NTT問題の最後の締めくくり - 松本徹三

2010年01月21日 16:46

月曜日の記事の続きです。流石にもう言うべきことは全て言い尽くした観があるので、これからまた何かよほど変なことが起こったり語られたりしない限りは、この件についてのブログ記事は、私もこれを最後にして、出来れば3月ぐらいに1冊の本にまとめてみたいと思っています。

情報通信関係でも、「放送とネットの融合」「電子出版の潮流」「ネット文化論」「Twitterの潜在力」「周波数問題」「パソコン斜陽論」「携帯端末とネット家電の結合」「デジタルデバイド解消策」等々、論じたい問題が山積していますし、経済、産業、社会保障、教育、医療、環境、外交、防衛、等々の各分野でも、書きたいことが結構たくさんあるので、いくら執念を持っていても、いつまでもNTT問題にばかりかまけていられないのも事実です。

そういうわけですので、今回だけはよろしくお付き合い下さい。


さて、私が書こうとしている本のタイトルは「ICT立国論」です。「立国論」というからには、「何らかの国家政策が必要である」ことを論じるのだろうと思われるでしょうが、まさにその通りです。

私は、本来は市場原理主義者ですが、この分野は、レセ・フェールの自由競争だけではうまくいかないと思っています。何故なら、通信ネットワークというものは、「道路」や「水」や「電気」と並ぶような基本的な国民のインフラだからです。(だからこそ、もともとは国が所有する電電公社が独占的に運営していたのです。)

しかし、「道路」の上を走る乗り物は様々であり、また、鉄道や航空機という別の輸送手段もあります。「道路」自体は国や地方自治体が建設して所有するものですが、それ以外は民間の自由な競争に委ねられています。(この考えに基づき、昔の国鉄も分割民営化されました。)自動車に至っては、世界市場で最も熾烈な競争が繰り広げられています。

通信ネットワークというものは、「道路」にもたとえられる「物理層としての回線」と、「その上を走る様々な乗り物」にもたとえられる「ミドルレイヤ・アッパーレイヤのネットワークサービス」の二つの要素から成り立っています。現在のNTTが抱える問題の本質は、NTT東・西という「物理層の上で動く様々なネットワークサービスを運営し販売する会社」が「物理層であるアクセス回線」自体も保有し、この回線のうちの一定容量を直接競合する他社にも売っているということです。

これは、言うなれば、トヨタ自動車が道路公団を併営しているようなもので、考えてみると極めて異常な状態とも言えます。「トヨタの車だけは通行料を安くしているのではないか?」「トヨタの車だけが快適に走れるような何らかの隠された仕掛けが、道路の中に埋め込まれているのではないか?」「競争相手の車は、ある日突然、乗り入れを拒絶されることもあるのではないか?」等々という疑惑がいつも付き纏うからです。

このような二つの異なった要素を自社の中に並存させているNTT東・西の立場も、決して快いものではないでしょう。

「アクセス回線」の部分は本来「自然独占」に近いのに、なまじ電力会社系の光通信会社やケーブルTV事業者が競合している形になっているので、シェアを取りすぎて独禁法に抵触しないように、いつも気を使っていなければなりません。「光回線を地方にも洩れなく敷設して、デジタルデバイドを防ぐ」といったような、「本来は国が取り組まなければならない課題」も、一営利企業の身でありながら、自ら一身に背負わなければなりません。

従って、NTTの組織問題についての私の提案は簡単明瞭です。現在のNTT東・西から、「アクセス回線の建設・運用・卸売り」を行っている部門を分離し、「0種事業」として独立させることです。その他の部門はこれまで通りアクセス回線の局側にある施設を建設・運用し、それが可能とする諸サービスを、他社と競合しながら最終顧客に売っていけばよいのです。

つまり、これまで一つの会社の中に含まれていた「道路会社」と「自動車会社」が分離されるということです。「道路会社」の方は「公共の利益を考えるべき国策会社」と位置づけられますが、「自動車会社」の方は、競合する他の「自動車会社」と全く同じ立場で、何の縛りも受けず、自由闊達に仕事をしていけばよいということです。

そうなると、「東」と「西」の二つに会社が分かれているのも意味がありませんから、一緒になっても一向に構わないと思います。場合によれば、NTTコムも一緒になったって構わないかもしれません。アクセス部門を分離した後の会社を縛るものは、もうあまり何もなくなるでしょう。この会社は、もはや何の気兼ねもなく、最新鋭のNGNをガンガン建設し、これを梃子に海外雄飛も試みていけばよいのです。

こうすることによって得られるメリットは何でしょうか? 

