米国がスパイ活動する尤もな理由 --- 長谷川 良

アゴラ

米独両国関係が険悪化してきた。昨年10月、米国家安全保障局(NSA)がメルケル首相の携帯電話を盗聴していたことが発覚して以来、両国関係は急速に冷たい関係となり、今月2日、独情報機関関係者が米国側に情報を流していたことが判明してからは、危機的な状況に突入してきた。


メルケル首相の携帯電話盗聴事件では、独側はワシントンにノー・スパイ協定の締結を強く要請してきたが、ワシントンからは返答がない。ただ、オバマ大統領がメルケル首相の携帯電話を盗聴対象から外すことを約束しただけで、NSAはこれまで通り、情報収集と盗聴を継続してきた。メルケル首相自身、訪米してオバマ大統領と会談し、両国間の盗聴問題について米国側に慎重な対応を重ねて要請してきた経緯がある。

そこに独連邦情報局(BND)の職員(31)が218件に及ぶ機密文書を米国側に売り、2万5000ユーロを受け取っていたことが発覚したのだ。その数日後(7月9日)、今度は独連邦国防省職員のスパイ容疑が浮上した。米情報機関のドイツ国内での活動に衝撃を受けたメルケル政権は10日、駐ベルリンの米情報機関代表者(CIA)に国外退去を命じたことから、両国間の外交関係は大きく緊迫してきたわけだ。

メルケル政権としては忍耐が切れたというところだろう。シュタインマイアー外相は「米独関係は信頼に基づくべきだ。信頼を破った米国に対する今回の処置は必要だった」と米外交官退去要請を弁明してる。独大衆紙ビルトは「オバマ大統領は同盟国との関係を修復する義務がある」と書き、南ドイツ新聞は「前例のない抗議」と米外交官の国外退去を評している。

一方、事件発覚後、沈黙を守ってきたワシントンは11日、米情報機関関係者の国外退去を「過剰な対応」と独政府を間接的に批判する声明を明らかにしている。ワシントンの報道官は「外交的に解決すべき問題をメディア機関に流すべきではない。米国もドイツも情報機関の活動がどのようなものか理解しているはずだ」と指摘し、メルケル政権に冷静を呼び掛けている。ちなみに、米ウォール・ストリート・ジャーナル紙はメルケル政権の反応を「人工的な怒り」と冷笑しているほどだ。

いずれにしても、米独両国政府は関係がこれ以上悪化することを回避するため外交ルートで協議する意向を明らかにしたばかりだ。具体的には、ウィーンで開催中のイランの核協議に参加するケリー国務長官とシュタインマイアー独外相は13日にも今回の件で意見の交換をする予定だ。

ところで、米国はなぜ、同盟国ドイツ国内で情報活動を展開するのだろうか。その主要理由は2点考えられる。一つは、ドイツが他の欧州諸国とは違い、ロシアやイランとの関係が深いからだ。ドイツにロシア、イラン関連情報が他の欧州諸国より多く集まってくるというわけだ。もう一つは、米国内多発テロ事件の容疑者の多くがテロ前にドイツ国内に潜伏して、テロの訓練を受けてきたことが明らかになったからだ。すなわち、国際テロ活動でドイツがィスラム過激派テログループの拠点となっているからだ。当コラム欄でも指摘した「ホームグロウン・テロリストたち」の問題も含まれる。

独週刊誌シュピーゲル(6月30日号)のインタビューに応じた元NSAのThomas Drake氏は「9・11テロ後、ドイツはNSAの海外盗聴活動最重要拠点となった」と証言し、ドイツ国内に約150か所の盗聴拠点があることを明らかにしている。同氏は「ある意味で、イスラム過激派テロリストを潜伏させ、テロリストに訓練と通信を支援したドイツに対する制裁という意味合いがあるだろう」という。

なお、メルケル首相は「米国側の事件への対応が明確になるまで、BNDは米情報機関との交流を制限するように」と通達を出したといわれる。


編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2014年7月13日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。