市場経済が適切に働くためには「情報」が重要であることは言うまでもない。
株式市場においても、株式の価格や板(注文状況)情報の他に、企業が開示する財務データや株主の提出する大量保有報告書等のデータがある。こうした情報は、取引される株式の性質を知るには欠かせない。
これらの情報を一覧できるのが金融庁のサイト「EDINET」だが、このEDINET、普通の民間のウェブでは考えられないようなキテレツな仕様が多過ぎる。
昨晩ツイッターで問いかけてみたところ、多くの投資家や企業の方からEDINETの使いにくさについて深い同意いただいた。
図表1.EDINETのトップページ
EDINETを使った事がある方はすでに使いにくさにゲンナリされていて説明不要だろうが、使ったことが無い方のためにEDINETの概要を簡単に説明してみたい。
例えば、トヨタ自動車の四半期報告書を検索する場合は以下の通りだ。
1.EDINETのトップページにアクセス。
2.「有価証券報告書等」のボタンを押す。
3.提出者名称に「トヨタ自動車」と入力。
4.検索ボタンを押す。
5.EDINETコード「E02144 」を選択。
6.「 四半期報告書 ‐ 第106期 第3四半期」を選択。
・・・と、これだけの手間をかけないと、目的の情報までたどり着けない。
つまり「パーマネントリンク(固定リンク)」への直接のアクセスができないのだ。
先日来、日経新聞のリンクポリシーがダイレクトリンクを禁止しているということがネット上で大バッシングされていたが、日経はまだやろうと思えばリンクできるだけマシだ。
EDINETの場合、利用者は一度アクセスしたことがある資料でも、再度見る場合には、また上記の手順1からやり直さないといけないのである。
そして最悪なのは、しばらく時間が経つとタイムアウトが発生し、下記のような画面が表示されて、また1からやり直しになることだ。
図表2.タイムアウトの表示
このEDINETの使いづらさを端的に表しているのがEDINETへのアクセス量だろう。
下記は、EDINETと私のブログ(isologue)のトラフィックを比較したグラフだ。
図表3.EDINETと弊ブログのトラフィック(リーチ)比較
(出所:Alexa)
上図のとおり、日本の証券市場を支えるはずの政府のデータサイトが、アクセスがトップクラスというわけでもない私一個人のブログとアクセスが変わらないのである。
(もちろん、発行体各社のホームページ等でも有価証券報告書等は掲載されているし、アナリストが加工した情報が流通するのでも構わないとも言える。また、Alexaはサンプルの分布が偏っているかも知れないので、参考程度に見る必要がある。
しかし、それにしても少ない・・・。)
これで、市場が正しく機能するための情報の流通や、国民の知る権利が正しく確保されていると言えるだろうか?
発行体や株主などは、多大なコストをかけて有価証券報告書等を作成している。また、金融商品取引法では、こうした開示資料の虚偽記載は、最高十年の懲役+1千万円の罰金という重罪だ。企業がそんな苦労とリスクを背負って開示した資料が、たかが一個人のブログと同程度しか閲覧されていないという状況で、適切に証券市場が運営されていると言えるだろうか?
また、そのような、ほとんど誰も見てないような資料の記載で日本中が大騒ぎしたライブドア事件というのは、一体なんだったのだろうか、という気にもなる。
そんなEDINETに対する私の(そして多くの投資家やアナリスト等の)希望は、現在のウェブではごく当たり前の「普通のこと」ができるようにして欲しい、ということだ。
1.直接、知りたいページに行けるようにする。(つまりパーマネントリンクへのアクセスが行えるようにする。)
2.数分使わなかったら最初からやりなおし、などというアホなことはやめる。
3.現在、情報は5年分以前は消えてしまうが、データを永久に開示する。
4.検索エンジンその他、プログラムからのアクセスを認める。
5.プログラムへのインターフェイス(API)も公開する。
現在は、EDINETは「人間」しかアクセスしないことを前提に作られている。つまり企業等が一所懸命EDINETに登録した情報は、グーグルなどの検索エンジンに引っかかって来ないわけだ。
普通に検索エンジンで検索できれば、一般の投資家や政府の職員も、前述のような大変な思いをして資料を探すのではなく、グーグル等でキーワードで検索するだけで、一発で目的の資料に到達できるようになる。
何も特殊なことをやれと言っているわけではない。一般の民間のホームページでも何もしなければそうなっているし、アメリカの同様のサイト「EDGAR」はもちろん、日本の他の政府のサイトでもみんなそうなっている。
