンター」である『羽鳥慎一モーニングショー』や『NHK web』が恐怖を煽ったあげく、多くの日本国民が緊急事態宣言を政府に求めるという「バカのパンデミック」が発生してしまいました(毎日新聞世論調査[緊急事態「再発例」支持8割])。
今夏の流行を「第二波」と呼ぶかどうかは微妙なところですが、テレビのおバカ報道は完全に「第二波」と呼べる状況にあったと言えます。事実を分析することもせずにひたすら世間を混乱に誘導する「バカのエピセンター」こそ日本国民の最大の敵です。