先ず、競合する通信事業者の間では、透明な環境下での公正競争が完全に保証されます。審判がホームチームのボスの影響下から脱するので、中近東でハンドボールの試合をするような事態は、もう起こらないのです。これによって、「競争が可能なところでは、完全な公正競争が行われるようにする」という「国のICT政策の第1テーゼ(自由経済分野)」とも言うべきものが、確実に実現されます。

次に、「競争が困難なところ」即ち「自然独占に近い分野」では、純粋に「ユーザーの立場」から、或いは、長期的な観点にたっての「国益の実現」という観点から、国民の、国民による、国民の為の「基幹インフラ会社」を設立することが可能になります。つまり、「国のICT政策の第2テーゼ(社会政策分野)」の実現です。

具体的には、「どのような施設を建設し、それをどのように運用し販売していけばよいか」を、衆知を集めて考え、基本方針を策定した上で、NTT東・西から分離された「0種事業体」にその経営を委託すれば、最も合理的な形で、「ユーザーの利益」と「長期的な国益」が実現出来る筈です。

「このような『親方日の丸』的な会社を作れば、たちまちのうちに放漫経営に陥るのではないか?」と心配される人も多いでしょうが、私は心配しません。過去を引きずった「道路公団」等、既に多くの反面教師がいるのですから、その徹を踏まないように、あらかじめマネージメントとガバナンスのあり方をきっちり決めておけばよいのです。

NTTがやっている現時点では、「企業秘密」ということで、多くの情報が非公開になっていますが、「公益会社」という立場が明確になれば、全ての情報は公開され、衆人環視の下で経営が行われるのですから、間違いを犯すのは難しくなるでしょう。

もともと、電電公社時代には、サービスの価格はコスト+フィーで決められ、監督官庁がそれを監視することになっていました。このようなやり方では、革新的な手法の導入や、合理化によるコストダウンのインセンティブが働かないので、競争原理に全てを委ねる方法に比べると、経営効率が格段に劣ることになるのは明らかです。しかし、独占企業体でやらなければならない分野では、それしか方法がないのだし、そうするのが最も合理的であると思われます。

「通信アクセス回線の建設と運営」を何故独占企業体でやった方がよいかと言えば、先ずはコストです。二地点間を結ぶ道路は一本で、各家庭に引き込まれる水道管も一本なのは、二本引く場合と比べれば単純にコストが半分になるからです。

それ以上の問題もあります。「サービス」と「物理的な回線」が一体になっていると、ユーザーとしては、「一旦一つのサービスに加入すると、いくらよいサービスが新しく出てきても、乗り換えるのは難しい」ことになってしまうのです。古い回線を撤去して新しい回線を引き込む工事など、ユーザーとしてはご免蒙りたいのです。

つまり、回線敷設事業というものは、創意工夫で勝負できる分野ではなく、規模の利益を持つものが圧勝する性格を持っていますから、この分野を競争させると、ここで圧勝した会社が全てのサービスを吸い上げてしまう構造になり、却って「サービス分野での競争」を阻害してしまう結果になりかねないのです。

それでは、このような公益的な新会社の設立によって実現出来ることは何でしょうか? それは、一にも二にも、光アクセス網を全国規模で一気に敷設することです。これまでの体制では、これはNTTに期待するしかなかったのですが、それは無理と言うものです。普通の営利会社なら、無理をせず採算が確実に取れるところからゆっくりやるのが当然だからです。現実に、NTTの光回線計画は当初の目標値を大幅に下げてきていますが、これをもってNTTを批判するのは筋違いです。

「何故、無理してまで、そんなことをやるべきなのか?」、「何故、国策会社でやれば採算が取れるのか?」という質問が当然あるでしょう。下記がそれに対する私の答えです。

1. 無線で対応できる情報量には限りがあり、いずれは光通信網に頼らねばならなくなるのは明らかである。(地理的条件から言っても、日本は光通信網に向いている。)それならば、公共投資的なものを動員してでも景気刺激策が必要な現時点で、これに対する「先行投資」をするのが得策である。

2. 計画的な先行投資を行えば、建設費が大幅に安くなる上、現在メタル回線上でやっているサービスが同条件で光に移行出来るようにしてやれば、メタル回線も一挙に撤去することが出来、保守・運用の二重構造が解消出来る。(これは、国民経済的にも極めて大きなコストダウンとなる。)

3. 回線の付け替え工事を前倒しすることにより、膨大な数の「NTT及び周辺の工事業者の中高年技術者」が定年退職の時期を迎える迄、その雇用を確保することが出来る一方、ブロードバンドインフラの上で行われる多彩な新サービスが、多くの若年労働者に新しい雇用機会を提供する。(このことについては、昨年8月3日付の私のブログ「雇用を確保しながら労働移転を行う方法」をご参照下さい。)

4. 光通信網の全国展開は、「デジタルデバイドの解消」と「広域テレワーク環境の整備」を実現し、「地方活性化」の為に、これまでの全国規模での道路整備にも匹敵する効果をもたらす。

5. 光通信網は、現世代が将来の世代に残すべき公共インフラとしては、戦略的に最も価値があるものと思われる。高度なICTの実現は、政治の透明性を増して「真の民主主義の確立」に寄与し、企業と行政の生産性を高め、国民の文化的生活の質を向上させる。「教育の質の向上」を全国規模で一気に実現し、医療コストを下げ、CO2の削減にも大きな貢献をする。

6. 上記2)の経済効果により、採算は十分に取れるし、事業性(リスク評価)は事前に検証が可能である。従って、政府保証さえつけてもらえれば、この会社の社債は海外でも売れるし、海外での日本のイメージの改善にも役立つだろう。(事業リスクが極めて少ないので、政府保証をつけたとしても、将来とも「税金の投入」を余儀なくされるような可能性は皆無に近いだろう。)

このようなことは、何も私一人の考えではなく、多くの人達が既に色々な場で言っていることです。昨年の末には、原口総務大臣が「原口ビジョン」を発表されましたが、この中にも同様の考え方が包含されていたので、私としては大いに意を強くした次第です。

松本徹三

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