★★★☆☆(評者)池田信夫
ポスト社会主義の政治経済学―体制転換20年のハンガリー:旧体制の変化と継続
著者:盛田 常夫
販売元:日本評論社
発売日:2010-01
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民主党政権は、郵政国営化にみられるように社会主義への道を歩んでいるが、国家が経済を管理するとどれほど恐ろしいことになるかを見た人は少ないだろう。本書はハンガリーの社会主義とその崩壊を見た著者による証言である。
理論的には、社会主義は効率的に機能する可能性があり、新古典派経済学は分権的社会主義にもっともよく当てはまる。しかし実際の社会主義は、こういう「計画経済」とはまったく無縁の原始的なものだった。官僚には経済理論なんか理解できないので、彼らのとった手法は物財バランス法とよばれる、紙と鉛筆と電話で需給調整を行なうものだった。
これはマルクスの再生産表式を応用したもので、レオンチェフの投入産出分析の原型だが、初期にはコンピュータもなかったので、方眼紙に生産量と原材料を記入し、商品が足りなくて長い行列ができたら生産量を増やすという場当たり的な方式で生産が行なわれた。この不足による需給調整の結果、社会主義圏では行列が日常化し、粗悪な商品やサービスが提供されても、消費者は我慢するしかなかった。
そして資源配分には官僚の裁量が大きいため、経済が「政治化」されて非効率な生産が続けられた。社会主義の長所は、すべての人々に社会保障を提供したことだが、これもその原資となる国家財政が行き詰まると破綻する。著者は次のように書く:
多くの国民は社会主義時代から受け継いだ各種の社会保障制度の利益を最大限に享受しながら、労働スタイルもなるべく変えないように仕事をし、市場経済の恩恵も受けたいと考えている。反政府の立場にある野党はこうした民衆の根拠のない願望を集票に結びつけるために、「ばらまき」政策を掲げる。**の財政危機は、与党も野党もポピュリスト政策を競って選挙に勝とうとした結果から生まれたものである。(p.20)
この**に入るのは「ハンガリー」なのだが、「日本」を入れても通じる。日本でも会社主義(社会主義の変種)が崩壊したのに、ライフスタイルを変えようとしない民衆に迎合して、自民党も民主党もバラマキを競った結果、財政危機に瀕している。これを脱却するには、著者も指摘するように市場原理を徹底するしかないが、それには長い時間を要する。企業を国有化するのは簡単だが、その逆に民営化して市場が機能するためには、契約や財産権などの規範意識が必要で、それは法律を変えただけではできないからだ。
だから社会主義からの脱出は苦しい。それを逃れるために社会主義に戻そうとする政治家が出てくるのも、日本と同じだ。本書はあくまでもハンガリーの事例研究なので、日本に直接応用できるわけではないが、社会主義の恐ろしさを知らない民主党の政治家や官僚には一読をおすすめしたい。