ソフトバンク問題の「総括」(2) - 米重克洋

2009年03月26日 06:12

同じ問題で埋め尽くされてしまうのも「言論プラットフォーム」としてどうかと思いましたので、このテーマでの投稿は前回で締めるつもりでおりました。が、どうも舌足らず、言葉足らずな部分があったようですので補足させていただきます。

今回は安冨さんの1本目の投稿について丁寧にレスポンスさせていただくことを中心にしたいと思います。長文であり、且つ若干読みづらい点はお許し下さい。


まず、安冨さんの以下の記述について申し上げます。

これは「販売合戦」というゲームと「就職活動」というゲームとを混同するものであり、論理階梯を乱す行為である。法に触れるかどうかを別にして、これは「恋愛」というゲームと「組織運営」というゲームとを混同するセクシャル・ハラスメントと同等の卑怯なやり方である。

「販売合戦」と「就職活動」が全く別のルールを持ったゲームと言えるかどうか、そして「恋愛」と「組織運営」というゲームを混同するセクハラと今回の問題が同列に扱えるかどうか、私には疑問です。例えば、「恋愛」と「組織運営」はそれぞれ前者が私的、後者が公的な側面を持つ全く別の「ゲーム」であり、それが混同されるとおかしなことになる ― 私の理解ではそういったことになりますが、それが正しい捉え方であれば確かにその通りです。この点は完全に同意します。

しかし、「販売合戦」と「就職活動」は、果たしてそこまで明確に切り分けられる「ゲーム」なのでしょうか。まず先の例で示した公/私という基準に照らして言えば、販売合戦と就職活動はいずれも「公」に分類されるものです。違いはそれに取り組む主体であり、つまりは販売合戦に取り組むのは企業(ソフトバンク)、就職活動に取り組むのは学生ということになります。が、ソフトバンクに対して「就職活動」を行い、結果就職した人間は否が応でも「販売合戦」に参加することになります。時系列的にはそれらは完全につながっており、連なった事柄として捉えるべきことでしょう。加えて「就職活動」は個人(学生)の利益と企業(ソフトバンク)の利益をマッチングさせるもの、一方「販売合戦」は企業(ソフトバンク)の利益と結果生まれる社員の利益を同時に実現させるものとすれば、両者にはそれなりの相似・連関があるとも言えます。

実際、インターン(就業体験)の趣旨も、現実に企業で行う業務を学生が体験してみるというのが本来のありようです(つまりバイトではない)。(ソフトバンクは今回の制度をインターンとは説明していませんが)それと同様の趣旨で実践力を問うものとすれば、現実に企業で行う業務である「販売合戦」と、「就職活動」の一環として業務(販売合戦)を体験するインターン的制度を切り離すことには無理があると感じます。ましてや、組織の運営と上司の性強要という本来全く結びつかないものと同列になど出来ません(加えて代替制度があり、本制度にも同意・不同意の自由がある ― つまり「強要」すらされていないのですから)。

よって、ソフトバンクの採用活動をセクハラと同様に扱う論理には同意はできません。それは私が拠って立つ上記のような考えの結果ですから、上記に何か間違いなり別の視座があるとすればご教示願えれば幸いです。

次に、この記述についてです。

「私はアジアのある国に滞在していたが、そこは植民地時代に人々が greedy で lasy になってしまったらしく、誰も彼もが私たちからお金を騙し取ろうとして、本当に嫌だった。中国人は確かに高く売りつけようとするけれど、それは一種のゲームなのであって、そのルールの中で働いて、できるだけ利益を挙げようとしている。彼らは私たちをからお金を騙しとうろとはしない。だから私は中国人が好きなんだ。」

これは安冨さんが紹介されている逸話のなかでキーとなるアメリカ人の話ですが、このなかのlasyが正しくはlazyではないかという私の推測が当たっていれば、このお話に反駁すべきことは何一つありません。その下で導き出される「ゲームの中の行為が、ゲームのルールに言及してはならない」という教訓にも全面的に同意するものです。

ただし、それ以降最後まで展開されるソフトバンク批判は、前述した「ゲームの混同」の主張が前提となっています。よって、そもそも「ゲームの混同」という指摘が当たらないのではないかと考える私としては「ソフトバンクが2つのゲームを混同している」という点と両ゲームの関係性(なぜそれが明快に切り離されて組織運営と上司のセクハラの関係性と同列に扱えるのか)についてより明快な説明がなければ納得できません。

整理整頓のために私見を申し上げると、この議論には2つの立場があると思います。

ひとつは私や松本さんのように、学生側の意識の持ちようを問う立場です。
この立場に拠って立つ人(私も含めて)は、学生側が与えられたチャンスを活かすことを求めています。と同時に、現在の就職活動のあり方に問題意識を持ち、ソフトバンクの新採用制度を「実践力」を見るに相応しいある種新しい制度の形として捉えています。

そしてもうひとつは、安冨さんのように企業側のルール違反を問う立場です。
この立場に拠って立つのは、法やルール、マナーに照らして企業側に問題が無いか問う方々です。今の就職活動のあり方に問題意識を持たれているかどうかは・・・わかりません。この視座からの意見はなかなか得られず、残念です。

今回のソフトバンクの問題についてはアゴラだけでなく各所で盛んに議論が交わされていますが、私が見る限りにおいてこの両者の議論は噛み合っていません。上記のように、議論の根拠もベクトルも異なっているからです。私は一貫して学生側の意識のあり方を問うていますが、安冨さんもまた一貫して企業側のルール違反を問うています。が、一方で私は学生側の意識に問題があるから企業のルール違反も許容される、などとは一言も述べていないし、安冨さんも企業がルール違反をしているから学生も好き放題ルールを侵せばよいとは仰っていません(と私は捉えていますが、安冨さんも同じ考えでいらっしゃると思います)。

しかし、この点に誤解が多い(安冨さんではなく)のは残念なことです。私はインターンは「就業体験」という意味だと理解していたので、賃金の支払いがなければならないものと定義付けられているとは思いませんでした(実際そういう定義は探した範囲ではありませんでした)。本来、賃金とは労働の対価であり、プロの働き手として幾ばくか営利に貢献した者に対し企業がその対価として支払う尊いものです。それはアマチュアが見習い程度の”仕事の練習”をして受け取れるものではありませんから、多くの企業が「手当て」なり「交通費」として対価やコストを補填しているのではないでしょうか(この点も違えばご指摘いただきたいと思います)。ソフトバンクの場合はそれがないから問題だ、という感覚も分からないでもありませんが、新規加入者の紹介に際してどうしても対価がほしいというのであれば通常の紹介者プランを利用すれば可能ですし、営業実績が云々されない通常の採用コースを受ければよいのではないか、とも思います。こうした考えから「『タダ働き』を『強要』している」という話にも違和感を感じるのです。

結局は、ソフトバンクへの学生の反発はその大なる部分が甘えや横着のような感情から来ているのではないか、と感じています。安冨さんの主張はセクハラや枕営業の例えのまずさを除けば傾聴すべきもので教訓もありますが、大多数の反発はそこまで高尚なものではない、極めて感情的なものです(私や松本さんの指摘はその点に向けられています ― よりわかりやすいものとしては、こちらが言い得て妙だと思います)。そんな状況、そして学生の意識について安冨さんがどうお考えか、この点もご説明いただければ幸いです。

以上をもって、ひとまず求められた反論に代えさせていただきたいと思います。不足があれば、随時追記なり投稿を行います。

米重 克洋(株式会社JX通信社CEO/学習院大学経済学部経営学科2年)

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