「強い社会保障」という偽善 - 『社会保障の「不都合な真実」』

池田 信夫

★★★★☆(評者)池田信夫

社会保障の「不都合な真実」社会保障の「不都合な真実」
著者:鈴木 亘
販売元:日本経済新聞出版社
発売日:2010-07-16
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社会保障に反対する人はいない。民主党も自民党も「福祉の充実」を公約に掲げ、世論調査では「負担が増えても社会保障が充実したほうがいい」という意見に賛成の人が6割を超える。こう答える人は、すべての人に平等に社会保障の恩恵が行き渡ると想定しているのだろうが、民主党政権のいう「強い社会保障」は本当にそういう理想郷を実現するのだろうか。

このキャッチフレーズの生みの親である神野直彦氏は、「スウェーデン型福祉社会」をめざすという。しかし北欧諸国の高齢者(65歳以上)人口は20%弱でほぼ安定しているが、日本は25%。現役世代3人で高齢者1人を養っているが、これから急速に高齢化し、2023年には2人で1人、2040年には1.5人で1人になる。今年生まれた子供が30歳になるときは、社会保障負担は現在の2倍になるのだ。

この状況で「強い社会保障」と称して給付を2倍にすると、将来世代の負担は4倍になり、所得の半分以上が社会保険料に取られることになる。そんな社会が「安心」とはほど遠いことはいうまでもない。特に現在の賦課方式の保険制度では、50歳以上の受益者とそれ以下の負担者の格差は一人あたり数千万円にのぼる。年金会計は540兆円の債務超過であり、いずれ積立方式に変更することは避けられないと著者はみている。

「強い社会保障と強い経済の二兎を追う」という「神野理論」は、非現実的な「まじない経済学」である。そこで漠然と想定されているのは、失業者を雇って福祉・介護業務に従事させればGDPが増えるという話だが、医療の4割、介護の6割は公費負担で、ほとんど公共事業のようなものだ。成長率を高めるには生産性を高めなければならないが、福祉部門はきわめて労働集約的かつ低賃金で、労働生産性は最低である。二兎を追う者は一兎も得ないのだ。

これに対して著者の提案する政策は、社会保障の徹底的な合理化と、規制改革による民間企業の参入である。無原則な子ども手当はやめ、保育所への民間参入を促進して、バウチャーで競争原理を導入すべきだ。これはほとんどの経済学者のコンセンサスだが、政治的には実現困難である。それは老人や労働組合の既得権を侵害するからだ。

しかし福祉という美名に隠れて老人の生活費の負担を若者に押しつける政策は、遅かれ早かれ政治的に破綻するだろう。日本は急速な高齢化の坂を転がり落ちはじめたばかりであり、税や年金を建て直すことはまだ可能だが、このまま放置すると取り返しのつかないことになる。問題は、有権者が社会保障という名の偽善にいつ気づくかである。

コメント

  1. mary_0423 より:

    >社会保障の徹底的な合理化と、規制改革による民間企業の参入である。無原則な子ども手当はやめ、保育所への民間参入を促進して、バウチャーで競争原理を導入すべきだ
    >しかし福祉という美名に隠れて老人の生活費の負担を若者に押しつける政策は、遅かれ早かれ政治的に破綻するだろう。問題は、有権者が社会保障という名の偽善にいつ気づくかである
    全く同意ですが、同様の政策を掲げる政党・政治家は存在するのでしょうか?選挙に行かない無関心若年層は搾取されても、やむを得ない存在なのでしょうか?ゴルフ場、スポーツクラブ、スパ施設、国内・海外旅行のツアー客の多くは時間とお金を持て余す年寄りで占領されています。新車のプリウスを乗り回すのも多くは年寄りです。
    「貧しい若者から豊かな老人に一人あたり数千万円も再分配する世代間で超逆進的な税・年金システム」は「福祉という美名」を借りた鬼子母神制度であり、選挙制度云々以前に人権問題として、最高裁に集団訴訟を提起すべき状態です。
    現在の日本の本当の姿は、奴隷制度、士農工商、アパルトヘイト、白豪主義と言った人類が乗り越えてきた悪しき制度が「福祉という美名」を借りて復活したのです。
    みなさん、座して死を待ちますか?

  2. stt_msm より:

    mary_0423のおっしゃる通り。
    もっと世代間格差是正政策にフォーカスした政党が現れないと。

  3. 介護は必要不可欠な大切な仕事です。それを営利目的の民間企業に任せることが根本的に間違いだと思います。営利を目的としない必要不可欠な仕事って誰がやるべきか,そんなの明らかすぎますね。公務員の皆様です。人口減少や,IT化で事務仕事が効率がよくなり,国や地方の公務員の事務仕事は相対的に余ってきます。その余剰人員は介護の即戦力でしょう。これからは少子高齢化で子供が少なくなり,公立小中学校の先生なども介護の仕事に動員されるべきです。40人学級を30人学級にするなんてとんでもありません。余裕のある時ならまだしも,今の日本はそんな余裕はないので,ぜひ公立学校の先生に介護をやってもらいましょう。給料や待遇は今まで通り税金からでよいでしょう。その代わり介護保険料は必要なくなります。介護は教育に劣らず人間を相手にした営利目的でない立派な大切な仕事なのですから,税金から給料をもらっている優秀な公務員の皆様にやっていただけると安心です。

  4. kyuulliman より:

    私も読みました。
    実は私、思いっきり介護、医療産業に従事(経営)しているものです。最近ちょっとおかねがある人向けの老人ホーム事業を始めました。
    ちっちゃな企業なので私が人事、労務、経理も見ています、だから思います。この制度は持続可能でしょうか?
    大体私が分からないのが年金額の格差です。今までたくさん納めたから、たくさんもらう権利がある?職業柄、年寄りの懐具合に詳しいですが、実際には年金はほとんど貯金している人も多いですよ?理由は将来が不安だからだそうです。
    何かおかしくないですか年金は、利殖(ネズミ講的な)なのでしょうか?それとも最低限の生活の保障なのでしょうか?今は利殖になってしまっているような感じがします。
    大体、平均的介護職の給与より高い金額をもらっている大企業OBや公務員OBがどうやら沢山います。働く人より働かない人がたくさんお金をもらえるなんて・・・こんなことで大丈夫でしょうか?いつまで続けられるのでしょうか?
    それとも日銀がお金を刷って刷って年金を払うのでしょうか?
    本当に不都合な真実です。しかし私のような業者はこのままが良いのかな・・・・ 
    これが財政健全化の本丸です。今も税金から資金が入っています。急慮から控除される年金は税金のようなものです。これを税金と考えた時にどれほどまずい状態かすぐにわかります。私は施設を増やすとかどうとかいう前に、年金制度の本当の改革(保障化)に全力を尽くすべきだと思います。