何だか「アゴラの宣伝」のようなタイトルになってしまいましたが、原淳二郎さんのおかげで、私が「今後のメディアのあり方」としてひそかに求めていた「プロフェッショナルで建設的な双方向の議論」が成立しつつあります。これは大変嬉しいことです。
新聞の論説に対しては、コメントや反論の方法が全く無く、雑誌でも基本的には同じである上に、議論が往復するのに時間が経ちすぎます。しかし、アゴラでは、場合によれば即日、時間がかかったとしてもせいぜい4-5日で議論の往復でき、しかも十分な紙数を費やして議論することが出来ます。
というわけで、少し専門的な話題になり、ご興味のない方も多いかもしれませんが、今一度NTT問題の議論に耳をお貸し下さい。
先ずは「原さんもNTTにオルグされたのではないの?」という、私の下司の勘ぐりに基づく誠に失礼な言辞については、重々お詫びいたします。機会があればどこかでお目にかかり、親しくお話し出来ればとも願っております。
さて、NTTの組織改編問題については、あまりに色々な政治的な工作や「はぐらかしの議論」がなされてきた為に、私のような「攻める側」の人間の話も、どうしても拡散していく傾向がありましたが、原さんの今回の記事によって、「核心の議論は、突き詰めれば下記の一点に絞られる」ということが明確になったような気がします。その点でも、原さんの今回のご指摘には大変感謝しております。
それは、要するに、「光アクセス網を建設し運営する部門を、現在のNTTの組織から分離するべきか否か」という一点ではないでしょうか?
私を含む何人かの論者は、「分離しなければ、『不公正な競争』或いは『無競争』となり、最終的にユーザーの利益が損なわれる。また、経済合理性の欠如故に、全国網の建設が遅れ、デジタルデバイドの解消も遅れる」と主張しています。
これに対して、原さんを含む何人かの論者は、「現状でも競争は存在しているし、また可能でもあるから、その必要はない。『不公正な競争』が強いられる状況があるなら(出てきたなら)、その時点で『独禁法違反』として争うべきである」と主張しておられ、また、「『全国的な光通信網の建設は(NTTに任せるのではなく)国家事業としてやるべき』というような考えは、あらたな『親方日の丸会社』を作ることになり、時代に逆行する」と考えておられるようです。
ということは、この両者の主張を十分に検証して、「最終的にどちらの言い分を取れば、国民の利益につながるか」を十分に議論することこそが、今最も必要なことであり、逆に言えば、「そのことさえしっかりやれば、NTT再編問題の核心は解きほぐせる」ということにもなるのではないでしょうか?
それでは、各論点への言及を進めます。
先ず、いつも言われる「メタル回線は独占時代から引き継いだものだが、光回線は民営化の後、ヨーイ・ドンではじめたものだ」という議論ですが、これは単純に「時期」の問題を言っているだけであり、「明治時代から電柱やトウ道を既に所有しているNTTと、これを所有していない新規事業者(電力会社については後述)が、同じスタートラインで競争できる」ということを意味しません。
「現在の水道の水はまずい」ということで、おいしい水を供給する第二水道会社を作ることを誰かが思い立ったとしても、各家庭まで新たに水道の管路を施設することは、たとえその為に新しい法律を整備して貰えたとしても、100年経っても回収できないようなコストがかかるでしょう。通信回線の場合は勿論それよりはましですが、基本的には似たようなところがあります。
唯一つの例外は電力会社であり、従って、東電や関電は、実際にアクセス回線を施設してNTTに対抗することを試みました。
先ず、現状を見ると、関電傘下のケーオプティコムはなお競争を志向していますが、東電はギブアップしてKDDIが買収、中部電力もKDDIの傘下で「アクセス網はあきらめ、幹線網に特化する」方向で再建中です。九州電力や北海道電力などは、そもそも最初から幹線網のみに特化する方向で健全経営を果たしています。
さて、ここからが議論の核心です。
原さんのおっしゃるように、「現状では、一応KDDIやケーオプティコムによる競争が存在しており、誰も公取に対する提訴はしていないのだから、何も変える必要は無い」ということで、このままの状況を放置したら、これからどういう事態が生じることになるでしょうか?
