周波数政策と通信業界の競争戦略 ― 夏野剛

2010年04月02日 13:13

慶應義塾大学政策・メディア研究科特別招聘教授

ある国の政策を考えるときにもっとも大事なことは、その政策がNational Benefit(国民利益)を生み出せるかどうかである。特に通信業界のような事業免許制の規制産業においては、政府がどのような政策をとるかによって、国民利益が大きく影響を受ける。

通常、産業の創生期には規制を強くして、揺籃期の企業を保護し、産業が立ち上がると競争を促進することで産業を成長させるというのが資本主義社会での典型的な産業政策である。しかし日本の場合、特に2000年代の10年間は、移動通信業界への規制がどんどん強化されてきた。


この背景には、政策と関係なくいろいろなイノベーションが起こり、いわば勝手に産業が成長したところへ、官僚が規制を強化することにより影響力を行使しようとしてきた過程があると言える。政府が2Gや3Gなどというネットワークインフラを中心とした政策論を論じている間に、iモードに代表されるデータ通信サービスやカメラ付き携帯、おサイフケータイと言ったユーザーにわかりやすいアプリケーションが、政策と関係なく次々と生まれ、通信産業の成長の原動力となった。

ところが自律成長してきたこの通信業界に、ビジネスモデルにまで政府が介入することで、産業の成長に大きなブレーキがかかったことは、ここ2年間で実証済みである。結果として産業の成長が止まっただけでなく、新しいサービスが海外のスマートフォンの導入という形でしか実現しないという、ケータイ先進国であったことが嘘のような状況に陥ってしまった。

しかし失敗は、それが学習につながれば、決して悪いことではない。この2年間の失敗を将来につなげるために、我々は何を考えなければならないのだろうか。
もっとも重要なことは、国際的なハーモナイゼーションをより一層考える必要があるということだ。日本という市場は、人口減少過程にあり、縮小傾向の市場である。拡大傾向にあれば国内中心思考でも十分な経済規模を達成することができたが、今では、日本国内のリクツで技術やルールを選択することは国内の国民利益につながらない市場になってしまった。

その際にもっとも考えなければならないのは、アプリケーションやポータルといった上位レイヤーの話ではなく、通信方式や周波数といった下位レイヤーが重要であることはインターネットが証明済みである。インターネットではTCP/IPがデファクト標準となることで、全世界が共通のプロトコルでつながったが、アプリケーションが世界共通化されているわけではないし、共通化する必要もない。ソフトウェアで対応できる世界は標準化するよりも自由に進化させ、構想させる方が結果としてイノベーションを生み、成長につながるからだ。

そのような観点で日本の通信政策を見た場合、実は大変な議論のすり替えが起こっていることを指摘する人は少ない。目先の問題であるNTT問題にとらわれ、本質的な国民利益よりも小手先のNTTのシェアを下げるという、目標と手段を散り違えた議論が中心となっているように見える。

特に周波数問題について、国内企業が自分たちの利益を優先して考え国際的な視野がまったく欠落していることは大きな問題である。本稿では周波数問題を中心として通信政策を論じてみたい。

いわゆる日本の「ガラパゴス化」と言われるときに、多くの場合がアプリケーションの標準が違うとか、通信方式が独自だとかいう話になるが、実を言うと、周波数の違いというのが根本的なガラパゴス化の要因であることは意外に多く語られていない。これは周波数の専門家が少ないことと、また総務省にも通信事業者も、周波数はいじれないものと半ばあきらめているような風潮があることが影響しているかもしれない。だが、あれだけキャリアの独自性を非難し、ガラパゴス化の元凶はキャリアだと言ってはばからなかった総務省(旧郵政省)自身が、まさに周波数の割り当てでガラパゴスの最初の原因を作っていたという事実は皮肉としか言いようがない。

いったいどういうことか。例えば3GのWCDMA方式は、周波数で言うと世界的に2GHz帯を使っている。しかしこの2GHz帯というのは、電波の性質として直進性が高い代わりに電波が遠くまで飛びにくい。したがって、一つの基地局でカバーできるエリアは比較的狭くなるし、屋内などに届きにくい。そのため、例えばドコモやKDDIは、2Gとして割り当てられていた800MHz帯の周波数を3Gに転用しており、今や主たる基地局投資はそちらに向けているという。一方、ヨーロッパでも同じ問題がでており、ECもGSMで使っていた900MHz帯を3Gに転用することを認めた。すでに欧州の3G規格の電話機はこの900MHz帯対応のものが20%を超えているという。

