家賃を滞納している借り手を、鍵を変えたりして追い立てる「追い出し屋」を規制する新法が国土交通省で検討されている。たしかに追い出し屋の行動だけみると、サラ金と同じように社会悪にみえるが、こうした「ブラック会社」を規制するだけでは、根本原因を解決することはできない。それは借地借家法や判例による借り手の過剰保護という問題である。
バブル期の記憶がない人も多いので、当時の事件を取材した記録を書いておこう。もとは「地上げ」という言葉はなく、権利関係の複雑な土地の所有権だけを買うことを底地買いと呼び、それを請け負って店子を追い出す業者を地上げ屋と呼んだ。本源的な買い手は大手不動産業者やゼネコンだが、彼らが地主との交渉に出ると地価が上がるので、最上興産のような暴力団のからんだ地上げ屋が、底地を買って借家人を追い立てた。地主が立ち退きを求めて訴訟を起こしても勝てないので、生ゴミを家の前に置くとか街宣車で騒音を出し続けるなどのいやがらせで追い出すしかなかったからだ。
だから追い出し屋を根絶するのは簡単である。家賃を滞納している借り手に対して家主が訴訟を起こしたら、裁判所が借り手に退去を命じればよいのだ。これは事後の正義にもとるようにみえるが、家主が賃貸住宅を建設するインセンティブを高め、結果的には優良な賃貸住宅が大量に供給され、家賃も下がるだろう。これは60年前にフリードマンとスティグラーが提唱した「家賃規制の理論」と同じだ。
この理論はいかにも非人道的にみえるので政治的な攻撃を受けたが、都市経済学の専門家Glaeserもいうように、家賃規制の撤廃によってニューヨークの都市化は進み、優良な集合住宅が建設されて借り手にも大きなメリットがあった。東京の都市化がいまだに進まない大きな原因は、借地借家法による借り手の過剰保護だ。最上興産の暗躍した西新宿6丁目は、10年以上にわたって空き地だらけの焼け跡のような状態だった。
民主党が持ち家に偏した住宅政策を是正して、優良な賃貸住宅を供給する方針を掲げているのは正しい。そのためにやるべきことは追い出し屋の規制ではなく、借り手の過剰保護をやめて市場メカニズムと法の支配を機能させ、ブラックなビジネスを成り立たなくする制度設計である。
コメント
香港では数年前から賃貸契約の内容が変更されて、標準的な契約期間は原則2年。但し、最初の1年は転居不可だが、2年目は1ヶ月通知にて、大家も店子もどちらからでも契約解除できるオプションが付けられるようになりました。変更前は、店子だけが2年目に1ヶ月前通知で契約解除できたので、どちらの側にもより平等になったと言えます。
賃貸住宅契約時に連帯保証契約を要求するという行き過ぎた家主のリスク回避の慣習も、借手の過剰保護への対抗策とも解釈できます。池田先生の言われる通り、家賃を滞納している借り手に対して家主が訴訟を起こしたら、裁判所が借り手に退去を命じる法制度が確立すれば、家主の予想できないリスクは殆ど無くなります。それと引き換えに、連帯保証人を要求することも禁止することで、自己責任に基づく公正な取引市場が成立します。
一方、経済的な困窮者が家賃を滞納したために路上に放り出されホームレスになることは生存権の問題でもあります。問題は、社会保障の責任を借手の過剰保護政策によって家主に負わせていることです。(このことは、企業の社内福利厚生にも当てはまります)
借手の過剰保護という歪んだ制度を見直す場合は、社会保障制度の見直しも並行して受け皿を用意することが必要だと思います。
松本恒雄氏に一本電話されたら如何でしょうか。
http://jglobal.jst.go.jp/public/20090422/200901017628954729
>一方、経済的な困窮者が家賃を滞納したために路上に放り出されホームレスになることは生存権の問題でもあります。問題は、社会保障の責任を借手の過剰保護政策によって家主に負わせていることです。
まったくその通りですね。経済困窮者を助けたいなら、家主にそれを要求して市場を歪めるのではなく、シェルターを提供するなどするべきでしょう。