日本は国策としてEV(電気自動車)産業にコミットするべき(後編:HV vs EV) - 小川浩

後編こそが本題です。

そのまえに、前編の補足しておきましょう。
1. まず僕はホンダのクルマのオーナーであったことはあってもトヨタ車を買ったことはありません。トヨタ2000GTは好きですが(トヨタ2000GTも純正なトヨタではなく、ヤマハ製と言えますけど^^)。

2. HVではあってもトヨタのそれと同じではない、技術的に明らかに劣っているものであるのは確かです。燃費も高速道路をひたすら走ってデータをとればプリウスに接近したデータを出せますが、ストップ&ゴーを繰り返す市街地ではプリウスの方が上です。つまり、日常的な使用に耐えるエコカーとしての設計をしています。インサイトは、省エネのガソリンエンジンにモーターアシストをつけた構造であり、日常燃費についてはプリウスにはかなわないでしょう。また、間違ってはいけないのですが、プリウスは1.8リッター(2.5リッターと誤記、訂正しました→
Hirotnaraさん、深謝)、インサイトは1.3リッターであり、本来より燃費が悪いはずの大排気量車であるプリウスと小排気量車のインサイトの燃費を単純比較しても意味はないはずです。

3. だからといってインサイトのハイブリッドシステムが悪いと言っているわけではない。ただ、ホンダがトヨタを怒らせて、インサイトをクラスが上の(排気量が大きい)プリウスとの価格競争に直面させてしまったのは、マーケティングサイドのミスだと僕は思います。プリウスの価格を250万円程度に据え置かせたまま、UPTO 200万円の予算しか持たないユーザーを独り占めすることができたはず、と僕は言っているのです。

4. プリウスは長期戦略のもと生まれてきたHVであり、いますぐにでもEVになれるが、インサイトはとても無理。ここで後編に続きます。


■ HVからEVへのパラダイムシフトも加速中

さて本題です。

アメリカでも中国でも、ヨーロッパでも、いまやEVへの開発投資は莫大なものになっています。
現在の内燃機関のクルマは、HVへと進化するのではなく、いきなりEVへのリープをする可能性がでてきているのです。テスラのようなベンチャーの台頭もその一例です。

EVの普及の懸念材料は、電源の確保です。
電気を補充するための”充電ステーション”が町中に十分設置されない限り、EVには乗れません。しかも充電に何時間もかかったり、一回の充電での走行距離が数キロだったりすれば、とても実用には堪えません。

この難題を解決するための方法が、バッテリの高性能化と、家庭用電力を使って充電可能とする技術(プラグイン)です。

現在、EVの車載用バッテリはリチウムイオン電池が主流になりつつあり、この原料確保や抽出精度の向上が今後の焦点になると同時に、廃棄物の環境問題が顕在化する可能性がありますが、それはここでは触れずにおきます。
問題はプラグインです。

プリウスはすでにプラグイン対応車(PHV)のリリースが秒読みになっており、ここでも現在の市場の”その先”をみて開発されていることが分かります。そもそもプリウスの燃費は、他の欧米諸国が開発中のEVよりもよいとさえされていますし。(インサイトが限りなくガソリン車に近いHVであり、プリウスが限りなくEVに近いHVであると僕が言うのはこの点です)

■ スマートグリッド対応が決め手

ここでキーワードとして挙げたスマートグリッドを説明します。

スマートグリッドとは、Wikipediaの引用では「エネルギーとコストを節約するために、情報技術をもちいて供給者と消費者のあいだの電力伝送をおこなう技術のこと」です。分散した送電網は、Googleのサーバー環境にも似て、災害に強く効率的です。アメリカのオバマ大統領はスマートグリッドの普及目的で320億ドルの予算を組んでいます。

スマートグリッドが期待される最大の特徴は、例えば家庭用電源で充電したPHV もしくはEVから、余った電力を再利用するというアイデアです。つまり、双方向の電力共有ということになります。ネットの業界にいる僕には、これはWeb2.0以降にみられるソーシャルウェブの流れと酷似しているようにみえます。Web2.0はインターネットの普及と多くのユーザーの参加による、情報伝達の双方向化でもあります。スマートグリッドはこの考え方と同じです。Web2.0は、メディアのあり方を一変しました。とすれば、スマートグリッドもまた、エネルギー流通や社会インフラを一変するかもしれません。