つまり、日本で売られている携帯電話機は、方式としては同じであるにもかかわらず、欧州では2GHzの電波しか捕まえられない、つながりの悪い電話機になってしまうということだし、欧州の電話機は、日本に持ち込まれた場合、少なくともドコモのネットワークでは日本ローカルの電話機に比べるとつながりが悪いということにならざるを得ない。となると、日本で競争力を持つためには再び日本向けの調整や改造を行う必要があるということだ。ベースバンドチップはマルチ周波数対応可能だろう、という意見もあるが、チップのレベルで対応しても、電話機としてはアンテナ、そしてフィルターなど周波数が変わると調整しなければいけないものがたくさんあり、そんなに簡単にはいかないのが現状である。

では日本は未来永劫特殊な国になってしまうのか。周波数チャートを見ると、GSM方式(及びWCDMA)で欧州を中心に世界的に使われている周波数帯として900MHz帯がある。ここに対応する日本の周波数割り当ては世界と全く異なるものとなっている。

よくよく欧州と比較してチャートを見ると、901-903MHzの防災無線(2011.5まで)とパーソナル無線(2022までのところを総務省としては前倒しで廃止意向とのこと)が廃止されれば、895-905MHz(上り)と940-950MHz(下り)のペアリングが可能になりそうにみえる。ただ、ドコモの875-890MHz(下り)と895-905MHz(上り)の間で、距離が5MHzしかないので2つのシステムの基地局間(ドコモ→他社)及び端末間(他社→ドコモ)の干渉問題については検証する必要がありそうだ。

もし日本で895-905MHz(上り)と940-950MHz(下り)のペアリングでの周波数割り当てを既存の通信事業者に行えば、世界標準端末がそのまま日本に導入できることになる。世界標準端末をそのまま導入できるということは、以前から指摘されてきた「ガラパゴス化」を根本から覆す話となる。もっとも帯域が10MHzづつしかないので、割り当てられたとしても一事業者となってしまう。ここで誰に割り当てるかが次に大きな問題となろう。

ここで競争政策の話になる。参考となるのは中国である。中国では昨年3Gの免許の割り当てが行われ、60%以上のシェアを握る中国移動がTDSCDMA、残り2社が世界標準のWCDMAとCDMAに決まった。つまり最大手はそのバーゲニングパワーを生かして、世界との差別化、独自のサービス開発を促進させる一方、競争力の弱い競合社には世界標準方式で世界中から機器を調達できるようにする。全社が世界標準方式を採用すると中国独自の技術やビジネスモデルの発展可能性が小さくなると考えたと思われる。これを受けて中国移動は猛然と新独自サービスの開発に拍車をかけているようだ。

例えば、Androidを使ったOPhoneというサービスは中国メーカー5社から電話機が供給され、初期画面は徹底的に中国移動にカスタマイズされているので、まるで日本のキャリア専用電話機のようなつくりになっている。グーグルのサービスすら載っておらず、Monternetというiモードと同様のサービスが前面に出ている。また、日本をまねて、RF-SIMという技術を使ったおサイフケータイサービスもスタートした。どちらも米国や欧州の先を行くサービスである。一方競合の2社は世界中の端末メーカーから供給される端末で勝負することになる。付加価値で勝負するか、スケールで勝負するか。どちらにしろ国民にとっては大きく選択肢が広がる。

日本でも同様にしろと言っているわけではない。ただ日本の場合、ビジネスモデルすら「各社一律」に「指導」されているのが、果たして国民の利益になっているかどうかは大きな疑問である。日本独自端末と世界標準端末のどちらがいいか、電話機が安くて通信料が高いのがいいか、電話機が高くて通信料が安いのがいいか、は消費者が決めることであって、メーカーや通信事業者、はたまた官僚が決めることではない。

むしろ過去にドコモとKDDIが違う方式を使っていたことが日本の通信業界の競争に大きく貢献したことを思い出してほしい。もし、全キャリアが同じ方式で、同じ端末を使いまわしていたら、差別化戦略は取れず、イノベーションも起こらず、欧州のように付加価値サービスの発展は遅れていた可能性が大きい。したがってSIMロックの解除などという議論は素人の戯言としか言いようがない。

多様性が健全な競争をもたらし、差別化がイノベーションの原動力となる現在、周波数割り当てを武器として日本の通信産業の競争を活性化し、国民利益の増大につなげて欲しい。今年中に決着するという周波数改編の議論を成長戦略につなげて欲しいと切に願う今日この頃である。

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