天皇陛下の特例会見騒動に思う - 北村隆司

北村 隆司

「特例会見は宮内庁の1ヶ月ルールの慣行に違反し、天皇の政治利用に当たる懸念がある」と言う趣旨の羽毛田宮内庁長官の記者会見説明には正直仰天しました。

天皇の憲法上の地位を定めた、日本国憲法第1章天皇,第3条には「天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負ふ。」と記述され、全ての国事行為は内閣の責任の下に行うと明記されているからです。


宮内庁法を覗いて見ますと、第一条で「内閣府に、内閣総理大臣の管理に属する機関として、宮内庁を置く。」と定め、その2で「宮内庁は、皇室関係の国家事務及び政令で定める天皇の国事に関する行為に係る事務をつかさどり、御璽国璽を保管する。」として宮内庁は事務を司る官庁である事を明記しています。更に、第八条の4で「長官は、宮内庁の所掌事務について、内閣総理大臣に対し、案をそなえて、内閣府令を発することを求めることができる。」と定めて居ますが「1ヶ月ルール」を内閣総理大臣に提案して内閣府令を発した形跡は認められません。

羽毛田発言に、轟々たる非難が起こるかと思いきや、朝、毎、読,日経、産経各紙の社説は、非難どころか異口同音に羽毛田発言擁護一色でした。擁護論の論拠を探して見ましたが、客観的論拠を示した論説は北海道新聞だけでした。マスコミの「官僚信仰の厚さ」が強く印象に残ると共に、永年に亘る官僚の情報操作の根の深さを痛感しました。

ところで、この件についての各紙の記事を読み漁っているうちに、下記のような小沢幹事長の記者会見の記事が私の目にとまりました。

「30日ルールって誰が作ったの。知らないんだろ、君は。法律で決まっているわけでもなんでもないでしょ、そんなもの。それはそれとして、君は日本国憲法を読んでいるか。天皇の行為は何て書いてある。国事行為は、内閣の助言と承認で行われるんだよ。天皇陛下の行為は、国民が選んだ内閣の助言と承認で行われるんだよ。だから、何とかという宮内庁の役人がどうだこうだ言ったそうだけれども、全く日本国憲法、民主主義というものを理解していない人間の発言としか思えない。しかも、政府の一部局の一役人が、内閣の方針、内閣の決定したことについて記者会見して、方針をどうだこうだと言うのは、日本国憲法の精神、理念を理解していない。もしどうしても反対なら、辞表を提出した後に言うべきだ。当たり前でしょう。役人だもん。だからマスコミがそういうところを全然理解せずに、役人の言う通りの発言を報道ばっかりしていてはいけません。ちゃんとよく憲法を読んで。そして、天皇陛下のお体がすぐれないと、体調がすぐれないというのならば、それよりも優位性の低い行事を、お休みになればいいことじゃないですか。そうでしょ、わかった?

 ――1か月ルールというのは、なくてもいいものだと? 

なくてもいいものじゃない。それ、誰が作ったか調べてからもう一度質問しなさい。私は、何でもかんでもいいと言っているんじゃないんだよ。宮内庁の役人が作ったから、金科玉条で絶対だなんて、そんなばかな話あるかっていうことなんですよ。わかった?」

私は決して小沢ファンではありません。小沢氏の強引で威圧的、そして横柄な態度や言葉使いは、民主政治家のイメージには程遠く、国民新党の亀井氏同様、古い自民党的体質はとても好きになれません。先進国には見られないこの横柄さは、小沢氏が如何に正論を述べても、諸外国からは反感を買う恐れが大です。しかし、今回のことに関しては、小沢氏の言っていることは極めてまともであり、この記者会見で、まるで親に諭されている不勉強な子供のようだった記者諸君の姿は、何とも情けない限りでした。

国の大小や政治的影響力に関係なく「1ヶ月ルール」に従い申し込み順に面会を許すのが国際親善のあり方だと言う羽毛田長官の外交論は、越権発言であるだけでなく笑止千万の愚論としか言えません。

常日頃は、「政局に天皇を利用してはならない」と考えている私ですが、この騒動を機会に、天皇の政治利用や国事行為のあり方など憲法問題を中心に議論を深める事は大変意義あることだと思っています。憲法論とは別に、この時期に習副主席との会見を設定した事の是非を巡って論議することも、多いに歓迎すべきですが、「1ヶ月ルールの違反」を口実にする稚拙な論議は意味がありません。

一方、『憲法第1章第7条に規定されている外国大使、公使の接受は国事行為だが、憲法上具体的規定のない天皇の行為は「公的行為」に属し、これには「内閣の助言と承認」を必要としない。「国政に影響を及ぼさないこと」と「天皇の意思」が重要である。』という共産党の志位委員長の主張は、小沢幹事長以外では唯一客観的論拠を示した論議でした。委員長の主張する所謂「国事行為と公的行為の分類論」は、これまであまり深く論議されて来ませんでしたが、今後の命題の一つでしょう。

