疫病退散の神事「祇園祭」を3密で1000年以上続けてきたのはなぜか? --- 室賀 栄助

2020年12月05日 06:00

京都で千年以上前から続く祇園祭は、今も全国各地で夏祭りとして行われている。私の地元、長野市でも、御祭礼とも呼ばれる善光寺祇園祭が古くから続いている。

今年は、祭りはもちろん、スポーツやエンターテインメントをはじめとして人が集まるイベントがことごとく中止や縮小になり、各地の祇園祭も当然のように、従来のように見物客を大勢入れての開催はされなかった。

京都観光オフィシャルサイトには、祇園祭の起源を、このように書いている。

「今からおよそ1100年前の清和天皇の貞観11(869)年に、京洛に疫病が流行し、庶民の間に病人、死人が多数出ました。 そこで66本の矛を立て、洛中の男児が祇園社の神輿を神泉苑(中京区御池通大宮)におくり、悪疫を封じ込む御霊会をおこなったのがはじまりであると伝えられています。」

要するに天然痘、インフルエンザ、赤痢、麻疹などの感染症の原因は怨霊で、それを鎮めれば病気が収束する信じられていたということだろう。

しかし私は、感染症を鎮めるためになぜ祭りで密集するのかということを、かねてより疑問に思っていた。昔の人は密集することで反って感染症が広がることを知らずに、神力と信仰で病気を抑えられると勘違いしていたのだろうか。信仰心が強ければ、例年通りコロナウイルスなど気にしないで祇園祭を開催してもよさそうなものだが、現代人はそこまで信心深くないということかーー。そんな風にシニカルに今年の状況を眺めていたが、ふと気がついた。

gyro/iStock

先人はウイルスや細菌の感染が広がり死屍累々になるにも関わらず、毎年祭りを繰り返したのだろうか。いくら何でも祭りの後にバタバタと人が倒れれば密集が良くないことに気づくだろう。実はそうではないのではないか。

ひとつの仮説だが、祭りを行い近郷近在からの人々が密集することでウイルスや細菌の交換が起こり、免疫が訓練される。中にはそこで運悪く重症になり命を落とすケースもあるが、総体的には変異したウイルスにも対応できるように免疫が更新され、トータルとしてその年の死者を少なくすることが出来たのではないか。社会的損失が抑えられることを体験的に知っていたから、祭りを毎年開催したと考えられないか。

現代では免疫訓練の機会は祭りだけでない。観光、スポーツ観戦やエンタメ、満員電車といった密集は日常となっている。新型コロナにより、こうした「三密」を一斉に突然止めることは、かくて経験したことのない社会実験である。恐ろしい副作用をもたらすのではないか。非常に心配である。

先人の知恵を生かし、軽症者を許容し重症者の治療に特化できるように感染症法の指定を見直すことで、無用な感染者差別を無くすことが出来るのではないか。そうすれば来年は各地で盛大に祇園祭が開催されるであろう。


室賀 栄助(むろが えいすけ)長野・善光寺門前に店舗を構える創業元文元年(1736年)の七味唐辛子メーカー八幡屋礒五郎九代目

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