また、ダイレクトに情報にアクセスできるようになれば、メールやブログやSNS等のコミュニケーションでも、「この有価証券報告書のココを見てください」等と直接参照することが容易になる。
情報というのは、1人1人が個別にそれを見ればいいというものではない。
図表4.「単なる情報」と「コミュニケーションに使われる情報」
多くの人の間で、「これ、どう思う?」といったコミュニケーションが行われることで、市場が適切に機能するための情報も行き交うようになるし、怪しげな開示資料を出す企業への批判も高まることになる。評価が分かれる開示資料についても、多くの人の目に触れれば、それだけ適切な評価が形成されることになろう。
また、こうした「情報」すなわち「市場」の力をうまく利用することは、結果として行政の監視・監督コストも下げることになるはずだ。
「プログラムで情報が検索できるようにしたら『ハゲタカ的な外資』等と、一般投資家の格差がますます広まるのではないか?」といった勘違いをする人がいそうなので補足しておくが、情報が使いにくい今のEDINETの方が、情報を有料で購入・分析できる「強者」と一般投資家の間の格差を大きくしているのである。
データが5年で閲覧できなくなることも社会的な損失だ。前述の提案のようなダイレクトリンクを使ったコミュニケーションがはじまれば、ウェブ上のデータが消えたらリンクは切れてしまう。これでは昔のライブドアの有価証券報告書など、投資家が証券市場について考えるための貴重な資料が消えて行くことになってしまう。
「あまり過去のデータまで遡ってケチを付けられても、開示する企業も大変だろう」と妙な気遣いをする人がいるかも知れないが、データは保管してあるところには保管されている。つまりこれも、図書館や過去の有料データにアクセスできる人とそうでない人の格差を拡大しているだけなのだ。
また、人間だけでなくプログラムへのインターフェイスAPIを整備して、ちょっとだけプログラミングに詳しい人が、様々な角度からデータを分析できるようになることも、現在では非常に重要だ。
「プログラミングができる人などというのは極めて特殊な人だろ?」「そんな人を優遇することは、かえって市場を歪めることになるのではないか?」と考える人もいるかも知れないが、今や、プログラミングなどというものは我が家の中学3年の息子でもやっている「ごく普通のこと」だ。
iPhoneのアプリで世界総合ランキング3位にもランクインしたことがあるのも兵庫県に住む中学生だ。(関連記事こちら。)
「電子政府クラウド」の構想もあるが、市場経済の根幹である株式市場の情報が公園の水道のように誰でも自由にいくらでもタダで使えるというようにならないようでは、クラウドもへったくれも無い。
APIを解放することで、パソコンではもちろん、iPhoneや携帯にも、ごく普通の人達が便利な分析ツールを提供できるようになる。
市場メカニズムにおいて、こうした情報を分析する機能は非常に重要だし、特に金融の領域ではビジネスチャンスも大きい。こうした市場の情報分析を鍵にした起業が増えることは、日本の成長戦略にも繋がるはずだ。
コストもたいしてかからないはず。
「ムーアの法則」でコンピュータの資源のコストは限りなくゼロに近づいている。
EDINETが私のブログとあまりトラフィック変わらないということは、現在の技術では、ことによると月数万円程度のコストで運用できてしまう可能性があるということだ。全企業のデータが1年分でせいぜい百ギガバイト程度だとすれば、それを保管するハードディスクも今や数千円程度である。
政府が行うサービスなので、実際には多重化や運用要員が必要だろうけど、それでも、個人なら今や月数万円でできてしまうことなら、政府がいくら非効率でも年間何百億円かかるということにはならないはずである。
EDINETだけでなく、東京証券取引所が管理している適時開示情報閲覧サービス(TDnet)の情報も、同様に公開されるべきだろう。
(また、以上は主に開示情報を利用する側の話だったが、開示情報の作成者側にもフラストレーションは溜まっている。)
証券市場が経済のすべてとは言わない。しかし、株式市場は年間数百兆円もの取引がある市場であり、日本の経済の根幹であることは間違いないし、その株式市場に関わる情報が「普通に」使えるということは、経済の成長のためのインフラとしても極めて重要である。
(以上)
コメント
http://g2s.livedoor.biz/
開示情報は普段、こちらのサイトから閲覧させてもらってます。
業界の方はBloombergなどのプロ端末からアクセスするでしょうし、アクセス数を個人ブログと比較してもあまり意味がないように感じました。