国策決定に必要な三要素 - 松本徹三

2010年05月03日 11:06

何事につけ、国の将来を変えるような大きな決定をしようと思えば、そのベースとして、大雑把に言って三つのことが必要です。先ずは「ビジョン」、次に「発想(戦略・戦術)」、そして最後の一つは「検証」です。

「ビジョン」、つまり「こうあるべきだ」という確固たる信念がなければ、そもそも何事も始まりません。思いつきの施策では、長期にわたって国民の支持を得ることは出来ません。


しかし、如何に立派なビジョンがあっても、それを実現する為の「斬新な発想」がなければ、構想は入り口のところで止まってしまいます。ここでいう「発想」とは、要するに、「こうすればそれが実現できる」という具体案、つまり、「戦略と戦術についてのアイデア」です。

何故「発想」は斬新でなければならないかと言えば、その理由は簡単です。普通の発想で出来ることなら、ずっと以前に誰かが既にやってしまっている筈だからです。

しかしながら、「大きなビジョン」や、それを実現するための「斬新な発想」が出てきた時、多くの日本人の反応は概ね否定的であるように思えます。「そんなこと、出来る筈がない」とか、「何でそこまでしなければならないのか?」とかいうものです。

これは、別に驚くことではありません。一般の会社でも、誰かが大きな「新戦略」や「改革案」などを提言してきた時の上層部や管理部門の反応は、大体そういうものであることが多いからです。ですから、こういう「新戦略」や「改革案」は、トップダウンでないと、なかなか実現には漕ぎつけられないのが普通です。

人間の遺伝子の中には、元来、「全てを保守的にみて、変化に対して否定的である方が安全だ」と考える傾向が刷り込まれているのかもしれません。一般的に見ると、全てを否定的に見る人達の方が概ね多数派を占め、「改革派」はしばしば「反逆児」と見做されます。「改革派」は、全ての「固定観念」を疑って、これを乗り越えようとしますが、「保守派」は「固定観念」の中に安住することによって、全てのリスクを避けようとしているかのようです。

しかし、こういう「保守派」の持つ気風こそが、万事に「退潮」気味な現在の日本の情況を作り出しているように、私には思えてなりません。逆に言えば、現在の日本の流れを変えるためには、「改革派」による「大きなビジョン」と「斬新な発想」の出現こそが必要だと思うのです。

一般国民の思いもここにあることは明らかでしょう。かつての選挙での自民党の圧勝は「小泉改革」というスローガンがもたらしたものですし、先回の選挙での民主党の圧勝も「政権交代」というスローガンがもたらしたものです。いつの時代でも、国民は誰も、「今のままでよい」などとは思っていないのです。

そういう意味で、私は原口総務大臣が昨年末に出した「原口ビジョン」や、それに続く「光の道」構想を強く支持するものです。

「光通信網の全国展開の必要性」については、私が仕事上は殆ど関係がなかった5-6年前の時点から言い出していたことであり、ここ2年間にアゴラでも何度か自説を展開してきたのはご承知の通りです。ですから、私が今更「原口ビジョンを支持する」等と言うと、「そんなことは当たり前だろう」と、内心白々しく感じられる方は多いでしょう。

しかし、一市民に過ぎない私がアゴラ上でぶつぶつ言っているのと、現政権の総務大臣が自ら語るのとでは、その意義は百倍以上も異なります。これは、まさにトップダウンの「ビジョン」ですから、私は、そのことについての全面的な賛同をあらためて表明すると共に、もう一度自分の考えを確認しておく必要を感じています。

そもそも、私が「光通信網」への思い入れを強くした時期は、私がモバイル通信のパイオニアであるクアルコム(米)の日本法人の社長をしていた頃のことです。モバイル通信の将来性を確信しつつも、無線通信というものの技術的な限界を知っていた私は、「日本におけるインターネット利用の将来の爆発的拡大」と「日本の地理的条件」を考えると、「FTTH(各戸への光回線の引き込み)は不可欠」という確信を持つに至ったのです。

ちなみに、そのことは米国の本社にも伝え、「将来の全ての携帯端末は、モバイルと並存する形で、有線ブロードバンドにつながるWiFiもサポートすべき」と提言しましたが、誰も真面目には聞いてくれませんでした。後に勤務することになったソフトバンクの孫正義社長も、その時期はまだADSL網の拡充に心血を注いでおられた頃ですから、私は、まさか彼が心中で秘かに同じ事を考えていたとは、その時点では全く知りませんでした。

まして況や、後々民主党政権が生まれ、総務大臣自らが、「FTTHの推進」を国策として掲げるに至るとは、夢にも考えなかったことです。むしろ私は、労組に気兼ねする民主党政権下では、情報通信に関連する大胆な改革の可能性は遠のいたのではないかと、内心秘かに危惧していたぐらいだったのです。

