Wikipediaはネットの肥溜 - 西和彦

2009年10月06日 11:27

何年か前にWikiとネットで喧嘩した。売り言葉に買い言葉で、どんどんエスカレートした。今でも僕の項目は編集にロックされている。知り合いの人は、自分でWIKIを書くのが良くないということで、友達に頼んで自分のWIKIを書いてもらっている。ほとんど自作自演の茶番劇みたいなものである。僕は、それは偽善であると思った。書くなら自分で書こうと思った。

「そんなに文句があるならマスコミに言ってみろ」と管理人か誰かに言われたので、週刊誌やテレビ局、NET NEWSなどに、いかに日本のWIKIを運営している人たちが腐っているかを話した。その結果はいまでもグーグルに出てくる。彼等は、そんなにニュースになるとは思っていなかったようだ。

その次に、「本国のWIKIの代表に言いつけてみよう」と、「シンポジウムするから来ませんか」と誘ったら、出てくれた。話を聞くと、アメリカの代表はまともな人であった。私はそのときに、変なのはWIKI本体ではなく、日本のWIKIを運営している人たちだということに気が付いた。そして、馬鹿らしくなって、そいつらとやり取りをすることをお休みしている。グーグルした結果を引用するだけで記事を書く人たちなので、中身が間違っていて、浅い、薄い、軽すぎる。今度、挑発されたら、また受けて立ってもいいかなと考えている。

僕たちの世代は新聞や本の「活字を信じるな」といわれて育った世界である。それが今ではネットになった。「ネットに書いてあることを信じている人はいない」と思うのは僕だけではないと思う。いいWEBもあれば、悪いWEBもある。今のネットは単一のWEBの全体集合だけでなく、WEBとGOOGLEがセットになっていわゆるWEBとして利用されている。そしてミニグーグルとミニWEBがWIKIではないか。だからWIKIはどこまで言ってもマイナーな存在であり続けるであろう。

問題はWIKIがPEDIAという接尾を使って、いわゆる百科事典のようなふりをしていることにあるのではないだろうか。その意味で、僕は昔2チャンネルのことを「便所の落書きみたいなもの」といったことがあるが、WIKIは「真実と嘘と無知と偏見と嫉妬と虚栄が混じったネットの肥溜みたいなもの」ではないだろうか。そして、それが日本にだけ起こっている現象であるということが残念である。

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