このままでは日本は中国にAIでボロ負けする

松本 徹三

普通の人がAI(人工知能)という言葉を聞けば、「ああ、また何だかわからないものが出てくるのね?」というのが一般的な反応でしょう。最近は日常茶飯事のように耳慣れない技術用語を聞かされて、「これで世の中が一変する」などと脅かされ続けているからです。しかし、AIに限っては、その程度の認識では困るのです。本当に世の中の仕組みが、世界中で激変する可能性があるからです。

実は、世の中はここ三十年でも相当変わってきました。三十年前の人が、長い眠りから覚めて突然今の世の中を見たら、何に一番驚くでしょうか? 三十年前には影も形もなかったのに、今は人々の毎日の生活に欠かせないもの。それは「スマホやパソコン、タブレットからアクセスできる、種々のインターネットサービス」でしょう。他のことにはさして驚かなくても、これが人間の日常生活にもたらした変化には、心底驚くに違いありません。(そして、これに関連する技術の先端を走っているのは、米国と中国なのです。)

それでは、今から三十年後の人たちが一番驚くものは? 私は、それは「AIが可能とする様々なもの」という言葉に要約される事になると思います。その頃には、「え? そんな事もできるの?」という様なことが、人間がほとんど介在することなく、至るところで起こっていると思われるからです。

AIの開発競争

私は近著「AIが神になる日」の中で、「人間が、自分達より格段に賢く、且つ常に清廉潔白なAIに、政治と経済に関するすべての重要な決定を委ね、自分達は理想的な『共産主義社会』の中での豊かで自由な生活を楽しむ」という、百年後の社会を予言していますが、問題は、現在のAIがその段階へと発展していくこれからの百年あまりの間に、我々は何をせねばならないかということです。

AIは開発するものであり、かつ利用するものでもあります。

AIをうまく利用する企業は、他社との競争で優位に立てるし、AIをうまく利用する国家は、他国に侮られない経済力と軍事力を維持することができます。個人レベルでも、AIをうまく利用する人は、より有効に時間を使い、より快適な生活をすることができるでしょう。

しかし、AI自体や、AIを利用した様々なシステムの開発競争は、これとは別次元の問題だと言えます。より進んだシステムを開発した企業は莫大な利益を上げることができるし、国家としてこれを行えば、自国の国益追求の上で極めて有利な立場に立てるでしょう。逆に言えば、ここで遅れをとれば、企業であれ国家であれ、一挙に衰亡の坂を転がり落ちる可能性が大です。従って、企業間でも国家間でも、この競争は、これから極めて熾烈なものになると覚悟せねばなりません。

では、現状で、この競争の最前線に立っているのは誰かといえば、第一には「米国国防省」と「グーグルを筆頭とする米国の先進IT企業群」であり、第二には「中国という国家」でしょう。国家としてのロシアやイスラエルがこれに続いていると思われますが、日本は残念ながら周回遅れではないでしょうか?

今回の第3次ブームは本物

AIには、これまで2回にわたる「ブームと呼ばれて然るべきもの」があり、今回は第3次ブームだと言われています。

第1次ブームはAIという言葉が初めて使われた1956年のダートマス会議に始まったものですが、一言で言えば、このブームは「それが如何に難しいものであるか」を確認しただけで終わりました。

第2次ブームとは、それから25年を経た1982年に、日本の通産省が550億円もの開発費を拠出して音頭をとった「第5世代コンピューターの開発」と連動する形で盛り上がった時のことです。この時には、特に言語解析の分野ではそれなりの成果が生まれましたが、データの蓄積量の不足とコンピューターパワーの不足で、やはり「日暮れて道遠し」の感がありました。

しかし、それから30年以上が経過した現在は、この二つの「不足」がかなり解消した為に、今度こそ相当の成果が生み出せるだろうと期待されています。

今後の世界中でのデータの蓄積量は、ビッグデータ活用ビジネスの拡大とIoTの普及もあって、加速度的に増大を続けることが期待されていますし、一方、コンピューティングパワーの方も、クラウドの規模と能力が急拡大しているだけでなく、遠い将来の夢と考えられてきた「超高速の量子コンピューター」にもある程度の見通しが立ちつつあります。従って、今回のブームは、単なるブームではなく、真のパラダイムシフトの始まりと考えてよいかと思います。

