グーグルの中国撤退はアメリカの対中政策に影響を与えたのか ―中川信博

2010年02月10日 12:28

本年の1月グーグルが中国のビジネスから撤退を表明したことに対する評価が、日本やヨーロッパ、アメリカのみならず中国国内のハッカーたちからも支持されていることは驚きである。この決断にはグーグル創始者のひとりで、幼児期をロシアで過ごしたことのあるセルゲイ・ブリン氏の意向が強く反映したと報道されている。


リアリズムとリベラリズム
国際関係理論には大きく2つの思想がある。第一次世界大戦終了後にヨーロッパのエシュタブリッシュメント達の間で「どうしたら悲惨な戦争を防げるのか」と考える人と「どうしてこのような戦争が起こるのか」考える人が現れた。大まかに前者をリベラリズムと称し、後者をリアリズムと称している。

リベラリストたちは戦争の原因を多くは貧困と無秩序にあると考え、経済的に相互依存を高め相互が豊かになり、世界政府を樹立して秩序を回復すれば戦争は起こらないと考えた。これが国際連盟や国際連合の基本構想であり、ビルダーバーグ会議やダボス会議のような経済会議である。―ソ連という組織も共産主義の国連という意味ではこの範疇になる。しかしポルシェビキがロシアを占領してからレーニン、スターリンはロシア的リアリストになった―

一方リアリストは戦争の原因を「パワー」の不均衡と考えた。そのパワーとは軍事力、特に陸軍力とそれを整備するための経済力のことであると考えた。国家は生き残りをかけて行動する。そのためには必然的に敵から攻撃を受けないように軍事力を整備する。そして一国がその地域でパワーを相対的につけ、バランスが崩れたとき戦争が起こると考えた。戦争を抑止するためにはパワーのコントロール、すなわち「バランス・オブ・パワー」が必要だと考えた。各国の安全保障担当者のほとんどがこのリアリズムの原理で考えている。―唯一日本を除き。自衛隊の高官はリアリストだがそれを発言すると、くびがとぶことになる―

ハッカーの倫理
ベッカ・ヒネマンの著書で「リナックスの革命―ハッカーの倫理とネット社会の精神―」によるとハッカーとは「プログラムを書くことに情熱を燃やす人たち」で「情報の共有は影響力大の絶対の善であり、自分の専門的知識を広く公開するのはハッカーの倫理的義務であり、自作のソフトをフリーで提供したり、可能な場合は情報やコンピュータ資源に誰でも簡単にアクセスできるようにすべきだ」と考える人たちのことである。―ちなみにハッカーの間ではコンピュータ犯罪者を区別してクラッカーと呼んでいる―

グーグルの創始者たちがこの「ハッカーの倫理」を保持していることは間違いない。そうでなければグーグルが人々の―特にハッカーの―、これだけの支持と成功をおさめることはできなかったはずだ。ハッカーたちが、リベラリストが考えた「自由貿易を基本とする経済相互依存が高まれば世の中が民主化し平和になる」と考えたように、「情報の共有とその自由化が進めば世の中が民主化し平和になる」と考えたことは想像に難くない。

ラリー・ペイジ氏とセルゲイ・ブリン氏、そしてエリック・シュミットCEOは中国政府の検閲に協力することに対して道徳的なジレンマを強く感じるようなったとしている。ブリン氏は「グーグルの良心」としての役割を果たし、「道徳的であれ」というモットーを忠実に守ってきた人である。三氏はグーグルが中国にとどまり、中国の政治体制に従いつつも変えられるところは変えていく努力をすべきか、あるいは中国から撤退するかで衝突し、激しい議論に発展したという。

ハッカーのリアリズム
グーグルの撤退は彼等ハッカーたちの理想が中国という巨大な幻想に飲み込まれ深く傷ついた結果であろう。中国は変わらなかったのである。いや中国政府は変わらなかったのである。情報が一瞬にして飛び交う今日でも「支那」の―この支那とう文字もマイクロソフトの配慮かわからないがMSIMEでは変換しないがグーグルは変換する―という地政学的な意味での性格はまったく変わらなかったのである。

アメリカは太平洋戦略として支那の民主化に一世紀以上取り組んできた。見方を変えればその結果日米戦争が起きた。戦後共産化した支那と一時対立したが、アメリカのリアリストは対ソ連戦略のため支那の核武装とともにデタントの道を選択し、ステークホルダーそしてG2とまで昇格させた。民主党政権はブッシュ政権の野党時代、中国政府にあまい共和党政権を人権問題を含め激しく非難してきた。その民主党が政権に就くなり、ヒラリー・クリントンもペロシ議長も人権の「じ」の字も今日まで発言しなかった。

ネオコンのジョン・ボルトンがグーグルの決断を支持し、クリントン長官は中国政府を激しく非難している現在のアメリカ政府は、中国政策を大きく方向転換を図ったと考える。グーグルをはじめ中国にたいする甘いリベラリストは眠りから覚め、リアリストとして現実に目覚めたのであろう。そしてそのことへの支持がアメリカ政府の対中政策の変更を後押しをしているのである。

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