人類のために海を田とする技術を ― 石田親弘

アゴラ編集部

考えてみてください、「日本の食糧自給率」が問題となるケースはこのどれかと思われます。

「日本が残り全ての国と戦争する」「日本が敵国に海上封鎖され、同盟国との貿易も不可能になる」「世界全体で貿易が不可能になる」「地球全体の食糧供給が崩壊する」「日本が貧しくなり食糧が輸入できなくなる」どれであるとしても、食糧だけでなくエネルギーの貿易も止まるでしょう。そうなればエネルギーが自給できない日本は空中窒素固定技術による近代農業を続けられないので、それまで食糧が自給できていたとしても自給できなくなるのです。
日本一国での絶対安心には、核融合炉などの実用化か、または生活水準を落として薪炭・牛馬・マメ科緑肥でエネルギーを含めて自給できる必要があります。
逆にそれを目指さないなら、日本一国の食糧自給率など意味のない数値ということです。
ならば問題は、上記の地球全体の食糧・エネルギー供給を維持し、また国際貿易システム、国際平和または同盟と制海権を維持することです。

ここでは「人類全体の食糧・エネルギー(・淡水)安全保障」のために、日本が淡水ではなく海水を用いた食糧・バイオマスエネルギー増産技術を確立することが、日本にとっても人類全体にとっても安全保障となることを述べたいと思います。


まず「地球人全体が今後も生活できるべき、できなければ日本も大損する」こと、「さまざまなリスクに備えるほうがよい」ことを前提とします。

そしていくつか事実を挙げておきます。どれも疑いはないでしょう。
○現在先進国で行われている大規模な農業では、化石燃料を燃やしたエネルギーを用いて空気中の窒素を固定し、肥料としています。農業の問題はそのままエネルギーの問題でもあります。
○食糧・エネルギー・淡水は互いに変換可能です。エネルギーがあれば海水を淡水化でき、淡水があれば砂漠で食糧を生産でき、食糧はバイオマスエネルギーにできます。
○人類はこれから、ピークでおそらく80億から90億の大人口を抱えることになります。そうなれば膨大な食糧とエネルギーと淡水を必要とすることは確実です。
○地球には、利用可能な淡水に比べて海水が圧倒的にたくさんあります。
○海水でも光合成はできます。
○地球表面積を見渡せば、半分以上を占める広大な砂漠・外洋で、十分な日光供給があるにもかかわらずほとんど光合成はなされていません。砂漠では淡水が、外洋では肥料が不足しています。

エネルギーについては温暖化も問題とされ、その真偽も疑われていますが、少なくとも「いくら化石燃料を使っても温暖化の心配はない」かつ「化石燃料は無限にある」ということはないでしょう。そうなれば代替エネルギーの開発は急務です。
それも、風力・太陽光など自然エネルギー、原子力、二酸化炭素を貯留しての石炭火力などいろいろ言われていますが、うまくいかなかったり必要なエネルギーが想像より多かったりするリスクに対する備えとして、代替エネルギーの候補が多いに越したことはありません。
その一つとして、バイオマスエネルギーも挙げられるのは当然のことです。
しかし現行のバイオマスエネルギーには重大な問題があります……大規模農業は化石地下水を浪費するため、おのずから限界があるのです。
食糧を供給することについても利用できる淡水が制約になっているのです。
無論淡水は生活自体にも工業生産にも必要であり、水問題もまた将来の人類にとって重大な制約になりかねないとされています。

ただし、現在の世界全体における農業生産量を制約しているのは、アフリカなどきわめて広い範囲で適切な肥料供給・塩分管理がなされていないことであり、わずかな知識で大きく改善できる可能性があることも書き添えておきます。

それらを考えますと、広い海洋面積に恵まれている日本が「海水を利用した大規模食糧生産」技術を確立しておけば、それは将来の人類のエネルギー・食糧安全保障に大きく貢献するとともに、日本の安全保障としても大きな利益につながるのではないでしょうか。
世界全体でエネルギー・食糧・淡水供給が逼迫し、世界秩序が混乱すれば、間違いなく日本にとっても深刻な事態になるでしょう。
日本一国の食糧自給率などではなく、人類全体のエネルギー・食糧・淡水供給こそ重要な問題であり、それを解決するために日本人はその技術力を生かすべきなのです。

