日本人のリスク態度 - 池田信夫

2009年05月08日 15:24
池尾さんもおっしゃるように、20年近くにわたる長期不況が一時的な需要不足によるものとは考えられません。こういう場合、労働市場あるいは金融・資本市場に欠陥があるのが普通です。90年代には金融システムがボトルネックでしたが、今回の不況では非正社員の問題が騒がれているように、労働市場がボトルネックになっています。私の印象では、この二つの問題には共通点があるようにみえます。それは日本人のリスク態度です。


日本人の金融ポートフォリオの半分以上を現預金が占めているのが先進国では突出した現象だということはよく知られていますが、前にも書いたように雇用のポートフォリオもローリスクの極に片寄っています。後者には規制という要因があるので、同列には比較できませんが、おそらく解雇規制を完全に撤廃しても、正社員がどんどん解雇されることはないでしょう。それは日本人にリスクをヘッジするという感覚がなく、リスクをできるかぎり回避する習慣がついているからです。

この理由ははっきりしませんが、私の仮説は17世紀以降の株式会社のような有限責任の制度が日本になかったことが一つの原因ではないか、というものです。近代資本主義の成功をもたらした最大の要因が株式会社制度だったのではないか、という説は最近、経済学や社会学で有力ですが、これは純粋に西欧圏の発明です。

西欧圏でも株式は投機の手段として批判され、また現実にバブルや恐慌の原因となってきました。しかし資本主義を批判したマルクスは、株式会社制度を「生産の社会化」を進める制度として高く評価しました。これによってリスクが社会全体に分散されたことが、西欧圏の比類ない成長をもたらしたのです。

ところが日本では、株式を「銘柄」と呼ぶことでもわかるように、商品相場のような投機の対象として扱われ、戦前にはその9割が先物で、リスクは非常に高かった。株式が企業のリスクを分散する有限責任制度として活用されず、経営者は会社に無限責任を負い、会社がつぶれたらしばしば自殺します。他方、家計にとっては超ハイリスクの株式とリスクゼロの預金しかないため、ほとんどの人は危ない株には手を出さず、リスクを分散するという考え方も知らない。

同じことが雇用にもいえます。リスクゼロの公務員やローリスクの大企業の正社員というポートフォリオのリターンが高いため、偏差値の高い学生はそういう職種をめざし、会社に人生をささげる。そこから落ちこぼれた人が起業する、というのが戦後のパターンでした。40年近く雇用を保障できる人数は限られているので、いわば雇用割当が起きているわけです。

これは信用割当と同じく、モラルハザードを防ぐ手段としては有効ですが、割当から除外された非正社員は労働市場から排除されてしまいます。財界のいう「雇用のポートフォリオ化」も、こうした状況では実現は困難でしょう。ローリスク・ハイリターンの正社員が残っているかぎり、ハイリスクの有期契約に応じるのは、雇用割当にもれた人材だけです。

しかし今のような状況では、組織に囲い込まれることは転職のオプションをふさぎ、リスクが大きい。それに気づいた優秀な人材は、公務員や大企業よりも、つぶしのきく外資系投資銀行などをめざしています。昨今の経済危機でも、この状況はあまり変わっていない。次の世代が人生のリスクをヘッジする技術を身につけたとき、日本の労働市場も変わるでしょう。それには10年以上かかるかもしれませんが・・・

アゴラの最新ニュース情報を、いいねしてチェックしよう!
池田 信夫
アゴラ研究所所長 SBI大学院大学客員教授 学術博士(慶應義塾大学)

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