不妊治療は今① 「働きながら治療を」菅首相の故郷秋田のNPO法人の取り組み

恩田 和

菅首相が目玉政策として医療保険の適用を打ち出し、かつてない注目を集める不妊治療。日本産科婦人科学会が公表する最新のデータによると、2018年に体外受精で生まれた子どもは全国に56979人。約16人に1人が体外受精以上の高度不妊治療で生まれた計算になる。

全世代型社会保障検討会議に参加し、不妊治療への保険適用を含む少子化対策を議論した菅首相(10月15日、首相官邸ツイッターより:編集部)

6組に1組が不妊に悩むといわれる現代の日本はしかし、世界有数の医療技術を誇る一方、不妊治療の成功率は先進国最低水準とされる。何が問題なのかーー。日本の不妊治療の現状を、シリーズで考える。

菅首相の出身地秋田県に、不妊治療と仕事の両立をサポートするNPO法人を3年前に立ち上げた男性がいる。NPO法人フォレシア代表理事の佐藤高輝さん(35)。24歳の時に小学校の同級生と結婚。当たり前に授かれると考えていたがなかなか妊娠せず、20代後半から夫婦で不妊治療に取り組んだ経験を持つ。

NPO法人フォレシアの佐藤代表理事

全国で最も少子高齢化が先行している秋田県だが、不妊治療の認知度や理解が低く、職場でタブー視されていると感じた。「そもそも『不妊治療って何?』という認識の企業も多く、妻も最初は職場で不妊治療中であると言えなかった」と打ち明ける。体外受精にステップアップしたのを機に、会社に相談して、理解を得ることが出来た。2児に恵まれたが、「子どもが成人した時に、不妊治療をめぐる社会のあり方がこのままでいいのだろうかという思いから」、フォレシアを設立した。

先の見通しを立てることがしづらい不妊治療では、30代から40代の働き盛り世代のとりわけ女性が、「仕事」か「治療」かの二者択一を迫られるのが現実だ。

NPO法人フォレシア作成

フォレシアではLINEを使い、提携企業の社員から、治療と仕事との両立に関する相談を受け付ける。不妊治療経験のあるキャリアコンサルタントや不妊症看護認定看護師が、頻繁な通院と仕事を無理なく両立させるためのスケジュールの組み方や、上司に理解してもらいやすい伝え方など、実践的なアドバイスを交えて相談に乗る。

企業側の制度や風土改革のため、人事担当者向けの不妊治療セミナーを企画する他、不妊治療に理解のある企業を集めた転職・就活サイト「CHOICE POCKET」の開設準備も進めるなど、具体的な支援を続けている。自身で興した造園会社経営からの転身も、「利益追求よりも、その利益を何に活かすかという視点が自分には合っている」と充実した表情で話す。

当事者以外の認知も関心も低いと感じていた取り組みだが、菅政権発足後、にわかに脚光を浴び始めた。「不妊治療というワードが日常的に社会に出てくるようになったのは喜ばしい」としつつ、保険適用の賛否ばかりが先行する現状には不安も覚える。

不妊治療の大きな課題の一つである経済的負担は、保険適用や助成拡充によって軽減されるだろう。けれど、仕事か治療かの選択を迫られる社会がすぐに変わるわけではない。「働きながら治療したい」という当たり前の願いを叶えるためには、不妊治療に対する理解を企業や社会に広げるとともに、キャリア教育と一体で、不妊に関する教育を若年層から始めることが大切だと訴える。世界トップクラスの技術、医療を持ちながら不妊治療の成功率が低いのは、不妊治療を始める年齢が高いのが一番の原因だと考えているからだ。

「不妊治療の領域は、まだ改善できるところが多い。既成概念にとらわれず、前例打破できるのが菅首相の魅力。日本の不妊治療の現状を変えていけるよう、官民の垣根を超えて活動していきたい。菅首相にも期待しています」と力を込めた。