日本人には理解しがたい「金」の価値観 --- 岡本 裕明

アゴラ

スイスで11月30日にちょっと変わった住民投票が行われます。

スイス中央銀行の資産の20%を金で所有し、その売却を禁止し、その保有をスイス国内のみとすること。

この決定をするのが国民投票だというのもユニークだと思いますが、金の所有意識そのものが我々の発想からはかなり違うものであることがうかがえます。


ではこの右派から出された投票の行方でありますが、今のところ可決はしないだろうと思われています。世論調査では賛成派が10月には44%でしたが、11月には38%と下落しているのに対して反対派は47%とのことですのでスコットランド独立の住民投票ほどの盛り上がりとはなっていません。スイスでは今年5月に最低時給を22フラン(約2500円)とすることへの国民投票が否決されたことが記憶に新しいかと思います。この国は10万人以上の署名で国民投票にかけることができ、年間10回程度の投票を行い、国民の国政などへの参加意識を高めているようです。日本でも消費税を国民投票で決めるとどうなるでしょうか?もっと決められない国になるのかもしれませんが。

それにしても金に対する価値観の相違は何でしょうか? 日本人は金の価値に対して極めて低い評価しかありません。事実、日本の外貨準備に占める金の所有量は先進国でも最低レベルの2%。欧米の6-7割とは格段の差があります。金の価格が上がった数年前はたんすの中の金製品を買い取る業者が暗躍し、大量の金流出すら起きた国であります。

もともと日本は金がたくさん取れたジパングであります。古代日本に於いては金という発想そのものがなく、金属という一括りでありました。ところが、仏教伝来とともに仏像に金が施してあることから金の存在が意識され始めます。しかもその金が宮城県で砂金として産出されたこと、更には岩手や栃木などで次々と金が採れたことで金が一気に注目されます。これが日本と大陸との交流に大いに役立ち、貢物の価値は大きく変化、日本の奈良時代の繁栄をもたらしたともされています。その後も鎌倉時代初期の平泉の中尊寺の金色堂は陸前高田の竹駒村玉山あたりで産出された金が使われたともされています。

しかし、その金も枯渇したことで日本の金文化は正に一時期の繁栄で終わっているのですが、西欧における価値観は全く違うわけでそれが今でも脈々と続いているという事です。日本で金のことを語っても「金利がつかない」「金本位は終わった」と片づけられてしまうのですが、意外や意外、金の所有を通じて為替のコントロールをしようというのがスイスの国民投票の目的でありました。

スイスはユーロの中にポツリとある自国通貨フランを堅持している国であります。また、同国は時計など精密機器の輸出や観光業などが国内産業の大きな部分を占めています。そのスイスは一方で物価高な国としても有名で大卒の初任給が40万円以上なのであります。ただでさえ物価高の同国に於いてユーロ圏の経済不振からスイスフランを買う動きとなり、スイスにとっては面白くない状況が続き、速やかなる新たな通貨価値安定化策が必要とされていたわけです。

ユーロに替わり金を購入するというのはそのあたりの背景から出てきたもののようですが、万が一この国民投票が通ることになればスイスの購入すべき金は1500トンと世界の年間生産量の三分の一というとてつもないものになります。金は通貨ではない、と断じてしまえばそれまでですが、換金手段としての市場は安定していること、世の中、金融緩和で金利はもともと少ない上にドイツなどでは逆ザヤも発生していることを考えれば「金利が付かない」という理由に対する正当性はやや弱いと言えそうです。

また、金の生産コストが1250ドルぐらいですからこれを長期的に下回れば産金会社が生産調整を行うだけの話です。つまり、石油と違い国策や政治が絡みにくくあくまでも市場の需給関係で決まるのが金相場でありますので金の価値観は一筋縄ではないとも言えそうです。

ちなみに欧州中央銀行も金の購入を量的緩和の対策の一つとして検討しているという噂もあり、仮にごく少量でもそれが組み込まれれば金の輝きは一気に増すこともありえるストーリーになります。勿論、これが低迷する金価格に対するポジショントークと捉えられやすいのですが、金がインドや中国からの需要が下支えしていること、産業用としての需要もあることを考えれば産出価格を下回る状態が何時までも続くと考えるのはあまり論理的ではないのでしょう。

日本ではなかなか理解しにくい価値観の一つとも言えそうです。

今日はこのぐらいにしておきましょう。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2014年11月27日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった岡本氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方は外から見る日本、見られる日本人をご覧ください。