(尤も、私自身は、『「国政に関する権能を有しない」と規定された天皇陛下が、日本国元首として大使の上位者と面会することは憲法上の規定が無いから、「国事」ではなく「公的行為」に当る』と言う志位委員長の解釈には賛成できません。)

さて、問題は羽毛田長官です。今回の彼の発言は、「国民の中国に対する微妙な感情」までを計算に入れた「売名行為」だと断ずる私には、彼の自己顕示欲と権力欲の異常さは、専門家に診て貰った方が良いのではと思われる程です。これまでにも、彼の記者会見には、「自分が作った基準で天皇家の言動をある意味牛耳りたい」という気持ちが見え隠れしているように思うのは私だけでしょうか?

「 愛子さまの 兩陛下訪問が増えていない」発言で皇太子殿下を非難したり、「皇室典範に関する有識者会議」の結論について口を出したり、更に今年の9月には、新内閣が発足するに際してわざわざ記者会見を開き、「皇位継承の問題があることを(新内閣に)伝え、対処していただく必要がある」等と、分際を弁えない発言をしています。この際、羽毛田長官の適格性と宮内庁のあり方を、徹底的に追求すべきでしょう。 

幹部クラスの殆どが厚生省や外務省の天下りと渡りで占められた52人の特別職と、987人の一般職からなる宮内庁の実態は、厚い菊のカーテンに守られ、皆目見等がつきません。最新の概算要求書を見ると、58億8千万円の皇室費(前年比22億円減)、109億8千万円(前年比69百万円の増額)の宮内庁費を要求しています。皇室施設の修繕費は減額しているのに、膨大な間接費である人件費には手を付けていないところは、典型的な「官僚優先予算」としか思えません。

日本に比べると遥かに大規模な英国の宮内庁でさえ、1200人のスタッフで運営されています。欧州では最も保守的と言われる英国王室ですが、バッキンガム宮殿を始めとする王室の施設は公開されており、王室一家は出来るだけ国民との接触を深めています。

それに比べ、宮内庁に幽閉された日本の天皇御一家の姿は、お気の毒に思えてなりません。一般家庭から皇室入りして、宮内庁の掟に苦しめられてきた皇后陛下や、皇太子妃殿下のお気持ちを察すると、皇族方がもう少し人間的に喜怒哀楽を自由に表現できる環境を整えて差し上げる事も、国民の義務ではないでしょうか?

この閉鎖性を打破し、管理費が皇室費の2倍も掛かる宮内庁の非効率を打ち破る為にも、宮内庁を次回の事業仕分けの対象として透明化する事が、国民や天皇ご一家にとって喫緊の課題だと感じたここ数日でした。 

ニューヨークにて 北村隆司

コメント

  1. Yute the Beaute より:

    おっしゃる通りです。チャールズ皇太子が女王の名代として外遊する際でも、基本的に本人と秘書官の二人だけですが、日本では末端の皇族がちょっとお出かけするだけでも、大騒ぎです。受け入れ先の大使館職員にかなりの負担を強いているのではないでしょうか。
    それにしても「反中」と「反小沢」で世論を盛り上げよう、という日本のメディアの横一列な短絡思考はお寒い限りです。胡錦濤と習近平は同じラインにいない。民主党議員の修学旅行につきあった胡錦濤が、見返りとして自分としては後継者にしたいとは思っていない習近平の天皇会見をねじ込むはずがない。じゃあ、だれがそういう運びにしたのか。どこ一社としても切り込んだ報道をしない。やっぱりニッポンのメディアは民主党は怖くなくても、中共は怖いんでしょうか。情けない限りです。

  2. 松本徹三 より:

    私も北村さんとほぼ同意見です。今回の件については、小沢幹事長の言っていることが正しいと思います。

    天皇陛下は真に国のことを思っている方ですから、内閣が「これこれの理由で、日本にとって極めて重要なことなので、是非お願いします」と言えば、憲法と矛盾しない限り、喜んで何でもやってくださると思います。宮内庁がこれを勝手にブロックしようとするのは、天皇陛下のお心を慮らない越権行為です。

    私は、更に進んで、今回習副主席サイドの希望をかなえたことも、正しかったと思っています。日本には極端に中国嫌いな人がいて、「何でそこまで中国に媚びるのか」というようなことがすぐに言われますが、これは「媚び」ではなく、当然の外交上の配慮です。

    「中国が大国であること」と、「東洋人は面子にこだわること」は、好むと好まざるに関わらず、「事実」です。そういう「事実」をよく斟酌して、常にスムーズな関係作りに注力することが、外交の基本の一つです。