さて、ここで、私が「国策決定に必要な三要素」の最後に加えた「検証」の問題に話を戻します。「光の道」構想についても、「ビジョン」と「発想」に続いて、いよいよ、この「検証」が必要な局面へと近づきつつあるように感じているからです。

「検証」は、地味なことではありますが、最初の二つ以上に重要なことかもしれません。どんな有能な人でも、しばしば思い違いをしますし、決定的な事実関係を見落としているようなケースもままあるからです。

現時点でも、色々な分野で、国の政策を決定するに当たって多くの議論が戦わされていますが、その多くについて、議論が噛み合っていないケースが多いように思えます。それは、「事実関係についての正しい認識を先ず共通にして、その上に立って論理的な結論を導き出す」という努力が、色々な局面において極めて不十分だからです。

これは「光の道」問題についても、全く同じです。多くの人達が、「そんなことは出来るわけはない」と言っていますが、事実関係の共通認識を欠いた情況のままで「感想」を語っているだけでは、何の意味もありません。一日も早く、賛成する側も反対する側も、その論拠となる事実関係を示し、それに基づいたプロフェッショナルな議論を開始すべきです。

「事実関係の認識」については、私がいつも驚くのは、最も共通化しやすいと思われる技術的な問題についてすら、議論している人達の間で理解のレベルが大きく異なっているケースが多いということです。ここでボタンがかけ違っていては、その後の議論は全て意味のないものになってしまいます。

技術的な原則については、本来解釈が分かれることなどは滅多にあるものではないにも関わらず、こういうことが頻繁に起こっているのは、技術を理解する人達が、「素人でも本質的な問題を理解できるように、噛み砕いて解説する」ことを怠っているからです。(中には、わざと難しい用語を並べて、論点をはぐらかせ、都合の悪い問題を隠蔽しようとする人達すらいるのですから、困ったものです。)この点では、ジャーナリストの「勉強不足」と「使命感の不足」も、私は大変気になっています。

私の専門である情報通信の分野での卑近な例を一つ申し上げます。

かつて日本に第三世代の携帯電話システムが導入されようとしていた時、多くの人達が、「この技術のおかげで、これまでの電話に代わって、これからはテレビ電話が一般的になる」と言い囃していました。

当時の私は、「ユーザーはテレビ電話などには興味は持たないだろう」ということに加えて、「そもそも、その時点で標準化されていた技術標準では、384Kbpsのデータ容量を使ってしまうTV電話を、数百メートルから数キロの径の中で3人が同時にすることさえ出来ない」という「単純な技術的事実」を言い続けていました。しかし、誰も耳を傾けようとはせず、「そのことを自分の頭で考えてみよう」という意欲を示した人すら皆無でした。

これは何も日本だけのことではありません。欧米でも同じ事が起こり、この為に、「過大な金額で応札した事業者が、後で思惑違いに気がついて、肝心の設備投資を渋らざるを得なくなり、第三世代の携帯通信システムの本格稼動が大幅に遅れた」という、笑うに笑えない歴史的事実があります。

さて、次は、「論理的な検証」の問題です。私自身のアゴラの記事に対するコメントでも、論理的な反駁はあまり見られず、「そんなことを言うのなら自分でやってみろ」とか、「何か思惑があるんだろう?」といった類のものが多いのを、私は若干寂しく思っています。「しっかりと噛みあった論理の応酬は、そもそも日本人にはあまり向いていないということなのか」とついつい思ってしまう程です。

しかし、重要な国策を論じるに当たっては、勿論そんなことで良いわけはありません。誰かに反論する必要を感じた時には、「一つ一つの論点に対して具体的に論駁し、対案を示しながら、そのプロとコンを丁寧に比較していく」という最低限のルールが守られるべきです。

最後にもう一言。

私のアゴラの記事について、時々、「長々と色々なことを書いているが、所詮はポジションペーパーに過ぎないではないか」というご批判を頂きます。しかし、私にはこのご批判の意味がさっぱり分かりません。

そもそも、誰かが何かを言ったり書いたりするのは、「この件については、自分はこう考える」とか、「こうすべきである」ということを言いたいからです。つまり、その件についての自分のポジションを明確にすることが目的なのです。ですから、私には、アゴラなどで物事を論じる場合には、「ポジションペーパー」以外に何を書けばよいのかがさっぱり分からないのです。

勿論、私は、「そういう私のポジション(主張)以外のポジション(主張)があってはならない」等と言っているわけでは全くありません。それどころか、それに反対するような主張を誰かがなされ、それについて喧々諤々の議論をすることこそを望んでいるのです。

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