誰もがジョブスになれるわけではない - 大西宏

2010年04月19日 12:31

引っかけようという意図があったのでしょうが、「マーケティング的なものは人々をインスパイヤしない」というタイトルのブログがあり、そのなかで、アンケートを多用するのは、マーケティング理論が発展したからって書いてあって驚きました。
マーケティングの理論の発展と、なんでもアンケートで決定してしまえという乱暴な話とはなんの関係もありません。

マーケティング的なるものは人々をインスパイアしない―民主党の支持率低迷から考えたこと


民主党の支持率低下の原因は、ひとつには、マスコミの問題も大きいと思いますが、確かに政策の実行力に疑問を感じさせていることは事実であり、それをさらにマスコミが過剰報道することで負のスパイラルが起こってきているように感じます。これは政治とマスコミ双方の貧困だと感じています。

民主党が人びとのニーズに応えようとしすぎ、かえって支持を落とすという皮肉な結果だということですが、それは「マーケティング」の問題でも、「マーケティング的」でもなんでもなく、たんにリーダーシップやビジョンが見えないだけの問題でしかありません。しかし、その審判は選挙で国民が決めることであって、マスコミが決めることでも、藤沢さんおひとりが決めることでもありません。

しかし、政治にしても、製品やサービスであっても、人びとをインスパイヤする、つまり人びとの共感や感動を呼ぶ新しい価値や体験を提供できなければ駄目だという指摘には賛同します。

市場のニーズに徹底的にあわせるというマーケティングのスタイルもあるでしょうが、ただただ、アンケート結果にあわせて、製品のスペックを決めている改良だけなら、それは改善活動であって、マーケティングとはいえません。あまりにも想像力も創造力もないたいくつなマーケティングだということです。

とくに多くの分野で市場が成熟化してしまった現代では、製品やサービスも高度化し、消費者やユーザーも自らどのようなモノやコトを望んでいるのかはわからなくなっています。
それは、供給側が新しいコンセプトや体験を示さないと自分たちがなにを望んでいたのかも、分からない時代だということです。
ユーザーに潜在するニーズやウォンツはきっとこうだという仮説をたて、潜在的なシーズを駆使すればどのような価値を提供できるのかを考えるのが本当の意味で「マーケティング的」です。

マーケティングにとっても、潜在ニーズとシーズとのマッチングを想定し、新しい価値を創造する力が求められてきているということです。

さらに競争の焦点が、多くの分野で、たんに製品やサービスだけではなく、ビジネスのしくみに移ってきているだけに、ますます発想力や創造力、さらに全体を統合する力が必要になってきており、いまやマーケティングは経営そのものになりつつあるというのが本当のところでしょう。

問題は、それをどうやって生み出すかです。製品やサービスが高度化するにつれ、開発からマーケティングを束ねる組織体制、またその組織を動かし、意思決定するキーパーソンの重要性が高まってきています。
しかし一般的には、日本は、企業活動全体に影響するブランドマーケティングにしても、多岐にわたる部門をひとつの思想やコンセプトで束ねてこそ達成できる新しい価値を創出するというのは、あまり得意とはいえないのかもしれません。

しかし気をつけないといけないのは、誰しもがスティーブ・ジョブスという天才から学ぶことはできたとしても、スティーブ・ジョブスのマネはできないということです。

スティーブ・ジョブスは開発とマーケティングを束ねています。しかもその巧みさは誰もが舌を巻きます。iPhoneやiPadが製品として優れているとしても、売り方を間違ってしまえば、失敗してしまっていたでしょう。
特に、モバイルの分野は、過度に国家が民間に干渉して駄目になった典型例が日本でしょうが、販売推奨金制度で機種価格を下げるというビジネスモデルをやめさせたとたんに、携帯は売れなくなりました。しかし、その盲点をつくように、アップルが取った戦略は、この販売推奨金制度そのものでした。安くiPhoneを売り、一気に普及させるという戦略でした。
しかも、日本では販売推奨金の負担は、機器メーカーが負っていたわけですが、なんとアップルは、通信会社に負担させることを押し通したあたりの、タフニゴシエーターとしての才覚も通常ではありません。
そういったことを思いつくこと自体、スティーブ・ジョブスはしっかりマーケティングを考えているということです。

そして、このブログを書いた藤沢さんは、このようにおっしゃっています。

もし、あなたがある分野で何かを成し遂げようとするなら、常に自分の感性を信じて、自分の直感と、自分の欲望に応じて行動していかなければいけない。リーダーというものは、常にそれだけの自信を持っていなければいけないのである。

あまりにも正しいのですが、正しいと感じさせるものには、つねに落とし穴があるというのが世の常です。
優れたトレーダーの動物のカンの話が語られていますが、たとえば、先物市場での取引で、そういったトレーダーが支えているのは20%もなく、7割近くは、コンピュータのシステムで自動的に行われていると金融の専門家から伺ったことがあります。つまり、金融の世界も、優れたトレーダーの動物のカンがすべてではないということでしょう。

さらに、時代の動向を見通したスティーブ・ジョブスという、経験豊かで、知識も能力も高く、カリスマ性をもった天才を真似しようとしても、それができるひとがどれぐらいいるだろうかというと心許なくなります。

自らの感性や動物的な直感を信じるということは必要ですが、あるいは逆に、あまりにも市場に関する経験や知識が不足していると、それはたんなる思い込みに過ぎないということも多いのです。

ではどうすればいいのかですが、本当に頼りになるパートナー、お互い考え方をキャッチボールしぶつけあえるブレーンを持つことでしょう。それは間違った思い込みになっていないかをチェックする、不足している知識や経験、あるいはアイデアを補強してくれる存在です。日本の成功したカリスマ経営者の多くが、その裏にすぐれた番頭さんともいえる存在を抱えていたということとも重なるように思います。

マーケティングについて言えば、昨今は、インターネットが普及し、しかもSNSやツイッターなどの影響力も高まり、ネットをどう活用するかに焦点が自然とあたってきます。そのなかで、さまざまな手法が生まれてくるのはいいことですが、ともすれば、それがマーケティングそのものだという錯覚に陥りやすいのかもしれません。

しかし、それらはマーケティングの手段や方法であって、どのような人びとに、どのような価値を、どのような方法で提供すれば、人びとの感動や共感を呼び支持されるのか。また競争の優位にたち、消費者やユーザーとの絆を深め、ビジネスを継続的に発展させることができるかの解を発見し、それをさまざまな手段を駆使しながら実行するというマーケティングの本質そのものではないということです。

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大西 宏
株式会社ビジネスラボ代表

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