    中国に対しても、相当厳しいことを言わなければならない事が、将来頻繁にあるでしょうから、そういう時に備える為にも、万事に出来るだけ手厚い配慮をして、日常の友好関係を堅持しておくことが必要です。

  3. ainodake より:

    北村氏の意見は間違っている。今回の問題は小沢幹事長の要求でルールが破られたのではないかという点だ。1ヶ月ルールの真意はわからないが多分過去の事案等を踏まえ天皇の政治的位置づけと現実の運用の調和の中で決まってきたものであろう。今回の問題はなぜ政府ではなく党の1幹事長の要請で例外として扱う必要があるのかという点にある。官房長官が小沢氏の要請ではないというなら、官房長官は中国副主席と天皇との会見がルールの例外として扱うべき事項であると内閣が判断した根拠をきちんと説明すべきである。

  4. マットン より:

    私は羽毛田長官を擁護したいと思います。
    まず、小沢幹事長の「天皇もきっとそう思っていらっしゃる」という明らかに驕りたかぶった考え方は同意できません。そのような発言をすること自体が政治利用と言われるのではないでしょうか。

    また、ルールを制定していないというのであれば、今後同じように天皇陛下のお体の許す限り、政府は天皇陛下との会談を用意することが出来ます。外交上、天皇陛下は海外からは元首として見られています。オバマ大統領が頭を下げたことからも明らかですが、日本で一番偉い人と思われているわけです。
    その天皇陛下と会えた国と会えなかった国を作ってしまう事自体が、政治利用と言わざるを得ません。内閣の方向性によって、国家間に差を作ることになります。それは日本の国益に反することではないでしょうか。

    もし1ヶ月ルールが不適格というのであれば、立法でルールづくりをすべきでしょう。それをしていなかったから役所が急ごしらえでルールづくりしていたとも考えられます。立法府の怠慢も同じように指摘すべきかと思います。

  5. ismaelx より:

    1ヶ月ルールは1995年にはじまったそうです。理由は、外務省が言ってくるのが遅くて陛下のスケジュール調整が間に合わないこともあったため。2004年のガン手術以降は、高齢や体調もあって厳格に守ってくださいということになりました。

    陛下が外国要人を引見するのは、国事行為ではありません。憲法を見てください。この点では、小沢人民軍野戦司令官は完全に間違ってます。

    そういうわけで、強引に引見を押し付けた鳩山内閣は、「大事な大事な中国様」のために陛下を「政治利用」したのです。習副主席を陛下にどうしても会わせたいという小沢人民軍野戦司令官のご希望でしょう。これ以外のことは本質ではありません。

  6. michaelshu1975 より:

    再度コメントします。
    あなたのいう国事行為とは何でしょうか?これに対する理解が不足しています。正確な理解に基づいた意見を発表すべきではないでしょうか。

  7. 海馬1/2 より:

    小沢氏は「記者」を叱ったつもりなんだろうが,報道でいかようにも加工できるということを失念している。 陛下に感謝する発言のみでとどめておけば良い。 

  8. shlife より:

    私は、北村氏や小沢氏の意見は妥当な内容と思います。
    天皇陛下や国事行為を法の上で定め、国民が尊んでいるのだから、それらは政治的な事でしょう。「政治利用しない」のは理念であって、本当に利用しないのなら陛下に平民のような価値の低い状況になっていただかないといけない。

    「兩陛下訪問が増えていない発言」も羽毛田氏だったとは驚きでした。訪問について意見があれば、直接お伝えするか、手紙ででお渡しするなりの手段があったはずなのに、マスコミに訴えるとは相手の立場や思いを尊重しない人なんでしょう。
    このような人が長官の地位にあることは、自己中心的な人が権力を持っている訳で、国民や民主主義にとって怖い事です。

  9. hiho21 より:

    12月16日に自民党の検証特命委員会が開かれ、そこで宮内庁職員が説明しており、やりとりがネットで公開されています。産経記者による貴重なレポートです(アビルさんという方のブログ)。
    宮内庁職員によると「一か月ルール」は平成7年に宮内庁が文書で通知したが、外務省などが守らないケースが多かった。平成15年には陛下の手術もあったので、今後はルールを守って欲しいと、翌年に再通知したとのことです。それでも翌17年のタイ上院議長の場合は期限を切っていた。しかし、スマトラ地震もあったので受け入れたとのことです。
    「一か月ルール」を破るのが憲法違反だとすれば、事務上の失念も含めて過去には再三の違反があったのです。それは問題視されず、今回は問題化する、その差はどこにあるかがのみこめません。これは何なんでしょうか?
    北村さんの記事に励まされたことに、感謝の一筆。