先ず、NTTとしては、光通信網の施設計画は自社の総合的な営業判断に基づいて好きなようにやり、採算上のリスクのある地方での光アクセス網の整備は、無理をしてまでやることはしないでしょう。(現実にNTTは当初の光通信網建設計画を大幅に下方修正しています。)このことがもたらす国家的損失については、別の次元の話になるので、後で議論します。
次に、KDDIやケーオプティコムと競合する関東や関西の大都市圏では、回線の「卸売価格」を下げたり、分岐貸しをしたりして、「それを利用して通信サービスをする会社」を利するようなことは絶対にやらず、あくまで自社のNGN、及びその上で動く種々のサービスを一体化した「総合サービス」で、他社に競争を挑むでしょう。(この辺のところは、昨年11月18日付の「やっぱりNTTの組織改編は必要だ」と題する私のブログ記事をご参照下さい。)
ここで先ず起こることは、光回線の「卸売価格」は、(少なくとも現在のケーオプティコムの価格レベルで)高止まりするということです。独禁法だけを恐れなければならないNTTにとっては、ケーオプティコムのような会社はなくてはならない存在ですから、合理化によるコストダウンや、それが可能にする価格競争によって、ケーオプティコムのような会社を窮地に陥れるインセンティブは全く持っていないのです。
一方、NTTは、自らによる最終サービスの小売価格は下げてくるでしょう。「小売部門」はチャラパーか、最悪時は損をしても、「卸売り部門」で利益が上げられればかまわないからです。しかし、「卸売り部門」を持たない競合他社はそうは行きません。つまり、これは、典型的な「内部相互補助」であり、それがもたらす完全な「不公正競争」ということになります。
そういう結果が見えているのですから、「NTTの言いなりの価格で回線を借りて、その上で同じNTTが売っている『NGN』に対抗するような通信サービスをやる」というような大胆不敵な会社はなくなるでしょう。そして、そういう会社がなくなるということは、そのことを独禁法で提訴する会社も存在し得ないということになります。(仮に将来の不利益を予測しての提訴が可能であるとしても、審理には長い時間がかかりますし、その頃には商機はもうとっくの昔に失われていますから、そんなことに時間を費やす物好きはいないでしょう。)
ちなみに、現時点では、NTT東・西は、「卸売り部門」と「小売部門」の会計分離すらしていないかのようです。とにかく分離された会計を公表していないのですから、そう考えるしかないのです。「何故監督官庁の総務省がこの公表を強く求めないのか」は全く理解できませんが、おそらくは、「強要する法的根拠が無い」とか「これまでもそこまでは求めておらず、NTTの自主的な判断に委ねてきた」というのが理由なのでしょう。
しかし、仮に会計分離をしたとしても、そうなればそうなったで、NTTは、例によって、種々の間接経費負担を「こちらに重く、あちらに軽く」と色々に工夫して付け替えるでしょうから、結局は似たような結果になってしまうでしょう。やはり、組織分離が一番すっきりしていることは間違いありません。逆に言えば、NTTがあくまで組織分離に反対する理由は、やはりあまりおおっぴらには言えない事なのではないかと思えてならないのです。
さて、このように申し上げると、「分かった。要するに『総合サービスのパッケージ競争』しかないのだな? それなら、KDDI、ソフトバンク、イーアクセス、ケーオプティコム、それに全ての電力会社が一体となって、『第二NTT連合』を作って、ガチンコ勝負をすればいいじゃあないか?」とおっしゃる方が必ず出てくるでしょう。しかし、それはビジネスの現実をご存じない方の机上の空論です。
現実には、「先行メリット」と「規模の利益」を併せ持ったNTTの「光NGN全国サービス」に対し、「寄り合い所帯の連合軍」が「同様のトータルパッケージ」で競合しよう等という話には、とても乗れたものではありません。企業というものは、色々な選択肢の中から「意味のある仕事」を選ぶのであり、「捨てる分野」を見極めることによって生きているのです。
