NTT持株会社は本当に必要だったのか?(続き) - 松本徹三

2009年06月08日 01:01

先回のブログでも書きましたように、第2臨調の提言に始まった「電電公社の民営化」と「競争の導入」の議論は、巨大なNTTによる独占の弊害を認めた上で、「独占分野である市内通信部門と競争的サービスを提供する部門を構造的に分離し、後者については新事業者と同様の位置づけをする措置を講じざるを得ない」と明記した「1990年3月の電気通信審議会による最終答申」を生み出し、これによって、この議論には一応の進展が見られたかのように思われました。


ところが、NTTは、「分割すると、世界に誇れる現在の研究開発部門(1996年の時点で、研究開発者数約8500名、研究開発費約3000億円)を維持できなくなる」という議論を中心に、多くの理由を挙げて巻き返しを図り、NTT株の低迷(暴落?)を懸念した大蔵省を始めとして、通産省、経済企画庁、公正取引委員会などの同調も取り付け、最終的には、当時郵政族のドンとして君臨していた野中広務自民党幹事長代理の取り持ちによって、郵政省を屈服させ、「持株会社による『分割』の実質的な骨抜き」を勝ち取ったのでした。

(通産省は、当時VANの所轄問題について郵政省と軋轢があり、とにかく郵政省のやることには反対。公正取引委員会にも、郵政省が自分達の所轄事項である「独占防止」の問題に口出ししてくることを警戒していたという事情があったようです。政治家は、勿論、当時20万人超を擁していた「全国最大の労組」の組織票を無視できなかったでしょう。)

実質的に敗北したといってもよい郵政省側も、内部的には「電話時代の独占は放置してもよい。これからはインターネット時代の競争政策が大切。長年の戦いに終止符を打ち、新しい時代への対応を後進に託したことにすればよい」と説明することで、この最終決着を正当化していたようです。

そして、それから十数年の歳月を経て、長年凍結されてきた「NTTの現行体制の見直し」が、いよいよ来年2010年から始まろうとしているのです。

この十数年で、日本と世界の通信事業を取り巻く環境は大きく変わりましたから、「十数年前に議論された事などをあらためて検証してみても、最早何の意味もない」という考えもあるかもしれません。しかし、私は、「どんな時でも歴史に学ぶことは多い」と考えており、とりあえず先回のブログで、当時の「株主保護」の議論の多くが、如何に見当外れものであったかを示しました。そして、今回は、当時の議論のもう一つの核心であった「国際競争力」の問題について、あらためて検証を試みたいと思います。

私自身は、NTT分割の議論が最終段階に入りつつあった1996年の3月末に、自由を求めて34年間勤めた伊藤忠商事を辞め、生活の不安に怯えながらも、小さなコンサルタント会社を始めました。その時の顧客の一つが、後に自ら日本法人を設立することになる米国の無線通信技術開発会社のクアルコムだったわけですが、当時の私がそれ以上に期待していた顧客は、米国の独立系通信事業者スプリントと、ドイツテレコム、フランステレコムの3社が合弁で創った「グローバル・ワン」という会社でした。

というのも、当時の世界の通信業界では、「各国における通信事業の民営化と独占体制の解体」と「国境を越えての提携による、国際通信サービスのワンストップ・ショッピング体制構築」という二つの事が、並行的に進められており、後者については、AT&T中心の「ワールドパートナーズ」、英国のBTと米国の独立系事業者MCIが中心の「コンサート」(その後BTとMCIの両社は合併)、そして前述の独・仏・米合弁の「グローバルワン」が競争する状態だったのです。これに対し、日本では、国際通信はKDDI と新興二社の競合で、巨人NTTは関与できなかった為、「このままでは、世界の通信事業者間の国際競争において、日本が立ち遅れてしまうのではないか」という危機意識が掻き立てられつつあったわけです。

そして、まさにこのような状況が、「独占禁止法第9条を改正し、持株会社制度に道を開き、これによってNTTの分割も事実上骨抜きにする」という歴史的な出来事に、大きな役割を果たしたのでした。

しかし、その後、遂に解禁され、これによって巨大な可能性が得られた筈だった「NTTの国際通信ビジネス」は、NTTグループの最近の決算資料のどこを見ても目立った形では数字が出されていない「マイナーな存在」になってしまったかのようです。そして、世界中で喧伝された上記の「ワールドパートナーズ」も「コンサート」も「グローバルワン」も、今は跡形もありません。(BT との合併報道で日本の関係者達に恐怖感を抱かせたMCIは、その後倒産への道を辿りました。)「国際的に連携した巨大通信会社の脅威」なるものは、結局は幻影でしかなかったことが、今となっては広く知られています。

