中国で「正しい歴史認識」は存在せず --- 長谷川 良

アゴラ

中国共産党政権が学生らの民主化運動を武力弾圧した天安門事件から6月4日で25年目を迎えたが、オーストリア国営放送は前日、夜のニュース番組で天安門事件で息子を失った母親、丁子霖さんとのインタビュー記事の内容を報じていた。母親は「中国では天安門の事件についてはどの歴史教科書にも記述されていない。自分は息子を失った。決して忘れることはできない」と述べていた。番組は女学生にもインタビューしていたが、「天安門事件のことを教科書で学んだことがない」と語っていたのが印象的だった。


25年前の天安門事件について、中国共産党政権は「政治風波」(暴乱)と呼び、完全に無視してきた。日頃、反日批判を繰り返し、歴史を正しく直視すべきだと主張したきた中国共産党政権が25年前の天安門事件を国民に正しく伝えることができず、事件に関する報道を検閲したり、削除し、事件そのものを封印してきた。50年も過ぎれば、事件は完全に風化して、事件を全く知らない世代が生まれてくるだろう。その中国共産党政権が他国の歴史認識を批判しているのだ。自家撞着もいいところだ。共産党政権は自身に都合のいい出来事だけを国民に教えている。そのような歴史認識の後進国は21世紀の今日、北朝鮮と中国の2カ国しか存在しないだろう。

中国共産党政権は旧日本軍が南京市で「30万人の市民」を虐殺したと言いふらしてきたが、同虐殺事件の真偽を検証する前に、中国共産党の歴史観を考えるべきだろう。彼らは史実を抹殺し、なかったことを安易に創作する。歴史は共産党政権の権威を高めるものでなければならないのだ。そのような国では「正しい歴史認識」は存在しない。歴史はプロパガンダの手段に利用されるだけだ。

当方は7年前、駐オーストリアの北朝鮮大使館の若い外交官と6.25動乱について議論をしたことがある。当方が「韓国動乱」(朝鮮戦争、1950年6月25日~53年7月27日)は故金日成主席が中国と連携して韓国側に侵入したことが契機となって勃発した」と説明した時だ。日頃は穏やかな北外交官の顔が見る見るうちに紅潮し、当方の顔を睨みつけるように、「何をいうか。動乱は韓国軍と米軍がわが国に仕掛けてきた戦争ではないか」と大声で怒りだしたことがあった。

今から考えれば、当方もあんなことを言わなければ良かったかもしれない、と反省している。なぜならば、北朝鮮では「動乱は韓国と米国が始めた戦争」という歴史教育が徹底的に行われているからだ。若い北外交官はその教育を受けてきただけだ。それを「それは違う。お前の国が始めたのだ」といえば、気分を害するというより、怒りが湧いてきたのだろう。共産党独裁政権下の歴史教育の恐ろしさを感じた。

中国では「正しい歴史認識」は中国共産党政権が崩壊するまで非現実的なテーマだ。25年前の天安門事件ですら、彼らは事実を直視できないのだ。50年前、100年前の史実について、彼らがどのように粉飾したとしても驚くことではないだろう。天安門事件で失脚した趙紫陽元共産党総書記は「趙紫陽極秘回想録」の中で「社会の自由化なしに中国の未来はない」と述べている。「正しい歴史認識」は自由な社会で初めて考えられることだ。


編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2014年6月5日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。