やはり官僚の記者会見禁止は良かった!- 北村隆司

2009年10月14日 10:52

私の「次官会見の廃止歓迎」論に対して、岡田克敏氏の「官僚記者会見禁止が意味するもの」など、数多くの疑問が出されました。然し、その後の経過を見ますと、記者会見の公開化が徐々に進むなど良い結果が出でいる事は何よりです。

この問題について、朝日新聞のOBが書いた面白い記事を見つけました。筆者は、鳩山政権が誕生して川柳欄への投句に大きな変化が生じているとして、次の様な朝日川柳の選外作を紹介しています 。


 「いいじゃない 思ったよりもやるじゃない」
 「今までの 大臣マジで何してた」
 「久しぶり 首相に知性感じてる」
 「本来は 政治こんなに近いもの」

筆者は続けます。

『新政権関連の記事は、当然ながら新聞作りへの批評・批判の句も少なくない。

「新政権船出にメディア風見鶏」「新聞に楽しみ増した政治記事」「1ページ増やしたくなる政治面」「母が言う最近新聞おもしろい」「期待して政治面読む新鮮さ」
うーん、痛いところを突くなあ、私はうなった。こうした句の言わんとするのは、

◇自民党長期政権の時代と同じ手法で新聞を作っているのではないか。政権交代の現実に乗り遅れてはいないか。

◇民主党は自公政権の「官僚依存体質」を批判した。同じ「官僚依存体質」は、マスメディアにも当てはまるのではないか。ただし、日を追ってメディアの側も態勢を整えているようだ。

朝日新聞の場合は、「政権取材センター」を結成。国会記者会館に政治、経済、国際、社会、生活、地域報道など各セクションのデスク、キャップクラスが連日集まって、取材内容や出稿計画を連絡、調整しているという。いろいろ新しいことを唱えている割には新聞社の体質は古く、各セクションの垣根は結構高い。一つの主題で相当の期間スクラムを組む上記のような光景を、私は現役時代にほとんど見たことがない。』

確かに、最近の記事には政治家の方針をそれとなく否定する官僚の情報操作記事は減少傾向にありますが、以下の様な記事も散見されます。

『小沢幹事長は「国会に法制局があればいい」として、内閣法制局の廃止を主張してきた。「憲法解釈は政治家が判断すべきもの。役人が行うものではない」との考えからだ。』と小沢氏の主張を紹介した後『政府内には「政治家が憲法解釈を行えば、政府見解が度々変更される可能性がある。一貫性を保とうとすれば、法解釈は結局、官僚に頼らざるを得ない」との指摘もある。』とこの方針に否定的な官僚の考えを「政府内には」と言い換えて報道しています。

国民は小沢氏と論議は出来ても、「政府内」とは論議する事も論拠を質す事も出来ません。私は此れを指して「官僚とマスコミのなれあいによる情報操作」だと申し上げているのです。

記者会見のオープン化に積極的な民主党政権の誕生で、岡田外相が記者クラブのメンバー以外にも会見を公開する事を発表したのを皮切りに、保守派の代表格である亀井郵政・金融担当相に「結構、封建的なことをやっているのだね、あなたたちは。もう、全部オープンにいかないとだめだよ。もし記者クラブがオープン化に応じないのならば、クラブ以外のジャーナリストのために大臣主催の会見をもう一度開く」とまで言われ、各省庁の記者クラブは戸惑うばかりです。

小沢環境相も「国民にも、海外にも日本の情報を広めたいと思っており、縦割り行政を打破する努力をするので、記者クラブも会社の枠を打破して協力して欲しい」と述べていますが、官僚が記者会見を取り仕切って居た時代には考えられない発言です。此れに対する、記者クラブからの反応は聞かれません。

国民は、官僚の記者会見禁止を「政府による情報統制であり、大本営発表を思わせる」と言う岡田克敏氏の懸念より「官僚とマスコミの馴れ合いによる情報操作を打ち破る」適切な処置だと受け取めているのでは?

そもそも、「大本営発表」は根拠も不明、質問も許さない処に特徴があり、官僚が答えたくない質問に、慇懃無礼に「私は、その立場にありません」「今は申し上げる時期ではありません」「私の職権では御座いません」と説明責任を避ける事と共通するところです。政府の発表は、言動の全てが選挙で問われる政治家の責任で行われるべきであって、身分を保証された官僚が政治家に代って発表する国家は聞いた事がありませんせん。

最近亡くなられたアメリカ報道界の巨匠,ウオルター・クロンカイト氏は、競争が激しい米国のマスコミの現状を「I think it is absolutely essential in a democracy to have competition in the media, a lot of competition, and we seem to be moving away from that. (私は民主主義にとってメデイアの厳しい競争は欠く事の出来ない条件だと思っているが、最近のメデイアの傾向はその反対に向かっている気がする)」と嘆いている位ですから、官僚と癒着した日本の報道界を知ったら気絶していた事でしょう。

「官僚の会見禁止で、マスコミは有力な情報ルートを失い、その結果、国民が知り得る情報は政府によって管理された情報が中心になります。」と言うご意見ですが、官僚が組織防衛に反する「知られたくない情報を」流した実例を知りません。

「政府発表をそのまま伝えるだけでなく、裏側まで伝える必要がある」は誠にその通りで、報道各社の競争を高め、調査情報と充実して欲しいと切望します。現在の様に、裏情報が政界や政局のゴシップばかりなのは困り物です。

又、日本の記者の国際取材力の弱さは目を覆いたくなる惨状で、英語圏で開かれる国際会議の取材でも、外務省は英語の出来ない特派員の為に、日本料理店や名所の案内書、移動用の車両の手当て、挙句は報道用の原稿まで渡すなど、旅行案内業者顔負けのサービス振りです。この様な実情を知るにつけ、官僚の記者会見禁止は遅すぎたと思うほどです。

官僚にせよジャーナリストにせよ、日本には驚くほど優秀な人は沢山おられます。ところが、日本では制度と個人、結果平等と機会平等を混同して論議する傾向にあるのが残念です。年功序列や男女差別を廃止して、機会平等により個人の能力を生かす制度を導入すれば、日本の将来が明るくなる事は間違いないと思うのは楽観的に過ぎるでしょうか?

ニューヨークにて 北村隆司

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