にもかかわらず、皮肉なことに、これに対する危機感が生み出したといってもよい「NTT持株会社」自体は、今なお牢固として存在し、日本の通信サービスの根幹を支配し続けているのです。

もう一度当時の事を生々しく思い出す為に、1997年5月の第140回国会の参議院逓信委員会での、日本共産党の上田耕一郎委員の質疑に対する堀之内久男郵政大臣(当時)の答弁を、少し長くなりますが、以下に引用してみたいと思います。

「今回NTTを持株会社の方式に再編成するという案が出てきましたのは、これを完全に3分割するということになりますと資本的には非常に弱くしていく、これが一番NTTとしても今後の国際競争力の中において大きな問題があるということが一つであります。・・・ そして、最近この情報通信がグローバル化あるいはまた国際化していく段階で、場所によっては、BT とアメリカのMCIが合併するという問題が出てくる。そうなりますと、ある程度の資本力は維持していくことが極めて大事だということで、まず持株会社によって一つの事業体としての資本を確保する。・・・ 地域会社はこれまでと同じユニバーサルサービスを基本として国内の通信を確保する。そして長距離通信会社には国内の現在の長距離通信会社と同じ条件で競争を持たせながらさらに国際通信市場への進出を可能にする。こういう目的を達成する立場から、今回は持株会社が一番いい案だなということを考えついて、そして我々は、それぞれ連立三党の与党の皆さん方にいろいろと特例として認めていただきたいということを要請申し上げてきた・・・(後略)」

つまり、NTT持株会社は、「国際競争力で欧米諸国に遅れを取らない為には、或る程度の資本力が必要」という観点から、「特例」として認められたものだということです。この状況は今でも変わらないのでしょうか? もしそうではないのなら、最早そんな「特例」を引き続き認める必要はないという事なのではないでしょうか?

ここで、3回に分けてのこれまでの私の論点を要約してみたいと思います。

1997年5月の第140回国会の衆議院逓信委員会での宮津参考人(当時のNTTの社長)の説明を、もう一度熟読してみると、

「NTTの組織再編に当たり、

1. ユニバーサルサービスの確保
2. 国際競争力の発揮
3. 研究開発力の維持
4. 株主の権利保護

の四つの懸念事項があったが、持株会社制度の導入によりこれらの全ての問題の解決が期待できることから、持株会社制度を導入した」

ということが明言されています。

今回は、このうち2)の国際競争力の議論が、如何に意味のないものであったかを検証しました。4月7日付の「目に余るNTTの独占回帰の試み」と題する私のブログでは、3)の研究開発力の問題について触れ、「持株会社制度」によって鳴り物入りで維持された「NTTの研究開発力」というものが、国際市場における日本メーカーの競争力を高めたり、或いはそれ以外の方法ででも、日本の国益を利するような結果をもたらせたりしたことは、「全くと言ってもよい程に無かった」事に言及しました。そして、4)の株主の権利保護の問題については、先回のブログで詳細に検証した通りです。

残る問題は、1)のユニバーサルサービスの問題ですが、電話のユニバーサルサービスについては、「持株会社制度」とは何の関係もなく、業界のユニバーサルサービス基金によって、今なお粛々と整備されつつあります。それよりも、今こそ議論せねばならないのは、電話のユニバーサルサービスではなく、ブローバンドのユニバーサルサービスや、携帯通信のユニバーサルサービスですが、ブロードバンドや携帯通信の分野では、既に曲がりなりにも競争体制が存在しているのですから、ユニバーサルサービスについても、「如何にして公正競争環境を害することなくそれを実現するか」ということこそが議論されねばなりません。NTTグループによる独占体制への回帰を促しかねない「持株会社」の存在は、そのようなユニバーサルサービス体制にとっては、マイナスにこそなれ、プラスになることはないのは明らかです。

NTTの組織問題についての議論は、公には2010年から始まる事になっていますが、その議論の中核になるべき「持株会社」の存在意義や、それがもたらす国民にとっての得失は、先行して議論され始めてもおかしくありません。例によって例の如き「議論の先延ばし」には、国民はもううんざりしているのです。

松本徹三

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