日経新聞電子版で考える「電子出版物の価値とは何か?」 - 磯崎哲也

2010年03月26日 16:40

日本経済新聞の「電子版」が今週月曜日23日から正式に刊行された。
「紙の新聞を購読してる人はその購読料+1,000円、ネット単体だけを読む人は4,000円」
という価格設定だ。

この価格設定についてのネット上での評判は非常に芳しくない。
「高い!」
「日経、何考えてるんだ?」
「高コスト体質を温存するための価格だ。」
「経済新聞なのに経済的センスが皆無の価格設定。」
等、概ねケチョンケチョンな評価になっている。

ライブドアの「BLOGOS」のアンケートでも「日本経済新聞の電子版は成功すると思う?」という問いに対し、8割の人が「思わない」と答えている。
http://news.livedoor.com/article/detail/4628980/

ネットの「集合知」で世の中の真実がわかると思っている人は、こうした意見からみて「日経電子版は失敗する」し「日経はネットにおけるビジネスセンスを欠いている」と思われるかも知れないが、果たしてそうだろうか?

さらに、大手新聞各社の赤字決算や新聞購読者数の減少も報道されているので、既存の新聞社はすべて絶滅の方向に向かって進んでいると思っている人もいるかも知れない。
実際、すでに公表されている日本経済新聞社の平成21年12月期決算では確かに営業利益段階で既に72億円の赤字であり、昨年度より222億円も利益が減少している。

■日経新聞に対するニーズは激減しているか?
ここで、世間の日経新聞に対するニーズをデータから見て見よう。
日本経済新聞社は、決算や業務の概要の詳細なデータを有価証券報告書で開示しており、EDINETで閲覧することができる。

この有価証券報告書の業績等の概要で開示されている毎年の日経本紙の部数は以下の通りだ。

平成17年12月期:310万部
平成18年12月期:311万部
平成19年12月期:312万部
平成20年12月期:312万部
(12月の新聞販売部数、国際版を含めた定数)

「新聞社が公表する発行部数なんて信じられない」という人も多いかと思うが、有価証券報告書の虚偽記載は、金融商品取引法で最高で十年以下の懲役と千万円以下の罰金の併科という重罪である。日経がそれを知らないはずはないから、一応、この数字は信用するしかないだろう。
(ただし「各年の12月の」販売部数であって、年間の各月の平均でないところに注意する必要があるかも知れない。また、今月末に平成21年12月期の有価証券報告書が提出されるので、そこで発行部数がどう変化しているか要注目である。)

ともかく、上記のデータを見る限りでは、日経の部数は他の新聞と異なり、横這いではあっても激減しているということは無さそうである。
とすれば、昨年に比べて200億円以上営業利益が減少して赤字に転落したのも、主に不況で広告収入が減少したことが原因であり、「日経新聞という情報」に対する購読者のニーズが減少したわけではない、と考えられる。

■「電子出版物は紙の出版物より価格が低くて当たり前」か?
現在「電子出版元年」フィーバーで、電子出版物についていろいろな試みが行われているが、消費者側にも供給者側にも「電子出版物は紙の出版物より安くて当たり前」という思い込みがあるように思えてならない。

特に書籍については「ブックオフ」があるから、「ユーザーが感じている書籍の情報に対する価値はブックオフが買い取ってくれる値段を差し引くと定価の5割程度だ」というのは一見説得力があるように見える。

しかし、ブックオフが扱う出版物の量は、連結売上高600億円の倍としても1200億円だから、2兆円と言われる日本の出版市場から考えると、中古で処分することを前提に購入されている出版物の量は全体の1割に満たないことが推測できる。つまりマクロ的に見れば、ほとんどの人は出版物に定価分の価値があると思うから購入しているわけだ。

確かに電子出版では紙や印刷コスト、物流費がかからない。しかし、その情報に現在の定価の価値を感じている人に対して、価格を下げてやる必要はない。その「情報」が、その出版物でしか得られないと思ってる人に対してはなおさらだ。

ご存知の通り、経済学では参入が自由な完全競争市場では、超過利潤はゼロになるし、ネットでは多くの情報がタダで供給されている。
しかし、「だからネットでは価格は安くするしかない。」というのはアホの考える戦略だ。利益を最大化する私企業の正しい考え方は、「この出版物でしか得られないもので勝負する」ことであって、他者がタダで供給している情報と類似のものを供給していては、いくら安くしようが商売が成り立つわけがないのである。