この大きな流れに、日本のHVは入っていません。
そもそもプラグインが普及したとしても、例えばガレージから簡単に自分のクルマに充電ができそうな環境の米国に比べ、自宅と駐車場が物理的に離れている日本の多くの家屋の場合、簡単には自宅電源を動力源に使うことはできません。
また、インサイトはほとんどモータのみの走行ができない=EVではない、ので、そもそも車体に余分な電力を保てません。これに対してプリウスはEVモードで2kmを走れるだけの電力を貯められるので、これをスマートグリッドを介して他の電気消費に使わせることが可能になるでしょう。ただ、EVとしてのプリウスは、逆に言えばわずか2kmの走行距離ですが、GMのEV VOLTは64km、テスラにいたっては30分の充電で400km走ると言います。(テスラをガソリン車の燃費に換算すると50km/リッター程度)

スマートグリッドは今後、世界的な潮流になることは想像に難くありません。
少なくともアメリカではスマートグリッド(のエコシステム)に参加できるシステムを持ったPHVもしくはEVでなければ売れなくなることは目に見えています。ホンダはインサイトを売ることにかまけず、未来の指針となるハイテクカーを早く市場に出すべきだと僕は思います。

日本全体としても小手先のエコ減税(しかも海外メーカーにはまったく適用されず)でごまかさず、自社の基幹産業としての自動車産業を、後押しすることを考えないと、5年後には日本メーカーのいくつかが市場から撤退させられてしまうかもしれない。IT業界も、ベンチャーの起業環境も整備されてはいない中で、他の産業の心配をするのは僭越だとは思いますが、クルマを愛する身、そしてITやインターネットで起きている事象と同じような流れがリアルの産業を襲いつつあるという視点で、意見を具申しておきたいのです。

コメント

  1. a_inoue より:

     政府が自らの税収を元手に整備すべき公共投資とは、「公共財」でなくてはなりません。公共財とは・・・と学部レベルの経済学の講義をしても仕方がないので、結論だけ書きます。
     スマートグリッドもEV車も、公共財ではありません。競合性と排除性を備えた私的財です。
     ですから、小川さんが、そのような政策提言をここに書く理由がよくわかりません。ビジネスになると確信する企業は資本を集めて投資して、うまくいったら利益を得ればよい。ただ、それだけです。
     ホンダの戦略だのトヨタの対応だの、そんな話は自動車会社ウォッチャーだけがしていればいいことです。一般人には何ら関係ありません。

  2. キーン より:

    a_inoueさん

    批判を書くならきちんとした根拠を示す方がよろしいと思います。

    スマートグリッドは、平成21年度の経済産業省補正予算施策として予算化されています。
    http://www.meti.go.jp/press/20081224001/20090427-1.pdf

    a_inoueさんが個人的にどう捉えるのも自由ですが、
    少なくとも政府レベルでは「スマートグリッド」を国が「後押し」すべき事業の一つとして
    捉えているのです。

  3. a_inoue より:

     一番、問題があると思われたのは以下の部分です。

    >自社の基幹産業としての自動車産業を、後押しすることを考えないと、5年後には日本メーカーのいくつかが市場から撤退させられてしまうかもしれない。

     その予測の根拠は何でしょうか?現在のトレンドの延長線を引いて予測するだけなら、誰でも出来ます。
     かつて、高速通信の主役はFTTHだと誰もが考え、NTTは莫大な設備投資をしてきましたが、結局、ADSLは生き残り、その投資の大半はムダになりそうです。
     1週間後の株価予想すらできないのに、5年後、10年後の産業予測なんて不可能です(できるなら株式投資で大儲けできる)。
     まあ、私的な「あてずっぽう」を述べる自由は誰にでもありますし、小川さんがそう思うなら、有望産業の株を買うといいでしょう。
     しかし、「これが未来の有望産業だから政府は金を出せ」なんてことを軽々しく言うべきではありません。責任を取るのはあなたではないのだから。

  4. キーン より:

