私のブログの「希望を捨てる勇気」という記事に多くの反響があって驚きました。これは特に若い世代に、経済の先行きについての不安が高まっていることを反映しているのでしょう。では人々が会社を見捨てて転職したり起業したりするかというと、現実は逆です。生産性本部の調査によれば、今年の新入社員のうち「今の会社に一生勤めようと思っている」社員の比率は55.2%と、過去最高になりました。
転職について「しないにこしたことはない」とする回答も34.6%と最高を記録し、「社内で出世するより、自分で起業して独立したい」とする回答は14.1%と、史上最低になりました。これは当然です。不況になると外部労働市場が収縮して転職が困難になるので、会社にしがみつこうとする。こうした保守的な傾向が強まると企業は求人を減らし、労働市場がさらに収縮する・・・という負のループが発生するのです。
これはDiamondの有名な論文で示された現象で、みんなが求職・求人をする均衡と、だれも求職・求人をしない均衡の複数均衡が存在するわけです。前者が明らかにパレート効率的ですが、他の労働者や企業の行動が保守的であるかぎり、自分だけが職探しを行なうことは合理的ではないので、不況のときには全員が「悪い均衡」にロックインされてしまう。
だから世の中でよくいわれる「労働者は流動化を望んでいない」とか「不況のときは起業が減る」というのは事実認識としては正しいのですが、それは現状が望ましいということを意味しません。特に今のように大きな需要ショックによって要素価格が変化しているときは、悪い均衡に固執すると労働需給のゆがみが大きくなって、失業率が高まるリスクが大きい。非正規労働者は「格差社会」に怨嗟の声を上げ、他方で正社員は自分の会社がいつまでもつのかという不安を抱えるため終身雇用にすがりつき、イノベーションが低下して経済がさらに収縮するでしょう。
このように部分最適の集計が全体最適にならないコーディネーションの失敗を補正する均衡選択が、政府の本質的な役割です。アメリカでは金融システムで大規模なコーディネーションの失敗が起きていますが、日本の問題は労働市場で慢性的なコーディネーションの失敗が続いていることでしょう。 このインセンティブ構造を変えないで「起業を増やそう」などとかけ声だけかけても、何も変わらない。
政府は規制改革を行ない、人々が安心して転職できる厚みのある労働市場と、起業しやすい資本市場を整備する必要があります。予算を使うなら、そうした改革に使うべきで、企業が労働者をロックインすることを奨励する「雇用調整助成金」などは反生産的です。まして場当たり的なバラマキをやっても、悪い均衡をかきまぜるだけで何も変わらないでしょう。
コメント
全くその通り。
おっしゃるとおりだと思います。
今までの日本のモデルでは今後日本が浮揚するのは
無理ではないでしょうか。
日本がまずやらなければならないことは、内需拡大と
デフレからの脱却。経済成長率と物価がプラスに転じる
までお金の供給量を増やすことが大切なのでは(政府紙幣など)。
そして、年金を筆頭に社会保障制度の見直し、産業構造の
見直しと予算の見直し。エネルギーや食糧・福祉などこれから育ててゆく産業にお金を使わないと需要が生まれないのではないでしょうか。