二つのスパコンが示す日本の二つの未来 - 池田信夫

2009年11月28日 11:48

今回のスパコン騒動は、日本のIT産業が――そして日本経済が――なぜだめになったのかを明らかにするいい機会です。ちょうど長崎大学で、3800万円で国内最高速のスパコンができたというニュースが出てきたので、この二つのスパコンを比べてみましょう。


理研のスパコンは、もともと地球シミュレータの後継機として構想され、ベクトル型でつくられる予定でした。プロジェクトリーダーに地球シミュレータを開発したNECの社員が「天上がり」したのも、当初はNEC1社の随意契約でやるためでした。ところが、この方針には「手続きが不透明だ」「防衛庁で問題を起こしたNECに随契で発注するのはおかしい」といった批判が出て、富士通と日立を入れることになりました。

ベクトル型とスカラー型の「ハイブリッド」という世界に類をみない奇妙な設計方針も、こうしたITゼネコン間の妥協策として出てきたもので、技術的な必然性はありません。私が2007年にこれを取り上げたときも、すでに「ベクトル型は時代遅れだ」という批判が強かった。案の定、今年になってNECと日立が脱落しました

国家プロジェクトの途中で、請け負ったベンダーが降りるというのはきわめて異例の事態であり、これは計画が破綻したことを示しています。もともと「おまけ」だったスカラー型だけで、10PFLOPSという富士通の最高速機の100倍の性能を出せるかどうかは疑わしい。それなのに、文科省は「審議会では仕様変更で同じ結果が得られると承認された」という理由で、予算を逆に1230億円に増額し、計画を2012年に延期して強行しようとしました。そこで財務省が「これはおかしい」と感じて、事業仕分けに出してきたわけです。

これに対して、長崎大の浜田剛助教の開発したスパコンは、ゲーム機に使われる市販の画像処理装置(GPU)を380個並列して158TFLOPSを実現し、IEEEのゴードン・ベル賞を共同受賞しました。TFLOPS単価(コストを計算速度で割った数値)は24万円。同じ効率で理研と同じ10PFLOPS機をつくれば、24億円でできることになります。もちろん長崎大のシステムは理研のような汎用機ではないので単純には比較できませんが、その50倍の1200億円という価格が非常識であることは明らかです。

理研のスパコンが有害な最大の原因は価格が高いことではなく、こういう袋小路の技術に多数の優秀なエンジニアを閉じ込めることです。80年代に通産省が「メインフレームの次はスパコンや人工知能だ」と信じて、こうした大艦巨砲型コンピュータに巨額の国費を投入したとき、コンピュータの主流はPCに移っており、日本はその波に10年以上も乗り遅れました。コンピュータ・メーカーの第一線のエンジニアが大艦巨砲プロジェクトに投入され、「おもちゃ」と見られていたPCの開発に真剣に取り組まなかったからです。

この立ち後れがその後も尾を引き、今では日本のコンピュータ産業は台湾やシンガポールにも及ばない。NECや日立が降りたのも、こういう時代遅れのコンピュータの開発にエンジニアを投入していては、経営が危うくなると考えたからでしょう。残った富士通が世界のどこにも売れる見込みのない高価なスパコンを開発することは、税金ばかりでなく人材の浪費であり、すでに瀕死の状態になっている日本のコンピュータ産業に、致命的な打撃を与えるでしょう。

政府が「科学技術立国」をめざすなら、重要なのは理研のような恐竜型システムを延命することではなく、長崎大のような破壊的イノベーションを生み出すことです。そのために必要なのは、ITゼネコンに代表される日本の古い産業構造を壊し、新しい企業が未知の技術に挑戦できる環境をつくることです。そのためにも事業仕分けの結論のように、理研のスパコン計画は、いったん立ち止まって根本的に考え直すべきです。

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池田 信夫
アゴラ研究所所長 SBI大学院大学客員教授 学術博士(慶應義塾大学)

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