連載 GPIF改革の論点 (11)真のリスクとは何か

小幡 績

ある資産とある資産のリターンの相互の関係(相関関係)はどこから来ているのか、という話だった。

一般には、これはサプライサイドから来るというイメージがもたれているし、ファイナンス理論でもそうなっている。つまり、家電メーカーや半導体メーカーの株価は、景気に対して先行指標として動き、また、景気の波の影響を大きく受ける。一方、製薬株は、いわゆるディフェンシブセクターで、他の多くの企業の株価が景気に連動し、お互いの株価が強く連動するため、市場全体が下がったときに、ほとんどの銘柄が同時に大きく下がるが、製薬株は余り下がらない、場合によっては、逆行して高くなる場合もある。したがって、製薬株のニーズは、分散投資に置いては大変重宝され、価値が高い銘柄となる。


この相関性(非相関性)は、一般には、事業の相関性から来ていると捉えられている。製薬業界はディフェンシブセクターであり、景気にかかわらず、医療費を減らすことはないから、不況にも強いセクターであり、したがって、株式ポートフォリオとしては、景気敏感株と組み合わせられている、という理解だ。

それは誤りではないのだが、相関が低い直接の理由は別であり、それは、「製薬業界が不況に強いセクター」だからではなく、「製薬業界は不況に強いセクターだと思われている」からなのである。つまり、不況に強い、ディフェンシブセクターだと思われているから、投資家たちは、景気敏感株と組み合わせて買うことになるが、市場で景気は不況に向うという見通しが広まれば、これに対応して、直ちに、景気敏感株のウェイトを落として、不況に強いディフェンシブ株を買い増ししてウェイトを高めようとするだろう。そうなると、皆が買うから実際にも株価は上がる。

これを株価の動きで見ると、景気が悪くなった(なりそうな)ときに、ディフェンシブセクターと思われている製薬株は上昇し、景気敏感セクターとみなされている株は下がる。だから、製薬株はディフェンシブセクターであるということは裏付けられる。すなわち、投資家の見方が投資家自身の行動によって自己実現しているのである。

したがって、この自己実現メカニズムをもたらすきっかけとなるのは、実体経済的に、つまり、事業体として、景気に無関係であるという事実でもいいし、そうだと思われているだけでもいいし、あるいは、デフェンシブセクター株とみなされていれば、カテゴライズされていれば十分なのである。理由はなんでもいいのだ。

ここで重要なことは、株価の動きは投資家の見方及びそれに基づく投資行動(売買)により生み出されるものであって、株価の相関というのも、直接の要因は投資家行動の結果なのだ。すなわち、製薬株と景気敏感株が相関が低いのは、あるいは逆方向に動くのは、投資家たちが、景気敏感株を売って製薬株を買っているからであって、事業構造そのものとは直接は関係ないのだ。したがって、すべての株価の変動は投資家行動の変化から来るのであり、その意味で、投資のリスクの大半は、投資家行動のリスクから来るのだ。

相関性に限って議論すれば、これまで相関があるのは、実体経済における利益、事業利益が連動するから株価も連動すると認識されてきた。しかし、実際にはそう信じる投資家たちの行動によって相関が生み出されてきた。そして、一旦そのような相関が生み出されれば、投資家たちは過去の相関が継続すると想定して投資を続けるから、ますます相関が強まる(負の相関が強まる)のである。

この議論に対しては、ファンダメンタルズ(実体経済や実際の事業キャッシュフロー)に基づく相関だろうが、それを信じる投資家行動による相関だろうが、要は解釈の問題で結局は事業キャッシュフローにも相関するのだから同じことだ、あるいは、さらに、もともとはファンダメンタルズによるのだから、やはりファンダメンタルズの相関に基づいて株価も相関しているという解釈の方がより根源的だ、という意見があるだろう。