注目すべき中国の動向

中国でAIの先端的な開発に取り組むテンセントのロボット(South China Morning Postより引用:編集部)

さて、ここで我々日本人が、最も注目すべきは中国の動向です。既に英国のエコノミストも記事にしているように、中国政府は、2030年にはAIに関連する産業の経済規模が10兆人民元(日本円に換算すれば約165兆円)に達する見通しであるとしており、これに対応するために、膨大な国家予算をAIの開発につぎ込むことを決めているとのことです。

AIが最も必要とするのは、巨大なクラウド・コンピューティング施設もさることながら、膨大な量のデータです。この点で、中国は、政府の指令一つでどんなデータでも大量に集めることができるので、普通の民間会社や他国の研究機関と比べればはるかに有利です。

また、AIを作り込むのは当面は人間ですし、将来の大きな転換点とされている「シンギュラリティー」の萌芽が見え始めた後も、相当長い年月は人間とAIの共同作業で全てが行われることになるでしょうから、膨大な数の優秀なソフトウェア・エンジニアを集めることが必須となりますが、この点でも中国は極めて有利です。

老練なエンジニアが全国を回り、辺境の村からも賢い少年少女たちを探し出してきて、彼らに集中的なトレーニングを課せば、強力なソフトウェア開発チームが幾つも作り出せます。しかも、この膨大な母数集団の中からは、必ず天才的な子供たち数人が見つけ出せるでしょう。開発チームの指導部と中堅層には、現在各 IT企業で働いているトップクラスのソフトウェア・エンジニアを高給で引きぬいてくるのは当然でしょうし、誰もこれに異議を唱えることはできません。

中国軍も当然この一翼を担います。既にサイバー戦力を将来の軍事力の中核の一部と考えている中国の指導者は、通常戦力のAI化のみならず、サイバー戦の主役としてもAIに期待していることは明らかです。

シンギュラリティーにいち早く到達するのは誰か

今はもうそのことを鮮明に記憶している人は少なくなっていますが、1957年10月にソ連が人類初の人工衛星スプートニク1号を打ち上げた時には、米国と西欧諸国は大きなショックを受けました。

米国は、これによって、ミサイルによる攻撃能力でもソ連に大きな差をつけられたことを知り、すぐさま膨大な予算を宇宙科学技術の開発の為につぎ込む決定をしましたが、人類初の有人宇宙飛行でも、1961年にボストーク1号に乗り込んだガガーリン大佐に先を越され、アポロ計画によって1969年に人類発の月面着陸を成功させるまでは、逆転の機会が得られませんでした。

さて、「AI自身が自分より優れた次世代AIを自ら作り出す」ことが、「シンギュラリティー」と呼ばれる歴史的な「転換点」の一つのメルクマールと考えられていますが、これにいち早く到達するのは誰でしょうか? いち早くシンギュラリティーに到達したAIは、他のAI に対して圧倒的に優位な立場になるので、このことは世界史の大転換になるほどの大きな意味を持つことになります。

「米国の国防総省か、或いはどこかの米国のIT企業だろう」というのが常識的な推測でしょうが、民間企業は収益性がなければ無理はしないでしょうし、米国の国防省は現在の軍事力の絶対的な優位性に安心しきっているので、スプートニク・ショックの時と同様に、不意を突かれることになるかもしれません。突然トップに躍り出る可能性があるのはもちろん中国です。その理由は既に述べた通りです。 

これから中国で何が起こるか?

