通信の地方格差の問題-松本徹三

2009年05月10日 17:47

ケータイやブロードバンドサービスの全国カバーに関連した私のブログ記事に対してこれまで頂いたコメントの多くは、問題の本質を突いたものであると私は思っています。基本的には「何故通信だけを特別扱いにして、国費まで投入しようとするのか?」ということだと思いますが、その点については私もある程度同意見です。成程、「通信」は「ライフライン」ではありますが、そんな事を言ったら、食料や燃料の供給、医療サービスも「ライフライン」であり、どんな場所でも同じレベルのサービスを同じコストで受けられるようにしろという要求は、もともと無理な要求だと言えます。

しかし、ケータイやブロードバンドのサービスには、他の商品やサービスとは少し異なった側面、むしろ道路や電気、水道に近い側面がある事も忘れてはならないと思います。


道路、電気、水道のサービスは、基本的に「場所」をつなぐ「路線」の建設が先ず必要となるものであり、それを使って、車が人や物資を運送し、電気や水が供給されるものです。「路線」の建設には金がかかりますが、これが建設されない限りは、全くサービスが提供され得ないのですから、サービスの質や値段の問題ではなく、オール・オア・ナシングの問題なのです。また、こういう「路線」は、一旦建設されれば、何十年間という長い期間にわたって利用できますから、毎月の償却費用は比較的軽微であり、これも食料や燃料、医療サービスと異なるところです。

「通信は、電気や水道と異なり、技術革新が激しい分野だから、何十年にもわたって償却する事を前提に建設する訳にはいかない」と言う人がおられるかもしれませんが、それはシステムを動かす機器類のことを言っておられるわけであり、銅線や光ケーブル、それを設置する管路や、無線通信のためのアンテナを設置する鉄塔については、そんなに技術革新があるわけではありません。実際には、不動産の取得や工事を含めた、こういったものに要するコストの方が、ハイテク機器よりはるかに多くの資金を要している事を考えると、この反論にはあまり意味があるようには思えません。

また、これらの建設にあたっては、別に事業者同士が智恵を競い合って競争する必要はなく、資材や工事を公正な入札にかければよいだけのことですから、自由競争がユーザーに多くのメリットを与える「ハイテクを駆使した多様なサービス」の分野などとは、切り離して考えるべきです。

「成程、分かった。それなら、管路や鉄塔の建設は、事業者同士が話し合って相乗りで作ればよいではないか。短期的には無理でも、長期的には元が取れるという確信があるのなら、何も国に面倒を見てもらう必要はなく、各事業者が資本主義の原則に従ってそれぞれに決断してやっていけばよい」と言われる人もいるでしょう。しかし、そうもいかない事情があります。

まず、長期的には採算が取れるはずと言っても、その確信が持てるわけでもなく、また、「何とか採算が取れるというだけで、儲かるというところまでは行かないだろう」という事なら、敢えてこのリスクをとる事業者はないでしょう。特に「規模の利益」と「資金力」「リスク負担能力」を併せ持ったドミナント事業者の場合は、放っておいても競合他社に先を越される恐れのない分野に、敢えて経営資源をつぎ込む必要は全く感じないでしょう。

つまり、この分野は、「社会手主義的な事業としてはフィージブルであっても、資本主義的な事業としてはフィージブルとはいえない」という事業の範疇に入るものだと思います。そして、「社会主義的な方法でやるべき事業」とは、何も「税金をつぎ込んでやるべき事業」である事を意味しません。国が「レセ・フェール政策」を取るのではなく、或る程度の補助(あめ)と監督・規制(むち)を行って、あるべき方向へと事業者を導くことが、「必要、且つ十分」であると思うのです。

私はもはや社会主義に対する幻想はひとかけらも持ち合わせる事のない「悩める資本主義者」(「楽観的市場原理主義者」とは一線を画し、「代替案がないので仕方ないが、何とかもう少しマシなシステムを作る方法はないのかといつも悩んでいる資本主義者」という意味)ですが、勿論、無政府主義者ではなく、「国家として社会主義的な思想に基づいて行うべき事業はたくさんある」と信じているものの一人です。そして、「有線・無線の通信サービスを支える線路とアンテナ施設の建設と運用(所謂0種通信分野)」は、このような事業であると確信しています。

通信サービスの世界は、奇しくも、徹底的に資本主義的な世界、即ち、「技術革新と市場競争原理が急速に市場の変貌と拡大をもたらす」世界と、電気や水道のような「国家の基本インフラ」としての性格を持つ世界とが、隣り合わせになっている分野といえます。先進地域や都市部は前者を代表し、後進地域や過疎地帯が後者を代表します。

しかし、この問題は理解されにくく、その為に、発展途上国の農村地帯では、通信の普及がもう少しで大きく遅れをとるところでした。何故なら、およそ二十年以上も前に、「通信サービスは十分利益を上げうる分野であるから、国際資本主義の手に委ねておけばよい」という判断がなされ、ODA のような発展途上国援助の対象から外されからです。しかし、利益を追求せねばならない事業会社は、当面は都市部でのサービスの拡充に集中し、コストが高く収入の低い農村地域でのサービスの提供は、大幅に後回しにされるところでした。

ところが、これに一大転機をもたらせたのが、携帯電話サービスにおける技術革新と市場の爆発でした。要所々々に携帯電話の基地局を施設してこれを中央の施設と結ぶコストは、これまでの電話網の建設よりもずっと安く、また、携帯電話機のコストも飛躍的に安くなりました。この為、現在発展途上国の多くの人達が、日本円にして平均4000円程度の新品または中古の携帯電話機を買い、月1000円程度のプリペッド(通話料先払い)カードを買って、電話をし、また大量のショートメール(SMS)を交換しています。

5000円以上もする新品の携帯電話機を現金で買える人はそんなに多くはありませんが、日常の通信は誰にとっても生命線である為、収入の不安定な低所得層でも月賦代金を踏み倒す人は少ないので、インドなどでは銀行が携帯電話機の月賦販売を手掛けています。「通信は生命線」というのはまさに言葉通りで、毎年各地域で猛威を振るうモンスーンの季節が近づくと、携帯電話機をまだ持っていない人達は販売店に殺到し、品切れにでもなりそうな気配があると、店のシャッターを壊して商品の奪い合いになる事さえあるようです。

さて、極めて重要なことは、今や、電話やショートメールだけが出来る第二世代といわれるシステムも、多くのインターネットサービスに自由にアクセスできる第三世代のシステムも、その運用コストにはたいした差はなくなり、端末のコストもあまり変わらなくなってきたということです。

そもそもハイテク機器のコストというものは、その殆どが開発費の償却コストですから、世界的に利用者が多くなれば、安くなるのは当たり前です。日本ではよく、公共団体などが主として防災用などに特殊な無線機器を作りますが、皮肉にも、発展途上国の農村の人達は、それよりもはるかに高度なサービスを、恐らく数分の一のコストで享受しているのが現実でしょう。

現実に多くの発展途上国では、村の学校などに何台かのパソコンを設置して、これに第三世代の携帯通信用のモデムカードを差し込んでインターネット教育をしたり、簡単な医療機器を備えて、同じ方法で遠隔医療を行ったりする事が計画されています。日本でも、過疎地域については、高度な携帯通信システムを公共的に(社会主義的に)使う方策を考えていかないと、一部では発展途上国に抜かれるような状況さえ招きかねないと思います。

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