ボクサーはリングで、サッカーはピッチで、野球は球場で戦う。一方、海外に派遣された外交官はホスト国で自国の国益を守るために丁々発止のやりとりをしながら奮闘するが、その外交官が拳を振り回して相手を攻撃したり、威嚇すればどうなるだろうか。れっきとした犯罪行為となり、最悪の場合、国外追放される。そんな外交官は稀だろうが、北京から派遣された外交官は相手が中国側の要求を受け入れないとリングに上がったボクサーのように拳を直ぐに振るい始めるのだ。
中国共産党政権から海外に派遣された外交官は習近平国家主席の下では「戦狼」(戦う狼、ウルフ・オブ・ウォー)であることを求められるから、外交官試験を通過したエリート集団の日本外交官とは出発から違う。すなわち、北京の外交官は派遣先で戦う狼のように暴れることが期待されているから、頭脳と共に強靭な体力、腕力が求められるのだ。
卑近な例を挙げる。台湾の駐フィジー出先機関は今月8日、首都スバで双十節(建国記念日)の祝賀パーティーを開催したが、そこに招いてもいない2人の中国大使館の職員が闖入、止めようとした台湾側の関係者ともみ合いになる騒ぎとなった。台湾外交部(外務省)によると、制止しようとした台湾職員が軽い脳震盪を起こして病院に運ばれたという。
拳を振り上げなくても、脅迫や威嚇は日常茶飯事だ。特に、相手国が開発途上国である場合、最初から力の外交を展開させる。拳を振り上げなくても相手を中国の言いなりにすることが簡単だからだ。
習近平主席が提唱した「一帯一路」構想に参加させるために、最初は甘い言葉をかけ、参加後は相手国を債務支払い不能国として、中国のいいなりにする。どこかのマフィア、ヤクザのようなやり方ではないか。
フランス西部ナントにある歴史博物館は今月、モンゴル帝国の創設者チンギスハーンに関する展示会の開催を予定していたが、中国から「チンギスハーン、帝国、モンゴルといった言葉を展示会では削除するように」と“要請”を受けたことから、中国の検閲に強く反発し、開催の延期を決定している。中国共産党政権は自国の歴史観と一致しない場合、絶対に受け入れない。「わが国の要求を受け入れるか、さもなければ開催するな」といった構図で、妥協の余地がないのだ。
中国で今年に入り、内モンゴル自治区で教育の華語(中国語)化(実質的なモンゴル語の廃止)など同化政策を強要、民族純化政策を強行している。だから、モンゴル民族のチンギスハーンを称賛するような展示会は絶対に許さないわけだ。
このコラム欄でも紹介したが、中欧のチェコのナンバー2、クベラ上院議長(当時)が台湾から招待されたが、北京側は必死に威嚇外交を展開し、チェコ上院議長の訪台を阻止するために奮闘した。そのクベラ上院議長は今年1月、中国からの圧力、脅迫が原因と思われる心臓発作で急死してしまった。
同議長の夫人の証言によると、クベラ前議長は駐チェコ中国大使館で張建敏中国大使と会談した3日後、心臓発作で亡くなったが、中国側は「訪台すれば、チェコの対中貿易関係に大きな支障が生じるだろう」とあからさまに脅迫していたという。
クベラ氏の夫人がチェコのTV局番組などで中国大使館主催の夕食会の様子を明らかにし、「夕食会当日、中国大使館職員から、夫と離れるよう要求された。張建敏・駐チェコ中国大使と1人の中国人通訳が夫を別室に連れて行き、3人で20~30分話した。夫は出てきた後、かなりストレスを感じている様子で、酷く怒っていた。そして、私に『中国大使館が用意した食事や飲み物を絶対に食べないように』と言った」と語ったという(「中欧チェコの毅然とした対中政策」2020年8月10日)。
上記の中国大使の言動は、もはや外交官というより、マフィアのやり方だ。相手次第では最後の手段(殺人)をも辞さない。多くの西側外交官も驚くというより、怖くなる。文字通り、狼に襲われたような怖さだ。
ちなみに、国連総会は今月13日、人権理事会の理事国選挙を実施したが、中国はロシアと共に理事国に選出されているから、国連外交が如何にいい加減か想像できるだろう。
中国外交官は単に拳だけではない。ハッカー攻撃からフェイク情報工作までIT技術を駆使して相手側に攻撃を仕掛ける。欧米の最先端の知識人、科学者など海外ハイレベル人材招致プログラム「千人計画」では、賄賂からハニートラップなどを駆使して相手を引き込み、絡めとる。
大学教授や研究者の場合、中国共産党が提供する研究費支援、贅沢三昧の中国への旅、ハニートラップなどが「甘い汁」だ。その禁断の実を味わうと、もはやそれを忘れることができなくなるから、最終的には中国共産党の言いなりになってしまう。そして立派なパンダハガーとなっていくわけだ(「トランプ政権の『パンダハガー対策』」2020年8月1日参考)。
中国共産党政権から欧州に派遣された外交官の場合、新型コロナ問題に始まり、香港国家安全維持法の施行、新疆ウイグル自治区の人権問題、法輪功メンバーへの臓器強制移植問題などを抱え、駐在先の国から厳しく追及されるケースが増えてきた。北京からは成果を追及される。戦狼とはいえ、ストレスも溜まるわけだ。
だから、普段は冷静な中国外交官もついつい拳を挙げてしまう。一種の悪循環だ。北京の「戦狼外交官」は、その内情を知ってみれば、辛い立場だということが分かる。中国でヒットしたアクション映画「ウルフ・オブ・ウォー」のようにはいかないのだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年10月22日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。