■有料電子出版物のターゲットは「国民全員」ではない
注意しなければならないのは、前述の「ネット上での日経に対する評価」というのは、はたして日経新聞を購読する可能性のある人の発言なのか?ということだ。

前出の購読部数を見ていただければおわかりのとおり、日経の部数は日本の人口比で考えると3%以下しかない。もともと日本の人口のほぼ全員が、日経に金をはらってないのだ。
そういう日本人全体に「日経電子版が成功すると思いますか?」と聞くのは、実は何の意味も無いのである。

こうしたコンテンツにおける「需要の価格弾力性(価格を変化させたら売れる数がどの程度変化するか)」を考えてみよう。日経新聞は、価格を下げたら購読者は増えるだろうか?

おそらく、「日経新聞4,000円は高いけど2000円なら購読したい」という人はほとんどいないだろう。提供されるビジネス情報に興味が無い人にとっては1円でも高いはずだ。価格を半分に下げても需要が倍になるとは考えにくい。
そして価格を半分にしても需要が倍にならなければ、売上は減ってしまう。当たり前のことである。

(コストの中心が固定費で変動費が無視できると考えれば)、電子的な定期刊行コンテンツの供給者は、

発行部数×単価

を最大にするべきである。
つまり、既存の紙の新聞を4,383円出して購読している人は、それだけの価値を日経に感じているのだから、価格を下げることによって需要がさらに増えるのであればともかく、増加が期待できないのでなければ、電子出版だからといってそこから大きく価格を下げる必要もないし、下げないのが正解なのである。
「1,000円で供給しても粗利は確保できる」という場合でも、である。

「日経新聞4,000円は高い!」と言ってる人の大部分は、おそらく1,000円でも「高い!」と言うので、そういう人達を相手にしてもしょうがないのである。

■新聞の価値とは何か
昨今、新聞に対する批判でよく見かけるのは、「新聞が供給する情報は、今や価値が無くなっている。」ということだ。

確かに、例えば企業が新製品や決算を発表したという情報なら、企業のホームページやTDNETに開示されているプレスリリースを見た方が詳細に書いてある。決算についても、決算短信や有価証券報告書を見た方がよほど詳細なデータが見られる。
政府のリリースや統計等も同様だ。
さらに、ブログ等で専門家が分析しているものを読んだ方が、新聞の記事よりも、よっぽど深くて有意義な場合も多い。
ネットの発達によって、情報の流れ方が大きく変化していることは間違いない。

実は私も、この数ヶ月(紙の)日経新聞の購読をやめていた。新聞紙はゴミに出すのが面倒だし、ブログやツイッターを読んでいれば、特定の領域について新聞よりよほど感度の高い情報が集まる。
日経をやめたらちょっとは困ることが出て来るかと思いきや、全く困らなかったので、驚いた。
ツイッターで聞いてみても、有名な経済学者やコンサルタント、弁護士の方なども、意外に日経その他の新聞を購読してないことが多いことに気付く。

しかし、もともと新聞というのは、そうした「情報の『内容』や『質』」に期待して購読されていたものなのだろうか?

新聞の価値の本質というのは実は「コミュニティ」への話題提供能力あるいは「ネットワーク外部性」なのではないだろうか。

日本ではあまり一般的ではないが、従来のアメリカの新聞は「classified ad.」(日本で言う三行広告)で、一般の人や企業が「売ります買います」といった情報を交換する場が大きな収入源になっていたが、Craigslist というネットのサービスが登場したことによって、新聞が壊滅的な影響を受けたとされている。(ブログ「メディア・パブ」の記事「米新聞社を経営破綻に追い込む元凶」ご参照。)

「情報交換の場」というのは、証券取引所やオークション、SNSなどと同様、他の人が使っていればいるほど便益が高まる「ネットワーク外部性」が働く。つまり、誰もclassified ad.を気にしなければ「引っ越すのでベッド売ります」という広告を出しても意味がないが、その街のほとんどの人が読んでいる新聞であれば、気付いてもらいやすい。

