日本人はなぜ消費税をきらうのか

2020年09月12日 14:00

次期首相と目される菅官房長官の「将来は消費税は引き上げざるをえない」という発言が炎上し、あわてて「今後10年上げる必要はない」という安倍首相の発言と歩調を合わせた。これは勇み足で、次の政権では増税しないだろう。

だがこれに対するネット上の拒否反応は非常に強い。「消費税減税」で歩調を合わせた野党も、次の総選挙では「増税反対」のシングル・イシューで戦うだろう。不思議なのは、なぜ日本人はこれほど消費税をきらうのかということだ。

消費税は呪われた税である。最初は1979年に大平内閣が「一般消費税」として導入しようとしたが、自民党は総選挙で大敗して撤回。中曽根内閣の「売上税」は国会で廃案になり、竹下内閣が1989年に消費税を導入したが、総選挙で大敗して政権交代の原因になった。1997年に橋本内閣で5%に上げたが、参院選で敗北して内閣総辞職。その後17年も増税できなかった。

これは先進国には類を見ない現象である。EUのVAT(付加価値税)は20~25%だが、所得税より公平な税として支持されており、減税しろという運動は聞いたことがない。最近はコロナで一時的に減税したが、これは半年ぐらいの時限措置だ。アメリカには連邦消費税がないので、反対運動もない。

この現象の簡単な説明は、専業主婦や高齢者などの情報弱者が消費税以外の税金を知らないということだろう。公明党が軽減税率を主張したとき考えた痛税感という言葉は、彼らの集票部隊である創価学会婦人部のバイアスをうまく示している。

彼らは社会保険料は天引きの「保険料」だと思っているので負担感がないが、厚生年金保険料と健康保険料を合計すると所得の約30%。マクロ経済的にみると、図のように社会保険料の負担は消費税の3.3倍なのに、消費税だけがこれほどきらわれるのはなぜだろうか?

消費税は「ごまかしにくい税」だからきらわれる

彼らがよくあげる理由は「増税したら景気が悪くなる」という話だが、これは所得税や法人税でも同じだ。「消費税が逆進的だ」というが、これは金持ちからも貧乏人からも年金生活者からも徴収できる公平な税だということだ。

所得税・法人税は捕捉率が低く不公平な税であり、この逆進性は消費税よりはるかに大きい。最高税率は年収1億円の27.5%で、それ以上になると実効税率が下がり、100億円だと11.1%である(2013年度)。法人税の実効税率は、租税特別措置で大企業ほど低い。

これは税務申告だけで、それ以外に税務署の把握できない「クロヨン」などと呼ばれる税金逃れがある。その実態は(定義によって)不明だが、それを推測する手がかりとしては、日本の企業の約7割が赤字法人だという統計がある。

7割が赤字なのに、不思議なことに廃業しないで営業している。それは法人税が売上や経費をごまかしやすい税だからである。これが間接税が政治的に困難な最大の理由で、消費税の創設のときから焦点になっていた。

特に問題なのは、インボイス(消費税額を記載した請求書)の導入を見送ったことだ。これがあれば売上や経費が多段階でチェックできる。これが付加価値の全段階に課税するVATの最大の特長だが、大蔵省は自民党に消費税を飲ませるために、インボイスをなくした(2023年10月から実施)。

それは「中小企業の事務負担の軽減」が理由になっていたが、本当の理由は税金をごまかせなくなるからだ。つまり消費税増税を阻止してきた最大の政治勢力は、脱税している中小企業とその利益を代表する政治家なのだ。

中小企業の「税金をごまかす権利」

このように政治家が税金をごまかす権利を公然と主張する先進国は、日本とイタリアぐらいだろう。それが次の図のように、日本のキャッシュレス比率が20%と異常に低い原因である。マイナンバーなどの国民IDがきらわれる原因も同じだ。

では、この税金をごまかす権利の起源は何か。私は百姓一揆ではないかと思う。江戸時代初期には「五公五民」といわれた年貢は、1700年以降は新たな農地に課税できなくなって実効税率が下がり、幕末には「一公九民」ぐらいになったといわれる。

これを増税しようとする領主に対しては百姓一揆が起こった。戦争の続くヨーロッパの都市では、税は軍事サービスの対価だったが、平和な日本では領主と百姓一揆の交渉の結果だったので、年貢は少なければ少ないほどよく、それは百姓の政治力の証しだった。

明治以降は税は地租(固定資産税)だけだったので、税率を決めたのは税務署と地主の力関係であり、公定の税率はあったが、有名無実だった。税金をごまかす力が大地主の政治力であり、民政党の集票基盤だった。

戦後はシャウプ税制で直接税中心になったが、サラリーマンが源泉徴収で所得を100%捕捉される一方、法人税には多くの抜け穴(租税特別措置)ができた。消費税はこういう抜け穴だらけになって空洞化した直接税中心の税制を建て直すものだったが、中小企業を集票基盤とする自民党は徹底的に抵抗し、野党もこれに合流した。

今も自民党税調は財務省に対する百姓一揆のようなもので、公明党だけでなく、共産党の支持母体である民主商工会も中小企業の節税対策が最大の仕事である。もちろん彼らは「税金をごまかしにくいから消費税はいやだ」とはいわない。「逆進性」とか「痛税感」などのスローガンで、情報弱者を利用するのだ。

追記:最初の図を新しい数字に更新した。

アゴラの最新ニュース情報を、いいねしてチェックしよう!
池田 信夫
アゴラ研究所所長(学術博士)

過去の記事

ページの先頭に戻る↑