    小川さん

    電気自動車やスマートグリッドに関しては相当の補正予算がついているので、
    小川さんが期待される施策も多少は進むと期待されます。
    ただ、色々な課題はあると思われます。

    >テスラにいたっては30分の充電で400km走ると言います。

    電気自動車の充電器は、家庭用電源で使用できるタイプ(充電に10時間くらいかかる)と
    莫大な電力を消費する急速充電器(数十分で80%くらいまで充電可能)があります。
    上記のケースは急速充電器によるものですね。

    電気自動車が普及して、真夏のお昼にあちこちで急速充電器が動くとピーク電力が上がり
    電力会社が困ることになりそうです。そこで期待されるのが、スマートメータです。
    スマートメータとは、家庭やビル単位で使用電力を自動的にコントロールするメーターで
    電力のピーク時に空調や照明などの設備を自動的にコントロールします。

    都市レベルのスマートグリッドと、家庭やビルレベルのスマートメータが連携すれば、
    電力のピークは抑えられ、電気自動車が普及しても問題のない都市が実現するでしょう。

    もちろん、そのような都市計画は国や自治体レベルの政策ですので、小川さんの
    ご意見はもっともと思います。

  5. truf より:

    アゴラは池田信夫氏やリバタリアン側の場ではありませんが、池田信夫氏のBlogで
    >日本でも、「エコポイント」や「エコカー」は、環境対策の名のもとに政府が特定の産業を資金援助するターゲティング政策である。政府が「これが有望産業だ」と名指した産業が、実際にそうであった試しはほとんどない。

    と述べているように政府の産業支援に否定的ですし、そう思う読者も少なくないと思います。

    現在の車社会は、蒸気自動車や木製道路網といった数多くの失敗した起業家やそれを支え投資家たちのおかげで築かれました。政府がガソリンとアスファルトが最適だと決定できなかったように、なにが最適かは未来の市場が決めることです。

    私は政府の支援がないことより、ご指摘のトヨタの怒りのほうが心配です。ホンダなら今頃元F1エンジニアが次はプリウスを馬鹿にしてやろうとがんばっていると思いますが、新興企業がトヨタに睨まれれば倒産するでしょう。有力な自動車部品製造企業や電機企業がトヨタなどに遠慮してEVをつくることを自制するかもしれません。

    政府がすべきことは企業支援ではなく、公正な競争の場をつくることです。政府の後押しは多様性を削ぐ悪影響が大きいということを考えるべきです。

  6. edogawadamo より:

    今回のエントリーは、プリウスVSインサイト対決が本題ではないと言いつつ、その話が長すぎましたね。

    本題のスマートグリッドについては、具体的に政府にどのような後押しを期待されているのか判りませんが、私は(も)政府によるターゲティング政策には反対です。それが当った試しはないし、政府依存体質の企業を生成するだけで、逆に競争力を落とすと思います。

    やるとしたら、例えばEV普及の為の道路交通法上の規制緩和ではないでしょうか。実験目的のプロトタイプは公道走行を自由にしたり、型式(事前)認証制度そのものも見直すべきかもしれません。そうしないと、自前のテストコースや衝突実験装置を持たない中小企業には参入障壁が高いので。トヨタが中小の邪魔をするとは思えませんが、政府の規制は実質的に新規参入を阻みます。

  7. satahiro1 より:

    今回の”プリウスVSインサイト”はもしかすると、耐久消費財メーカーのトヨタ、ホンダが単なる”日用品”の部品を作る「部品メーカー」になることを意味しているのではないか、と考えます。

    今回の”プリウスVSインサイト”はHVの覇権をめぐる戦いをトヨタが、ホンダからしかけられたと考えるなら今後この分野においての競争は熾烈なものとなり、イノーベーションが大いに進むものと期待できます。

    しかしそれは、彼らをオンリーワンと言ったものから、他のメーカーの製品で代替可能なPCと同様なものとなる始まりとなるでしょう。

    先日、小川氏と同様に村上 憲郎(グーグル・ジャパン名誉会長)氏の講演を聞く機会がありました。

    その中で村上氏はグーグル社内でチューンアップしたプリウスについて紹介され、それは50?/Lで改造前のプリウスの2倍の燃費で走っているとの事でした。
    またスマートグリッドについても紹介され、プリウス走行によってバッテリーに貯められた電力をも、生活の中に組み込んで使用すると言う考えが示されました。