同様に新聞は、その「コミュニティ」に対して「今朝、あの新聞にアレが載っていたよね?」という「話題」を提供していたはずだ。
この「話題の提供機能」には軽いネットワーク外部性がある。みんながその新聞の内容を話題にするようなコミュニティであって、コミュニティの参加者が「話題についていけないとイヤだな」と感じるのであれば、その新聞を購読するインセンティブが発生する。
また、こうしたネットワーク外部性が発生してしまうと、大半の人が一気に他のメディアにシフトしない限り、単独の購読者の判断では、いくら価格が安くても他へ移れない。だからこうしたネットワーク外部性が働くものについては、超過利潤が発生しうる。

そう考えると、アメリカでは全国に無数の新聞が存在しており、日本のような数百万部から千数百万部の発行部数を持つ「全国紙」といった業態が存在しないことも理解しやすいかも知れない。アメリカは他民族国家で街と街の間の距離も離れているので、コミュニティが細分化されているのに対して、日本のように同質性が高いコミュニティでは、千数百万部の売上がある全国紙という業態が成り立つのだ。

日経新聞についても同様に考えられる。
ビジネスをする人の間では、「今朝の日経の何面にアレが書いてありましたよね?」という話題はよく出る。
前述のとおり、ネットで話題になっている話であれば、ネットで検索すれば、より詳しい情報が得られるが、直接対面で話をしている時に「今朝の日経の何面にアレが書いてありましたよね?」と聞かれて読んでないと、「ええ・・・そ、そうですか?」というような返答になってしまって、ちょっとイヤなのだ。

日経新聞に載っている個別の記事の情報に価値が無いとは言わないし、経済教室など他で読めない記事もある。「ネットワーク外部性」的なニーズだけで説明できるものではないが、「日経が何面に何の記事を掲載した」ということを知ってないとビジネス上まずいと考える人がいる限り日経は購読されるし、経済のキーマン達が読んでいると思えばこそ、企業や官庁も日経だけに情報をリークして記事で大きく取り上げてもらえることを希望する。そうすると、ますます「話題」を軽視できない人達は日経を読まざるを得なくなる。
4000円というのはネット上の無料の情報やWall Street Journal、Financial Timesといった海外の経済紙に比べればべらぼうに高い金額にも思えるが、何億円、何十億円というビジネスをしている人にとって、ビジネスの「コミュニティ」内で話題についていけるためのコストとしては、4000円はさほど高くないかも知れない。
繰り返しになるが、日経は全国民を有料会員にする必要はない。国民の数%を会員にできれば大成功なのである。

日経の電子版では「紙面ビューアー」という、日経の紙面のイメージ通りのレイアウトで表示が行える機能がある。
通常のWeb(html)のフォーマットでいくらいい記事の内容が提供されても、少なくとも私はそれに4,000円を出す気はしないのであるが、「今朝の日経の何面にアレが載っていた」ということが2分程度でパラパラと見られるこの機能には4,000円出してもいい。

ネット上の人達の多くは、大事なのは記事の「クオリティ」や「内容」で、その記事を取材して書き上げる記者が新聞社の戦略的差別化要因だと考えているだろう。しかし、いくら「クオリティ」が高くても類似の情報がタダで存在していれば、その情報で超過利潤を発生させることは困難なのだ。

中の人も外の人も全くそう思ってないかも知れないが、ネットの発達した現在における日経の価値は「記者」のアウトプットの価値というより、紙面のどこに何を配置するという「整理部」的な価値なのではないか。

もちろん記者がいなければ記事も書けないしスクープも無いが、それをwebのフォーマットでいくら供給しても超過利潤が発生するわけではない。上記のような前提に立てば、「日経が何面にどれくらいの大きさで何の記事が掲載されたか」ということこそが超過利潤を生んでいるのだ。

こうした「ネットワーク外部性」による価値は、ビジネスコミュニティの多くの人が「日経の情報は気にする必要が無い」と思えば崩壊する。しかし、それらの人が「他のみんなは日経を読んでいるだろう」と考える限り、情報は日経に集まり続ける。

電子の場合、無料のコンテンツのすぐ隣で商売をしないといけないため、競争は厳しい。そこで経営上必要とされるセンスは「他がタダだからうちも安く」とか「記事のクオリティを上げよう」ではなく、「超過利潤を継続的に発生させる構造をいかに構築するか?」というセンスである。

(以上)

参考資料:
週刊isologue第24号:「紙メディアの無い世界」の覇者は誰か?(後編)
http://www.tez.com/blog/archives/001456.html

週刊isologue第51号:■電子出版元年と新聞のビジネスモデル
http://www.tez.com/blog/archives/001605.html

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