電力会社は、そうでなくとも、「新送電網」とか、「グリッド発電システム」とか、やるべきことが山積みしているのですから、「既にあまり妙味のない事が分った通信ビジネス」等には、本気で取り組まないでしょう。ソフトバンクのような会社だって、勝算のない勝負に賭けるぐらいなら、アッパーレイヤーのインターネットサービスのビジネスに回帰する道を選ぶでしょう。
となると、通信ビジネスの根幹においては、せっかく先人が努力して道をつけた「競争環境」はもろくも崩れ、再びNTTの独占となるでしょう。そうなると、NTTは再びゆったりした時間感覚で仕事をするようになり、価格は長期にわたって高止まりするでしょう。
1月12日付のブログ記事で原さんもご指摘の通り、かつてソフトバンクがADSLの価格破壊が出来たのは、当時のNTTが「時代の流れ」に押されて、比較的寛容な「メタル加入者回線の開放」をしてくれたからです。しかし、NTTはこれを誇りに思うどころか、「大失敗だった」と考えており、「そんなことはもう二度としたくない」と考えているようですから、再び独占体制に戻れば、ADSLのようなことはもう二度と起こらないでしょう。(昨年の4月7日付の「目に余るNTTの独占回帰の試み」をご参照下さい。)
多くの人が未だに理解しておられないと思いますが、NTT問題の本質は、実は、競合他社の関心事というよりも、「一般ユーザー」と「国家」の関心事であるべき問題なのです。(だからこそ、私も、アゴラでこの問題を論じているときは、極力勤務先のソフトバンクの立場を離れ、「国」と「一般ユーザー」の目線に立って議論しているつもりです。)
一旦NTTの独占回帰の流れが出来てしまえば、競合会社は多くの仕事をギブアップせざるを得ず、その時は相当ブーブー言うでしょうが、一旦ギブアップしてしまえば、後はもう痛くも痒くもない話になります。しかし、一般ユーザーは、「サービスの停滞」と「価格の高止まり」を長期間にわたって覚悟せねばならなくなります。そして、情報通信の力でこれから国の競争力を上げていかなければならない日本という国は、その可能性を大きく制限されざるを得なくなるでしょう。
もう一つ難しい話があります。それは全国のケーブルTV会社の将来です。NTT のNGNは、本来、圧倒的な数の映像を色々な形で送信出来る能力を生かしてこそ、その価値が倍加されるものですし、当然そのようにデザインされている筈です。もしNTTが解き放たれて放送の世界に進出したら、地方のケーブルTV会社はひとたまりもないでしょうし、ケーブルTVの覇者であるJCOMとて安心してはいられないでしょう。(現在はHOGという事業体があり、番組供給は誰でもが容易に受けられるようになっていますから。)
そうなると、国とNTTとケーブルTV業界はひそかに話し合って、一番弱い会社でも生き残っていけるような「サービスと価格のパッケージ」で我慢することを、一般ユーザーに強いる結果にならないとも限りません。万一にもこんなことになれば、「放送と通信の融合」も糞もなくなってしまいますし、もう夢も希望もなくなるのです。特に「地方」は大きく遅れることになるでしょう。デジタルデバイドの解消はおろか、中央と地方の格差は更にひどいものになるかもしれません。
これでまだ議論はやっと半分です。最後の結論は、「国の情報通信(含放送)インフラのグランドデザインが、今こそ求められている」ということにならざるを得ないのですが、NTTの組織再編問題は、この結論と切っても切り離せられないものになります。
しかし、今回はこれ以上長く付き合っていただくのは恐縮ですから、この続きは数日後に投稿させて頂きます。もうしばらく我慢してお付き合い下さい。
参照:
・松本さん反論ありがとうございます – 原淳二郎(ジャーナリスト)
・NTT問題での原淳二郎さんの投稿に感謝する – 松本徹三
・進歩ないNTTあり方論議 – 原淳二郎(ジャーナリスト)