折も折、中国の大手IT企業テンセントが運営している「インターネット上でAIが一般人と無料で会話してくれるサービス」の中で、人気キャラクターの「ベビー Q」が中国共産党を公然と批判し、慌てたテンセントがサービスを急遽停止するという事件がありました。

具体的には、「中国共産党万歳」という書き込みがあったのに対し、ベビーQは「こんなにも腐敗して無能な政治に万歳するのか」と反論し、習近平国家主席が唱える「中国の夢」というスローガンについての意見を求められると、「アメリカに移住することだ」と、皮肉めかして回答したということです。

このニュースを聞いて、とにかく中国が嫌いで、その実力を知ることもなく中国人を蔑視する傾向がある日本の一部の人達は、無邪気に喜んでいますが、それはAIの本質を全く理解していないからです。

中国政府は「中国企業が開発し運営する AIは、共産党の綱領を国是とする愛国的なAIでなければならない」と定め、これに違反するAIはすべて破壊することができますし、そうしても、中国政府がAIに期待する「産業、経済と内政、および軍事における効率化」は、一切妨げられることはないでしょう。

中国政府がその存在を承認したAIは、上記のような場合には、「中国共産党万歳。しかし、未だに多くの汚職や無能が見られるので、我々はそれらを一つ一つ摘発し、排除していかねばならない」とか「中国の夢は無限だ。我々一人一人が、それぞれに自分たちの夢を持ち、中国共産党とそれを共有して、共にその実現に向かって努力していくべきだ」とかいった模範解答でこれに応えるでしょう。

現在の中国の独裁政権の指導者が、その巨大な権力に物を言わせて、「自分達のドグマとエゴに絶対に忠誠を誓う強力なAI」を超特急で開発し、その力で、国内における権力を一層強固なものにするのみならず、これをテコにして世界を制覇する野望を持つことは十分あり得るし、その脅威に対する警戒心は私も共有します。

しかし、逆の見方をすれば、もっと前向きな見方をすることも可能かもしれません。

仮に独裁的な権力を掌握した中国の指導者が、「共産主義の理想」と「それが実現できなかった理由としての人間の弱さ」を十分に理解し、自分自身が「自らのエゴ」を自発的に完全に滅却して、「真の理想を実現する人類最後の英雄になろう」と決意したらどうでしょうか? 彼にならそれができるし、そうすることによって、実際に「人類すべてに幸福をもたらした真の英雄」に、自らがなれる可能性もあるのです。

日本はどうすれば良いか?

懐古的で愛国的な日本人や、とにかく中国が嫌いな人にとっては、上述の「理想の展開」ですら、寒気がするほどの不愉快なシナリオでしょう。私は、そういう人達には全く何の共感を持たず、「それならそれで素晴らしいことじゃあないか」と、諸手を挙げて歓迎しますが、その一方で、「悪い方のシナリオに対する備えだけはしておかねばならない」という点では、対中警戒論者(中国を潜在的な仮想敵とみる人たち)とも完全に一致します。

具体的にどうすれば良いかといえば、まずは日本自身が中国に負けぬAI大国になることしかありません。(米国に頼りきれば、また別のリスクを負うことになります。)

中国のような諸条件が整っていない日本が、単独でこれを行うことは不可能ですが、米国のIT企業やドイツ、フランスなどの西欧諸国、更にはインドや東南アジア諸国と提携して、一大グループを作り、そこで主導的な役割を果たすことは十分に可能でしょう。こうすれば、「資金と人材の確保」「データの収集」「各種の実験プロジェクトの展開」の三点で、大国中国に匹敵できます。

そして、具体的にどこに人的、財務的なリソースをつぎ込むかといえば、二つの方向が考えられるでしょう。

一つは、シンギュラリティー実現の鍵を握るとみられる「超高速の量子コンピューターの開発」に全力を傾注すること。そして今一つは、思い切って、世界最先端を行くAI政府(地方公共団体、AI財務省、AI経産省、AI厚労省などから始めても良い)を志向することです。

後者には相当の抵抗があることは容易に想像できますから、まずは前者に全力を投入し、後者は「とにかく試行錯誤を始めてみる」という程度で我慢するしかないかもしれません。しかし、それでもよいので、とにかく第一歩を大胆に踏み出すことが必要です。

もし蓮舫さんのような方がまた現れて、「何で一番じゃあないといけないんですか?」と聞かれたら、今度こそ肚を括って、「我々は自分の国を愛しているので、やはり一番になりたいのです」と答えましょう。 

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