日本の耕地は、高い森林率を強引に耕地化するならともかくそれほど拡大の余地はなく、また肥料も過剰なほどに与えられています。しかし日本の「国土」は、日本が権利を有している海洋面積を入れればきわめて広大になるのです。日本は狭い国ではないのです。
海水でも光合成は陸上とさして変わらず行われ、日本は古来海藻や貝類の養殖を得意としてきました。
それを、肥料(窒素など必須元素)が足りない外洋でも肥料をまいて大規模に行うことができれば、大気中・海水中の二酸化炭素を回収できると同時に膨大なバイオマスを得ることができます。それはバイオマスエネルギーにもなり、また海藻については微生物による発酵産物によってでも飼料化できれば、たとえ90億人が肉を求めてもその需要に応えることができるでしょう。貝類は直接肉に準ずる食糧となり、また周囲では魚も増えるでしょう。
窒素は多いけれど光合成が少ない海域も広くあり、そこでは鉄を散布するだけでも光合成量を増やせるという研究もあり、それに海藻や貝の養殖を組み合わせても多くの食糧・バイオマスエネルギーを得ることができるでしょう。
また日本の優れた先端技術力を活かしバイオテクノロジーによって「海水で育つ稲」を作ることができれば、沿岸の砂漠や洋上のメガフロート水田などで莫大な食糧やバイオマスエネルギーを生み出すことができるでしょう。
現在でもアッケシソウやマングローブなど、海水で灌漑可能な植物は多くあり、それを農業として砂漠地帯で大規模に育ててバイオマスエネルギーとしたり、さらにラクダなど高塩分濃度飼料に強い家畜を通じて食肉・乳製品とすることも、将来の人類全体の安全保障に有益でしょう。

日本の食糧自給率を高めるための海水利用技術は、結果的に人類全体の未来を切り開く可能性があるのです。
人類なくしては日本もない……未来のためにいろいろやってみましょう。
もちろんその技術は経済的にも大きな利益につながるのではないでしょうか。
主に農業を論じる文ですのでここでは述べませんでしたが、軌道エレベーターを用いる宇宙太陽光発電、核融合炉の実用化も、食糧・淡水・エネルギーの制約に対処するために日本が研究すべきことだと愚考します。

コメント

  1. nippon5050 より:

    素晴らしいお話ありがとうございます。

    海水でも育つ稲は盲点でした。

    確かに領海を考慮に入れれば日本は大国です。

    海の有効利用は食料、エネルギー問題においての切り札になりえますね。

  2. ◆◆◆ より:

    非常に重要な提案であり、「海水を利用した大規模食糧生産」の大筋においては強く支持します。
    局所的な話をすると、稲科は塩分に非常に弱くて遺伝子改良したものを広域で栽培するのは現状はリスキーです。またそれらの方法は四季のある日本ではかなり時間がかかってしまいます。
    書かれているように日本は海藻類の養殖は得意で、飼料やバイオ燃料であれば藻類で十分です。
    鉄散布の話も出ていますが、藻類の高速増殖では光量と二酸化炭素濃度が効いてきます。工場で排出された二酸化炭素を海水のプラント内で濃縮するだけで大量のエネルギーが確保できる可能性があります。さらに日本には、時間のかかるバイオテクノロジーや品種改良ではなく、短期間で海水で育つ作物を量産することできる可能性のある伝統技術があります。

  3. ◆◆◆ より:

    (後半欠けていたので続き)
    その技術とは接ぎ木(ツギキ)です。
    記事にも出ているマングローブや、ヤシ科の植物などの塩分に耐性のある木に、
    食用果実のなる樹木を接ぎ木することができれば、
    遺伝子改造や品種改良をすることなく
    短期間で広範囲に海洋プラントを作成できます。
    稲だけなら休耕地を戻すだけで自給できますが
    エネルギー問題やそのほかの栄養も考えると
    海上の開拓は非常に価値のあるものなので
    もっと発達してほしいと願っています。