アメリカの事実上の対中宣戦布告

2020年09月02日 06:00

顧問・麗澤大学特別教授   古森義久

トランプ政権が中国を軍事面でも明確に敵視する政策を打ち出すようになった。同政権のマーク・エスパー国防長官は最近の一連の政策表明で中国の人民解放軍はアメリカが主唱する「自由で開かれた」国際秩序を壊す目的で機能すると明言し、アメリカとその同盟諸国はその中国軍との戦闘の準備までをする必要がある、と強調したのだ。アメリカの日本など同盟諸国への軍事面での協力への期待も強く表明された。

エスパー国防長官(Wikipedia)

エスパー長官はアメリカの中国に対する新たな軍事政策を8月下旬の論文と演説とで明示した。その新政策では中国をアメリカ側にとっての最大かつ切迫した危険な脅威と位置づけ、米軍も同盟諸国との連帯で中国側の軍事能力を抑える准有事体制の構築を目指すことを宣言した。

平時でのこれほど明確な戦時への準備の姿勢は珍しく、アメリカにとっての中国の軍事脅威がそれほど現実の危機感をもたらすのだと言えよう。

トランプ政権のこの中国敵視軍事政策の最新状況はまずエスパー国防長官が8月24日の大手紙ウォールストリート・ジャーナルに発表した論文で明らかにされた。

「ペンタゴン(米国防総省)は中国に対する準備を固めた」という見出しの同論文には副題として

「中国人民解放軍は北京政府の独裁的な目標に奉仕する。アメリカとその同盟諸国はそれに対してすべての前線を防衛する」

と記されていた。

エスパー論文はまず中国人民解放軍の特徴について以下の骨子を述べていた。

  • 人民解放軍は米軍のように国家、国民、憲法に奉仕するのではなく中国共産党にまず帰属して、その共産党の国内支配や国外での一方的な国際システムの拡大に努める。だからアメリカやその同盟諸国の「自由で開放された」秩序の保持にはきわめて有害な存在となる。
  • 人民解放軍はその政治目的の達成のため2035年までに現在の野心的な近代化を終え、2049年には世界最強の戦力を築くことを目指している。その計画では強力な通常弾頭ミサイル群を中心に高度のサイバー、宇宙、電子戦争の戦力の増強を進め、人口知能(AI)を独裁統治や特定住民の組織的な弾圧に使用する。
  • 中国共産党首脳部は人民解放軍を国内では自国民の独裁体制への絶対服従の道具に使う一方、国際的には他の諸国を中国側の独裁的統治に同意させ、その主権をも制限させるための威嚇の手段としても利用する。その国際活動は既存の「法の支配」を基礎とする秩序を否定する。

 エスパー長官は中国軍の特徴や機能を以上のように総括して、アメリカ側はその中国の軍事動向を自国の基本的な国益や価値観への重大脅威として軍事面での対抗策を取ることを宣言していた。その骨子は以下のようだった。

  • アメリカは中国との長期の競合のためには中国人民解放軍と実際に戦闘をして、勝利する軍事能力を保持しなければならない。その能力とは空、陸、海、宇宙、サイバーなどすべての戦闘の領域で中国軍と競合し、抑止し、勝利するための戦力を意味する。
  • アメリカ国防総省はこの目的のためにトランプ政権がすでに採択した国家防衛戦略に従い、中国軍を抑止することを最大の目標とする米軍の大規模な近代化、効率化、そして増強を進めている。
  • 国防総省はより具体的にはまず通常戦力の大幅な増強を中心に、超音速の新鋭兵器や5G(第5世代移動通信システム)、統合対空、対ミサイル防衛、人口知能を含む総合的な対中軍事能力の強化を推進する。
  • アメリカの中国軍抑止の努力には同盟国や友好国の協力が欠かせない。アメリカ側のこの同盟諸国との連帯は中国軍にはない利点である。中国軍はベトナムの漁船を沈め、マレーシアの石油・ガス探査船を妨害するなど近隣諸国への侵略的行動を続けている。
 エスパー長官の以上のような言明は中国軍との実際の戦闘の可能性にまで触れる険しい准臨戦態勢の宣言だとさえ言える。

なお同長官はこの論文での新戦略発表に加えて、8月27日にはハワイでの国際安全保障に関する国際会議で「中国への政策」と題して、演説をした。そのなかでもトランプ政権の軍事面での中国に対する厳しい対決姿勢を明示する以下のような発言があった。

A man stands at a lectern on a stage.

8月27日、ハワイの国際会議で演説するエスパー国防長官(国防総省サイト:編集部)

  • 中国は香港の自治の保持や南シナ海の非軍事化という国際誓約を破ったため、米軍はその中国の脅威に備えねばならない。その一環として国防総省は省内に「対中防衛政策部」や「対中戦略管理部」を新設した。
  • 国防総省はインド太平洋の同盟、友好諸国との連帯強化を最優先課題として、今、米軍全体の兵器類の調達の半分以上はインド太平洋に投入している。特に台湾とインドへの兵器輸出を増大させており、さらにはオーストラリア、シンガポール、他の東南アジア諸国への軍事支援も強化している。
  • アメリカ政府自体の国防費も依然、増加しており、アメリカはインド太平洋での自由と繁栄を将来の世代のためにも、ちょうど75年前にも実行したように、保つことに全力を挙げている。

エスパー長官の特にこの最後の「75年前にも実行したように」という発言は注視されるべきだろう。75年前のアメリカの行動といえば、言うまでもなく当時の軍事大国の日本との全面戦争だった。

アメリカの国防長官がそんな戦争の歴史の前例にまで言及して、現在の中国の軍事脅威への対決を宣言するという状況は米中対決が臨戦状態に近いところまで激化した現実を指し示すとさえ言えよう。

古森  義久(Komori  Yoshihisa)
1963年、慶應義塾大学卒業後、毎日新聞入社。1972年から南ベトナムのサイゴン特派員。1975年、サイゴン支局長。1976年、ワシントン特派員。1981年、米国カーネギー財団国際平和研究所上級研究員。1983年、毎日新聞東京本社政治編集委員。1987年、毎日新聞を退社し、産経新聞に入社。ロンドン支局長、ワシントン支局長、中国総局長、ワシントン駐在編集特別委員兼論説委員などを歴任。現在、JFSS顧問。産経新聞ワシントン駐在客員特派員。麗澤大学特別教授。著書に『新型コロナウイルスが世界を滅ぼす』『米中激突と日本の針路』ほか多数。


編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2020年8月31日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。

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