学術会議問題:迷惑な学者の「正義」の押し売り --- 衛藤 幹子

2020年10月12日 06:01

衛藤 幹子(法政大学法学部政治学科教授)

日本政治学会カーストの最下層に位置する私にとって、学術会議は雲の上の縁もゆかりもない存在だ。政治学界から当会議に誰が出ているのか知らないばかりか、関心もなかった。2014年の安保法制をめぐる同僚たちの、ときに横暴とも、また滑稽ともみえる反安保法制運動に嫌気がさして以来、学界から距離を置きたかったというのもある。

日本学術会議(Googleストリートビューより)

私の勤務先は所謂「リベラル」派の牙城、異論が許されない雰囲気だった。私は憲法改正には反対だけれども、集団的自衛権には賛成だ。集団的自衛権反対の大包囲網のなかで、意気地なしの私はただ沈黙し、署名や集会に一切参加しないという消極的抵抗をするだけであった。

2017年3月に学術会議が「軍事的安全保障研究に関する声明」を出したときも、我が大学は即座に声明を支持する立場を打ち出し、強い違和感と失望を感じた。私は戦争には断固として反対だし、私自身はそうした研究には関わりたくはない。しかし、全ての軍事的安全保障研究への非関与を誘導することには到底賛成できない。

どのような研究に従事するのか、それは研究者個人の良心や倫理観の問題であって、学術団体で一律に決める問題ではないと思う。研究者個人の倫理観に頼るのが心許ないのであれば、大学や研究機関が外部有識者を含む研究倫理委員会のような独立組織を設置して、当該研究の是非を審議すればよいのではないか。

この学術会議の声明には「学問の自由の侵害だ」という反論が寄せられているが、当然だ。政権による任命拒否が「学問の自由の侵害」なら(私自身はそうとは考えていないが)、学術会議も研究者の研究の自由や機会を奪っていると言われても仕方あるまい。余談ながら、東京大学理学部の戸谷友則教授(天文学)の『学術会議声明批判』は声明の問題点を知る上で非常に有用な論考である(閲覧リンクはこちら)。

とはいえ、私が問題にしたいのは「学問の自由の侵害」ではなく、学界が自らの「正義」を絶対的なものとして他者に押し売りする点である。

学術会議の声明は絶対平和を追求するのが「絶対的正義」であり、この声明に賛成しないのは不正義だと決めつける。安保法制反対もしかり。集団的自衛権を容認しないことこそが「絶対的正義」であり、どのような観点からであれ容認するのは許しがたい不正義だと容認派を徹底的に責めて、排斥する。その排斥の最たるものが、一国の首相を罵倒し、物騒な言葉で威嚇する行為であり、某大学の賛成派の学長の再任拒絶であったと思う。

今回の任命拒否問題でも学界に同様な空気が漂っている。6名の候補者を擁護する我が方こそが絶対的正義、菅政権は絶対的不正義という構造が見え隠れして、もうゲンナリ。この出来事自体が空疎にみえ、思考停止になってしまう。

浅学な私に高邁な正義論を論じる力はないが、このような私でも正義を振りかざすことの危険性だけは承知しているつもりだ。私は女性の政治的代表性を研究しており、この業界では政治的男女平等は大きな目標の一つである。それゆえ、国会議員の男女比が等しくなることは、不平等を強いられてきた女性の政治的正義の実現と言えるだろう。

しかしながら、男女平等の実現という女性にとっての正義は、男女という性別二元論によってその存在を否定される性的マイノリティの人びとには不正義にほかならない。この不正義を回避する一つの方法は男女ではなくジェンダーを用いれば良いのだが、日本では男女平等がまだ一般的だ。また、ジェンダーを男女と同意語的に用いるフェミニストも少なくない。

女性の権利の主張という正義は、女性を一括りにし、女性の多様性を奪い、自由を制約するという不正義を生むことにも気づくべきだ。実際、女性という枠で括られたくないという人は少なくないと思う。正義は不正義と一体、私の正義はあなたには不正義かもしれないのだ。

正義を掲げ、その追求に邁進することはおそらく良いことなのだろう。正義感の希薄な私も見習うべきのようだ。けれども、その正義は絶対的なものではなく、私の正義だという自覚を忘れず、暴走することのないよう戒めようと思う。暴走する正義ほど怖いものはないのだから。

衛藤 幹子(えとう・みきこ) 法政大学法学部政治学科教授
ストックホルム大学で博士号(政治学)を取得。専門はジェンダー政治学で、女性の政治的代表性の国際比較、市民社会と民主主義のジェンダー・アプローチ、女性運動などを研究。主著:『政治学の批判的構想―ジェンダーからの接近』(2017年、法政大学出版局)、Women and Political Inequality in Japan: Gender-Imbalanced Democracy (forthcoming December 2020, Routledge)

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