    このようにグーグルと言ったIT企業が主導権を持って、社会システムが”改革”され、トヨタ・ホンダなどの耐久消費財メーカーが、部品を供給する”脇役” に後退してゆくのではないか、と考えます。

  8. a_inoue より:

    >もちろん、そのような都市計画は国や自治体レベルの政策ですので、小川さんのご意見はもっともと思います。

     スマートメータもまた民間設備投資で実現可能です。
     部分的には季節・深夜電力という形ですでに実現しています。
     電力会社には、コストの高いピーク電力を削減して、安いベース電力を増やしたいというインセンティブがあるのですから、彼らが勝手にメーターを取り替えていくでしょう。
     政府がやるべき(やるべきでない)ことは、妙な補助金をつけたり、政治的横やりを入れたりして、電力会社の経営判断を歪ませないことです。

  9. minomi66 より:

     EVは経済性より、車のサイズを小さくする可能性を秘めている点でより重要だ。

     車は個人一人一人が持つといいながら、いまだに家族4人を中心とした構成だ。

     それはガソリンエンジンというものがある程度のサイズと重量を必要とするからだ。

     早く個人の持ち物にするような形態を取とることが重要だ。
    簡単に言えば屋根付きEVバイクのようなもの。

     そうすれば軽くなって、人を轢いても怪我程度で済むような可能性の車が出来る。

     また、免許を取得する手間や保険料を減らすことが出来るようになる。

     もちろん、このような「自転車」があることは知っている。そうではなく、早くこのタイプの「自動車」を出すことが今後の車社会にとって重要になる。

     言うまでもないが、サイズが小さくなればモータも小型化できて、充電だって早くなる。

     現在の車のサイズで何もかもやろうとするから、EVに対して無理な条件が出てくるが、サイズを小さく一人乗りのような形で出してしまえば、問題のハードルはいきなり低くなることに各自動車メーカは気が付いてほしい。

     しかも購入金額もぐっと抑えられるだろう。携帯電話に側ってお金のない若者の心を掴むことだって可能となる。

  10. minomi66 より:

    もうひとつ。
    ガソリンエンジンは内燃機関であることから熱の問題もあるが、何よりガソリンエンジンはとにかくうるさいことが問題です。
     つまりこのことがガソリンエンジンのバギータイプの小型車やバイクなどが実用性よりレジャー用のような扱いになってしまう。
     それためガソリンエンジンは小型化=実用的となかなかならない。認識されない。
     しかし、モーターであればそんなことはない。先ほどもプリウスがあまりにも静かなので事故になりそうになり、オルゴールでも鳴らそうかという記事があった。
     EVであればもっと静かだ。ゆえにサイズの小型化がより可能となる。

  11. kitasan2919 より:

    昨日、ベタープレイスの実証試験を横浜で見てきました。日本法人の三村氏の話しもおもしろかった。いわく三菱I-MIEVなどの459万円はクルマ買う時にいっぺんに向こう何年ものガソリン代を車両価格と一緒にユーザーから取る様なものとのこと。しかもそれぞれのドライバーはどのくらいの距離走るかわからんのに。走行と充電を切り離すというアイデアはおもしろいと思います。何度も彼は繰り返していましたが、「われわれは今ある技術で新しいシステムをつくる」んだそうです。この充電済みバッテリー自動交換技術も軍事のそれの転用のようです。空母での艦載機の翼下のミサイル付け替えをご想像ください。地域にもうけられた各バッテリ交換ステーションは過剰在庫持たぬよう、GPS付きの各電気自動車の状態と分布を把握し、適宜、密度の薄い地域は夜間電力での低速充電、密度濃い地域は急速充電でスタンバイするとのこと。役所もかんでるようですが、どうなるか?
    http://www.betterplace.com/japan/

  12. 海馬1/2 より:

     馬や牛を使えば、わざわざ、とうもろこしをエタノール化する手間がいらないんですけどw

     電機自動車なんか、ケーブルで給電すればバッテリ重量から開放されるんじゃないですか? そうです、チンチン電車です。