公務員制度改革は「入省年次」の廃止から - 池田信夫

2009年09月12日 12:19

民主党政権が発足して、霞ヶ関の人事の仕切り直しがいろいろ話題になっています。たとえば今月の『文藝春秋』には、民主党政権で創設される国家戦略局の人事について次のような記事が出ています:

経済産業省は瀬戸比呂志官房総括審議官(54年)を商務流通審議官、石黒憲彦経済産業政策局担当審議官(55年)を商務情報政策局長、立岡恒良製造産業局次長(同)を官房総括審議官という異例人事を行なったばかりだ。

官僚の名前のあとについている(*年)というのは入省年次ですが、何が「異例人事」なのか、民間人にはよくわからないでしょう。その心は「54年組」の瀬戸氏が審議官(局長級)に横滑りする一方、年次が下の石黒氏がその上司である局長になったからです。こんなことは民間では当たり前ですが、霞ヶ関では「**さんは何か問題を起こしたのか」と噂が駆けめぐります。


こうした厳格な年功序列は日本の官僚の伝統だと思われていますが、実はそうではありません。次の表は、私のブログから転載した戦前の事務次官の入省年次ですが、大蔵省は比較的年功序列に近いものの、内務省など他の官庁はバラバラで、一挙に12年若くなったり7年前に戻ったりしています。昇進の基準として重要なのは年次ではなく、高等文官試験の成績だったといわれています(水谷『官僚の風貌』)。

1 2 3

4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15
大蔵 1896 1895 1895

1896 1897 1902 1903 1904 1905 1907 1909 1912 1910 1917 1915
内務 1895 1895 1898

1897 1904 1897 1902 1898 1903 1897 1895 1907 1909 1909 1913


今のような年功序列になったのは、戦後です。その起源については諸説ありますが、軍は明治期から年功序列と陸軍大学の成績で階級が決まっていたので、その影響ではないかと考えられます。このように厳格な年功序列をとっている組織は、世界的にみると軍以外にはありません。韓国にも年功序列は残っていますが、最近は崩れてきたようです。日本でも、民間ではかなり崩れてきました。政治の世界も最初は実力主義でしたが、80年代以降の自民党では当選回数による年功序列になりました。それも今度の惨敗で崩れるでしょう。

天下りの廃止について官僚から強い反対論が出てくるのも、こうした年功序列を当てにして官庁に「貯金」してきたためで、それなりに理解できます。民主党のやろうとしている天下りの全面廃止も、今の人事制度を変えないままやったら大混乱になるでしょう。だからまず、入省年次を人事の条件にすることを国家公務員法で禁じてはどうでしょうか。

そうすれば、年次は体重と同様、昇進に関係なくなるので、年次をそろえるために「パズルのように複雑」といわれる官房秘書課の人事業務も格段に楽になるでしょう。もちろん天下りも必要ありません。必要な業務にその能力のある官僚を配置すればいいので、50代の係長もいれば30代で局長になる人がいてもいい。キャリアとノンキャリアという区別も、実は法律には定められていないので、廃止するのが当然です。

公務員制度のボトルネックは、天下りではなく年功序列です。彼らのいやがる天下りから手をつけると全力で抵抗するのでややこしくなりますが、「能力主義の徹底」は国家公務員法の改正案(前の国会で廃案)にも明記されているので、それを具体化して年齢差別を禁止することには正面きって反対できないでしょう。民間に残っている年功序列という有害無益な風習を廃止するためにも、官僚が手本を示してはどうでしょうか。

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池田 信夫
アゴラ研究所所長 SBI大学院大学客員教授 学術博士(慶應義塾大学)

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