証券会社の存在意義が根本から問われている。かつてのように資産運用が証券会社の独壇場だった時代は終わり、手数料の無料化やネット取引の普及によって、従来の対面営業モデルは立ち行かなくなっている。森本紀行『野村証券 消滅』が鋭く指摘するように、野村証券をはじめとする大手から中小までの証券が直面している最大の問題は、顧客基盤の高齢化と、時代の変化に取り残されたビジネスモデルの硬直性である。銀行の傘下に入り、銀行の意向を反映した商品を売るだけの存在に成り下がってしまえば、自らの強みであるはずの専門性や独自性は霧散してしまう。
「総合金融」という虚構の危うさ
「総合金融」や「シナジー」という耳当たりの良い言葉で、銀行と証券のグループ化が正当化されている。しかし、実態は銀行の論理が支配し、グループ内の証券会社は銀行の融資先や顧客に対して商品を販売するだけの「窓口」になり果てているのではないか。本来であれば、証券会社は資本市場のプロとして、銀行とは異なる視点で企業や顧客に価値を提供すべきである。グループ全体でビジネスを完結させようとするあまり、かえって顧客の利益を最大化する独立した判断が疎かになっている現実は、看過できない問題だ。

野村證券本社(東京都中央区) 野村証券HPより
金融規制がもたらした歪な競争
現在、日本の金融業界では持株会社化による複雑な組織再編が進んでいる。これによって、責任の所在は不透明になり、意思決定のスピードは鈍化する一方だ。さらに、銀行が証券を支配するという「構造的な歪み」は、本来競争すべきライバル同士をグループの中に押し込める結果を招いている。外部からは独立した事業体のように見えても、実態は銀行の意向が絶対である組織文化の中で、真に自由闊達な経営判断がなされる余地はどれだけあるのだろうか。このような環境下で、抜本的な事業革新が生まれるとは到底思えない。
自らの価値を問う決断の時
今後の証券会社が生き残る道は、過去のビジネスモデルにしがみつくことではなく、むしろ自らの業態を根本から再定義することにある。例えば、銀行と組んで「何でも屋」を目指すのではなく、投資運用という専門分野で圧倒的な独立性と競争力を磨くという選択肢もあるはずだ。自らの歴史や看板に執着し続けることは、自らの手で死期を早めているのと同じだ。『野村証券 消滅』は、日本の証券会社が直面している「変わらなければ滅びる」という突きつけられた厳しい現実を、淡々と、しかし容赦なく明らかにしているのである。
〈目次〉
第1章 金融の主舞台が信用創造から資本市場に移転する
第2章 フィデューシャリー・デューティーの真実
第3章 変わる営業現場は野村を救えるのか
第4章 グローバル戦略の功罪
第5章 「パブリックからプライベートへ」戦略の落とし穴
第6章 デジタル戦略と富裕層マーケティング
第7章 野村證券が消える日








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