需要構造と生産性に関する寓話--池尾和人

2009年08月12日 23:18

『アニマルスピリット』の訳本を読んでいたら、その「訳者あとがき」で山形浩生氏が「でも、いまの日本の不景気は、マクロ経済学理論がアニマルスピリットを考慮しなかったせいで起きているのではない。日本銀行をはじめ経済官僚たちが、従来のマクロ経済学理論--不景気になったら金融緩和しましょうというもの--を普通に適用しなかった(いまだしていない)せいで起きている。」と書いていた。

過去に言っていたことを坊主懺悔したくないということもあるのだろうけれども、2009年時点でもまだこんなことを言っているのですね。前半は正しいけれども、後半は噴飯ものだ。さすがに「インフレ目標」とかいう表現はないけれども...


供給サイドが十分に伸縮的で、需要構造の変化に適切に適応できる状態にあるのなら、総需要だけを問題にしていて構わないけれども、残念ながら、日本経済の現状はそうではない。様々な理由から、資源の再配分が阻害されていて、医療・介護の分野では「不足」が残存したままになっているのであるから、「需要不足」だけが問題の本質ではない。

日本経済に関しては、供給構造のあり方を問わなければ、議論として不足だといわざるを得ない。そこで、その参考のために、ちょっとした寓話を紹介しよう。

いま、機械産業と福祉産業の2部門のみから構成されるミニチュア経済を考える。生産は労働力だけを用いて行われているとし、労働者の総数は200人で、現状においては機械産業に120人、福祉産業に80人が配分されているとする。

機械産業では120人が働くことで、実質GDP120単位分を産出できるとしよう。これに対して、福祉産業の生産性は機械産業の半分しかなく、福祉産業では80人が働くことで、実質GDP40単位分を産出しているとしよう。したがって、この経済の潜在GDPは、120+40=160単位だということになる。

さて、次のような寓話を考えよう。

近年までは、A国が「過剰消費」をしていてくれたおかげで、機械産業の需要は輸出を中心に好調で、需要が120単位あって、フル操業できていた(内需40単位、外需80単位だとしておこう)。ところが、金融危機が起こってもはやA国は「過剰消費」できなくなってしまい、その結果、需要が80単位に減少してしまった(内需40単位、外需40単位)。なお、機械産業の輸出で稼いだ外貨は、食料品の輸入に当てられているとでも思って下さい。

それゆえ、現状では、「需要不足」で、40人が企業内失業状態にある。実現している実質GDPは、80+40=120単位で、40単位のGDPギャップが存在している。しかし、国民はすでに十分に機械を持っており、金融緩和をしても、機械に対する内需が顕著に拡大することはない(例えば、金融緩和をすれば、日本人は購入する自動車の台数を2倍に増やすだろうか!?)。

他方、福祉産業に対しては、潜在的な需要が80単位ある。しかし、40単位しか供給されていないので、実現されている需要は40単位で、「不足」が問題となっている。



現状
 雇用供給需要実現値
機械産業1201208080
福祉産業80408040

福祉産業に対する潜在需要を完全に満たすためには、生産性が現状のままだと、160人の労働者が必要であり、それだけの労働者を福祉産業に配分してしまうと、機械産業に配分できる労働者は40人しかいなくなり、機械産業に対する需要をすべて満たすことができなくなる。どうすればよいのか?

論理的に考えられる1つの解決策は、機械産業の生産性を2倍に引き上げ、40人で80単位の実質GDPを産出できるようにすることである。確かに、これを達成できれば、低生産性の福祉産業の規模を拡大させても、実質GDPの総額を減らさない(貧しくならない)で済む。



解決策1
 雇用供給需要実現値
機械産業40808080
福祉産業160808080

けれども、上記が唯一の解決策でないことは、明らかである。福祉産業の生産性を改善し、機械産業の半分から2/3まで引き上げることができれば、福祉産業の潜在需要を満たすために必要な労働者は120人で済み、機械産業で80人が働くことができる。これによっても、やはり実質GDPの総額を減らさない(貧しくならない)で済む。



解決策2
 雇用供給需要実現値
機械産業80808080
福祉産業120808080

たぶん竹森くんとかが考えていると思われることを、論理整合的に、かつ一番シンプルに示したものが、解決策1である。これに対して、池田さんや私が考えていることを同様に一番シンプルに示したものが、解決策2である。いずれも論理的には考えられないことではないけれども、政策論としては、いずれがより説得的なものであろうか?

解決策1には、少なくとも2つの難点がある。第1は、すでに世界的に見ても非常に高い生産性を誇っている機械産業の生産性をさらに大幅に引き上げ可能か、という点である。日本の機械産業は、乾いたぞうきんをさらに絞るような合理化をすでにやり遂げてきている。その状態から、大幅な生産性の向上を達成することはきわめて困難だと思われる。

これに対して、福祉産業を含む日本のサービス産業の生産性は世界的に見ても低い方であるから、より生産性の高い諸外国に倣うというキャッチアップだけによっても、生産性を改善する余地は大きいと考えられる。この点で、「サービス産業の効率化」という解決策2の方が実現可能性が高いといえる。

第2の難点は、解決策1の場合には大規模な所得再分配(社会保障移転)が必要になる、という点である。かりに労働者1人あたりの所得を均等に保とうとすると、解決策1の場合には、機械産業の所得に6割の課税を行い、福祉産業にそれを再分配しなければならない。というのは、部門間の生産性格差をさらに拡大させる方向での解決だからである。

こうした高率の課税をかけられたときに、いつまでも機械産業は国内に立地し続けるであろうか。高い生産性を上げても、その大半を税金でとっていかれるとすれば、海外移転を検討することは必死である。他方、解決策2の場合には、2割の課税で済む。

したがって、政策論としては解決策2の方が望ましいと判断できる(まあ、人の議論が間違っているとか何とかいう場合は、最低限、ここで議論したくらいの説明をしなきゃね)。

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