それは間違いだ。なぜなら、投資家行動が相関の根源であることは、投資家行動がファンダメンタルズに基づかない場合が存在し、そのときも相関が起こる、つまり、ファンダメンタルズ以外の理由で投資家行動が相関したときに、やはり株価は相関するからだ。

例えば、リーマンショック後、ある時期、国際優良株ほど大きく下がった。それはハイテクだろうが、家電だろうが、そして製薬だろうが、すべて下がった。それらはすべて連動したのである。ファンダメンタルズが連動したと言うよりは、投資家たちが現金を確保するために、リーマンショックと直接関係が低いと思われた、金融、不動産から遠い銘柄、まだ値を相対的に維持していた銘柄を片っ端から売ったのである。だから、ファンダメンタルズがしっかりした銘柄ほど大きく下がった。そして、それらは連動した。

マクロ的にいえば、世界中の株価が連動するようになったと言われている。したがって、地域分散投資は以前ほど意味を持たなくなったといわれている。米国株価が下がれば、リスクオフと言うことで、世界中の株価が下がる。それどころか、新興国通貨も資源も下がる。それはファンダメンタルズが連動しているのではなく、リスクオフ、という投資家行動により、リスクをとっていた投資家がリスクの高い資産から売っていったからである。次に、リスクオフからリスクオンに戻るときは、これらの資産はすべて連動して上がっていく。

もっとしっかりした、データによる検証が必要なら、ハーバードビジネススクールのGreenwood教授らの研究を見ると良い。日経225の銘柄の大幅入れ替えが2000年にあったが、225に組み入れられた銘柄は、組み入れ後から日経225に対するベータ(連動性)が急に上昇し、外れた銘柄は、日経225に対するベータが突然低下した。225というベンチマークの構成銘柄に入れられようが入れられまいが、ファンダメンタルズ、事業キャッシュフローは変わらないはずである。それなのに、相関、連動が大きく変化したのは、225に投資する投資家が225銘柄にしか投資しないからであり、彼らの多くは海外投資家など大規模な投資家であり、彼らの行動により相関性は変化したのである。

もっと小さな例でいれば、ユニクロを運営するファーストリテイリングは日経225に入っており、またそのウェイトが大きいので、事業収益のニュースで株価は変動せず、日経225にほぼ連動する。一方、類似業態のしまむらは、事業収益のニュースに株価は連動する。

したがって、株価あるいはリスク資産の価格変動の相関性、リターンの相関性は、投資家行動に規定されていると捉える方が妥当なのである。なぜこれが重要か。リスク分散を図るときに、事業キャッシュフローの相関、いわば投資対象資産のリターン特性の相関、あるいはリスク資産の特性の相関で分散しても効果が小さいと言うことだ。つまり、米国株と日本株に分散投資しても、為替リスクの分散にはなるが、エクイティ資産の中での地域分散は、過去よりも意味を持たなくなってきている。せいぜい、新興国市場と成熟国市場の分散しか意味を持たない。それよりは、大型株と小型株の分散投資の方が意味があり、なぜなら、後者は世界的な投資家たちは個別株に投資する余裕がないので、TOPIXなどにインデックス投資するか、もっと大きな規模の銘柄、国際優良株、国際的なグローバルな株式インデックスに含まれる超大型株や指標にしか投資しないから、小型株に投資すれば、これら国際的に影響力の大きなグローバル投資家の投資行動の影響を受けない可能性があり、リターンの相関が低くなるからである。

その意味では、新興国株式とオルタナティブとして資源に投資しても分散にならず、単なるリスクオン資産に投資することになる。

これは、何も特殊な考え方ではなく、リスク分散を図るときに、投資対象となるリスク資産の分散でなく、すなわち、資産の形式的なカテゴリーではなく、その資産のリターンの変動を規定するリスクファクターに注目して、リスクファクター分散を図るべきだという考え方と同じことである。ただ、そのリスクファクターが、一般には認識されていない投資家リスクというファクターによるということだ。行動ファイナンス的な考え方なのだ。